日高川という名の大蛇に抱かれて【怒りの炎で光宗センセを火あぶりの刑にしちゃうもん!】

spell breaker!

文字の大きさ
上 下
12 / 13

13.安珍清姫伝説とはどこから生まれたのか?

しおりを挟む
 それはそれとして、なぜ清姫は大蛇へと姿を変えてしまったのだろうか? いったいこれはなにを意味するのか? もっとも道成寺所蔵の道成寺縁起えんぎに描かれている絵では、大蛇というより邪悪な龍と言った方が正しい気もするが……。

 じつはこの悲恋伝説には後日談がある。
 死んだ二人の霊魂は、道成寺の住職の夢枕に立ち、供養を頼むくだりがあるのだ。
  そこで住職は法華経ほけきょうを唱え、その功徳くどくによって二人はようやく成仏する。

 ふたたび二人は礼を言いに夢に現れるのだった。
 安珍たちは口をそろえてこう言う。――自身は熊野権現くまのごんげんの化身であり、清姫は観世音菩薩かんぜおんぼさつのそれであったと。その後、法華経のありがたさを称えて物語は幕を閉じる。

 世間に広く知れ渡っている部分も、道成寺の釣り鐘ごと焼き殺された安珍と、あとを追うように入水自殺する清姫が、悲劇的にクローズアップされるだけで、この二人こそ神仏の化身であったというオチはあまり知られていない。法華経のありがたさを称える部分といい、いささか蛇足な(蛇だけに)印象が否めない。後付けしたエピソードにも思える。 



 ちなみに熊野権現とは、熊野の地に住まう神々を指す。
 正確には熊野三山の祭神である神々をいい、とくに主祭神である家津美御子けつみみこ(スサノオノミコト)・速玉はやたま(イザナギノミコト)・牟須美ふすみ(イザナミノミコト)のみを指して熊野三所権現とされている。熊野三所権現以外の神々も含めて熊野十二所権現ともいう。 

 熊野といえば神仏習合の発祥の地。
 神仏習合とは、日本固有の神道と外来の仏教信仰とを融合・調和するために唱えられた教説である。
 その教えにのっとるところによれば、熊野権現の三神であるイザナミは、なんと千手観音菩薩と同一視され、アマテラスオオミカミは十一面観音菩薩(のちに大日如来)と同義とされている。スサノオは阿弥陀如来、イザナギに至っては薬師如来と割り当てられたのだ。

 安珍清姫をいまに伝える道成寺の本尊には、まさに千手観音が祀られている。
 これはイザナミを意味し、そのまま清姫に当てはめることができるのではないか。道成寺の住職の夢枕に現れたとき、安珍は熊野権現、清姫は観音菩薩の化身だと言ったので、そう考えるのが自然であろう。

 とするならば、熊野権現の化身である安珍はと言うと――。
 熊野には十二の神が祀られており、当然のことながらイザナギノミコトも含まれている。すなわち安珍はイザナギの化身だとも言いきることができるのだ。

 イザナギとイザナミと来れば、国産みの話を避けて通ることはできない。
 妻、イザナミは数多くの神を産むが、最後に生まれた火の神カグツチ自身の炎によって、陰部ほとを火傷し命を落とす。こうしてイザナミは黄泉の国へ旅立ってしまう。

 イザナギは妻と会いたいがために、黄泉へ行くべく黄泉平坂よもつひらさかを進む。かつて、神の国では生と死の世界は地続きだったのだ。
 やがて妻が眠っている玄室のまえに着いた。扉の向こうに問いかける夫、イザナギ。
 妻に見るなと言われた部屋をのぞいてしまうと、そこには――。

 イザナミは見るも無残な姿をしていた。身体じゅうウジをまとわりつかせ、腐乱した状態だったのだ。
 あまりのけがらわしさに息を飲む夫。
 醜い姿を見られ、恥をかいた、、、、、と激怒したイザナミだった。黄泉の国の化け物を総動員させ、イザナギを追いかける。
 どうにかイザナギは命からがら逃げきり、黄泉平坂の境に大岩で道をふさぎ、妻との永遠の別れを告げるのだった……。



 おたがいの話の細かな筋こそちがえど、骨格はほぼ同じである。
 二つの物語に共通するのは、かつては愛し合った仲であるにもかかわらず、女は男にはずかしめられたと感じ、負の感情をもって追跡するのだ。しかも醜い姿に化けている部分までよく似ている。
 したがって安珍清姫のそれとは、日本神話の国産み物語を下敷きにし、アレンジした伝説と言っても過言ではあるまい。誰が創作したかは不明だが……。

 ちなみに古事記では、イザナミが埋葬された土地は出雲いずもであり、生と死の境である黄泉平坂は出雲国の伊賦夜坂いふやざかであるとされている。
 日本書紀によると、黄泉の国は『の国』となっており、イザナミの御陵は三重県熊野市有馬のはないわや(花の窟神社)だとしている(平成十六年年七月、花の窟を含む『紀伊山地の霊場と参詣道』が世界遺産に登録)。

 熊野は根の国と同義であった。かつて熊野も出雲と並び、黄泉の国に近い地域とされていたのだ。 
 したがって、熊野地方を清姫に追われ、逃げまわった安珍はイザナギのイメージと重なるわけだ。
 ただし結末はイザナギが逃げおおせたのに、安珍は追いつめられ命を落とすのが対照的である。せめて独自性を出そうとしたのかもしれない。



 では、なぜ清姫は大蛇(あるいは龍)に姿を変えたのか?
 安珍清姫伝説といえば、切っても切れない『日高川』というキーワードがある。
 この伝説にかぎらず、古来より日本では河川や湖沼こしょう、あるいは滝に、大蛇や龍伝説がつきまとった。日本各地には関連した話が枚挙にいとまがないほど、いくらでも見つかるのだ。

 かつて民俗社会で暮らす人々は、川が氾濫して流域に被害をもたらす様子から、あたかも大蛇が暴れまわっていると想像した。
 土石流となって蛇行する暴れ川は、まさしく人をも丸飲みにする大蛇や龍に見えたことだろう。
  日本における龍は、もともと中国から伝えられた龍神のことを指し、土着の大蛇伝説と混じりあい結びつき、バリエーションの多い伝説へと伝播でんぱしていった。やはり龍の伝承も川や滝などの水辺にまつわる話が多い。



 ふだんは人々に恵みを与えてくれる、生活にはなくてはならない川。
 だが、ときおり怒り狂ったかのごとく災いをもたらした。
 恵みと災い。いつくしみと憎しみ――その両義性アンビバレンス。この要素を併せ持つ日高川こそが大蛇の正体であり、清姫の性格にも表れているではないか。つまり、イザナミ=清姫=大蛇=日高川にまで飛躍させることができるのだ。

 それは由海の性格にも同じことが言えた。……いや、由海にかぎらず、人間誰しもそんな両義性を大なり小なりそなえているものではないだろうか?

 他にもこんな諸説がある――。
 そもそもイザナギとイザナミの日本神話の人類開闢じんるいかいびゃくはどこから来たのか?
 じつはインドのヒンドゥー教の蛇信仰から伝播したのではないかと言われているのだ。

 上半身が人間で、下半身が蛇の姿をしたオスの神を『ナーガ』、メスの神を『ナーギィ』と呼んだ。蛇神は交合することでエネルギーを発生させ、生命を作り出し、さらに不老不死の象徴として、古代から現代に至るまで、ヒンドゥー教における、なくてはならない要素として役割を担ってきた。

 ナーガとナーギィは中国大陸にまで伝わり、中国神話のアダムとイヴである伏羲ふくぎ女カじょかへとアレンジされるほどである。
 メスの神のナーギィ。この言葉こそインドでは川を意味している。
 それこそ蛇のごとく蛇行しながら大地を下る様子から、こう名が冠されたにちがいない。



 日本にもナーガが伝えられた名残りがあるという。
 蛇の古語は『カガ』『カカ』などが知られる。他方、『ナガ』『ナギ』も一部に存在し、そこから『ナダ』『ニギ』に転訛てんかされたらしいのだ。  

 『長い』という言葉も、おそらく『ナガ』から派生したものだと考えられる。
 これらの蛇を意味する言葉は、日本神話のなかにも散見される。例えば、ナガスネヒコやオキナガタラシヒメ(神功皇后じんぐうこうごう)といった、伝説上の人物の祖先も蛇であったのかもしれない。

 極めつけはイザナギとイザナミであろう。
 我が国の国産みの神は、伏羲と女カ、さらにはナーガとナーギィに共通する性質をそろえているのは言うまでもない。

 民俗学の権威、柳田国男などがかかげた説によると、蛇と類似する動物は総じて『ナギ』と名付けられているという。たしかに現在も『ウナギ』や『アナゴ』などに、その片鱗が見られる。
 このように、イザナギとイザナミのモデルがナーガとナーギィであるとするならば、古代日本もかつては蛇を崇めてきた時代があったのだ。ただし、いつごろインドから伝播したのか、時代までは不明である。



 余談だが、清姫が変化した大蛇はなぜ炎を吐くことができ、釣り鐘に浴びせても自身の蛇体を焼くことはなかったのか?
 神道の神イザナミは、熊野権現においては、『牟須美神ふすみのかみ』と同一視されたと述べた。この『牟須美』は、別名『奇火くすび』とも表現され、すなわち火の神ではないかと言及されているのだ。

 なるほど、カグツチに比肩し得る火の神ならば、火炎を吐くのも道理。
 よってイザナミの分身である清姫だったら、なんらふしぎではないということだ。
 このように釣り鐘に巻きつき、安珍を蒸し焼きにしながら、自身が火傷しないのは火の神ゆえの耐久力があるからだとわかる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バベル病院の怪

中岡 始
ホラー
地方都市の市街地に、70年前に建設された円柱形の奇妙な廃病院がある。かつては最先端のモダンなデザインとして話題になったが、今では心霊スポットとして知られ、地元の若者が肝試しに訪れる場所となっていた。 大学生の 森川悠斗 は都市伝説をテーマにした卒業研究のため、この病院の調査を始める。そして、彼はX(旧Twitter)アカウント @babel_report を開設し、廃病院での探索をリアルタイムで投稿しながらフォロワーと情報を共有していった。 最初は何の変哲もない探索だったが、次第に不審な現象が彼の投稿に現れ始める。「背景に知らない人が写っている」「投稿の時間が巻き戻っている」「彼が知らないはずの情報を、誰かが先に投稿している」。フォロワーたちは不安を募らせるが、悠斗本人は気づかない。 そして、ある日を境に @babel_report の投稿が途絶える。 その後、彼のフォロワーの元に、不気味なメッセージが届き始める—— 「次は、君の番だよ」

ゾンビと片腕少女はどのように死んだのか特殊部隊員は語る

leon
ホラー
元特殊作戦群の隊員が親友の娘「詩織」を連れてゾンビが蔓延する世界でどのように生き、どのように死んでいくかを語る

絶海の孤島! 猿の群れに遺体を食べさせる葬儀島【猿噛み島】

spell breaker!
ホラー
交野 直哉(かたの なおや)の恋人、咲希(さき)の父親が不慮の事故死を遂げた。 急きょ、彼女の故郷である鹿児島のトカラ列島のひとつ、『悉平島(しっぺいとう)』に二人してかけつけることになった。 実は悉平島での葬送儀礼は、特殊な自然葬がおこなわれているのだという。 その方法とは、悉平島から沖合3キロのところに浮かぶ無人島『猿噛み島(さるがみじま)』に遺体を運び、そこで野ざらしにし、驚くべきことに島に棲息するニホンザルの群れに食べさせるという野蛮なやり方なのだ。ちょうどチベットの鳥葬の猿版といったところだ。 島で咲希の父親の遺体を食べさせ、事の成り行きを見守る交野。あまりの凄惨な現場に言葉を失う。 やがて猿噛み島にはニホンザル以外のモノが住んでいることに気がつく。 日をあらため再度、島に上陸し、猿葬を取り仕切る職人、平泉(ひらいずみ)に真相を聞き出すため迫った。 いったい島にどんな秘密を隠しているのかと――。 猿噛み島は恐るべきタブーを隠した場所だったのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

心霊都市の大学生

はるさめ☀️
ホラー
心霊現象が多発し、人々が恐れを抱く都市――うらめ市。 不吉な噂だらけのこの街にある大学に、受験に失敗した脳筋・銀崎誠二は晴れて入学することに。 銀崎は仲間たちと共にホラーなキャンパスライフを満喫する。

たまご

蒼河颯人
ホラー
──ひっそりと静かに眺め続けているものとは?── 雨の日も風の日も晴れの日も どんな日でも 眺め続けているモノがいる あなたのお家の中にもいるかもしれませんね 表紙画像はかんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html) で作成しました。

【本当にあった怖い話】

ねこぽて
ホラー
※実話怪談や本当にあった怖い話など、 取材や実体験を元に構成されております。 【ご朗読について】 申請などは特に必要ありませんが、 引用元への記載をお願い致します。

サイコさんの噂

長谷川
ホラー
 最近ネットで大流行している都市伝説『サイコさん』。田舎町の高校に通う宙夜(ひろや)の周囲でもその噂は拡散しつつあった。LIME、Tmitter、5ちゃんねる……あらゆる場所に出没し、質問者のいかなる問いにも答えてくれる『サイコさん』。ところが『サイコさん』の儀式を実践した人々の周囲では、次第に奇怪な出来事が起こるようになっていた。そしてその恐怖はじわじわと宙夜の日常を侵食し始める……。  アルファポリス様主催第9回ホラー小説大賞受賞作。  ※4話以降はレンタル配信です。

処理中です...