25 / 37
25.「仏を細かく砕く。じゃないと、骨壺に入りきらないからな」
しおりを挟む
近くに寄ってみると、肋骨1本たりとも欠けることなく、見事なまでに原型を保っていた。
どうやってほじくり返したものか、頭蓋骨の内容物までもがきれいに取り除かれていた。交野は、猿葬の伝統の一端をかいま見たような気がした。
咲希の母、みすずが夫の遺骸のかたわらにひざまずいた。
「お父さん、すっかりきれいになって。迎えに来ましたよ。これからお墓に入れてあげますから。お猿さまはお父さんを、特別ひいきにしてたいらげてくれたんだね」と、ふるえる声で言い、手を合わせた。「これで安心して眠れるね。ゆっくり天国でくつろいでて。あたしもいずれ、そっちに行くから」
咲希もそれにならい、母の横で合掌した。
交野も手を合わせた。
瞑目し終えたあと、小高い丘の上の雑木林に眼を向けてみた。
猿は見当たらず、ましてやあの6体の人の姿もない。
平泉は遺骸の横にしゃがみ、手を重ねたのち、持ってきた道具箱を開いた。
これまた物騒なものを取り出した。柄の長い手斧だ。
「いまからなにを」
交野はひざに手をついて、平泉の背中ごしに聞いた。
「仏を細かく砕く。じゃないと、骨壺に入りきらないからな。まずは各部位を切断する」
「焼いたわけじゃないから、そうとうに硬いのか?」
平泉は交野を斜めに見あげ、唇の端を曲げた。
「意外かもしれんが、生前の人間の骨ってやつは柔らかいもんなんだ。というのも、骨にはびっしりと細胞がつまっており、その内訳は60パーセントがタンパク質、30がカルシウム、残りの10が血液などの水分で構成されている。だから、タンパク質と水分をあわせた70パーセントが柔らかい性質であるため、骨はあんがい柔らかいってわけだ。じつは骨は曲げれば曲がるし、押せばへこむ。指で押さえれば指の痕が残り、ゴムで締めつければくびれるほどだ。柔軟性があるからこそ、骨は外部からの力を吸収し、折れにくいようになっているんだ。……もっとも、それはあくまで生きてる人間にかぎり、だがな。結局のところ死ねば、骨は硬くなるんだが。ちなみに、生前から逆に骨が硬い人の場合は、栄養不足が考えられるそうだ。それは活性酸素の影響だったりする。――どれ、講釈はここまでだ。ここからは重労働なんだ。あんたらはどいててくれ。いろいろと危ないから」
平泉はためらうことなく斧をふるい、まずは上腕骨のつけ根を打ち砕いた。
乾いた音をたてて骨は折れ、破片が飛び散った。
矢継ぎ早に関節を分断していく。バツンバツンと、容赦なく断ち切られる。
「近ごろのお猿さまは、肉片ひとつ残さず召しあがってくださる。誠にありがたいことですよ、みすずさん」と、斧をふるいつつ咲希たちに言い聞かせるように言った。「以前、流行り病で、島のお猿さまが3分の1まで減ったことがあった。そのときゃ、さすがにご遺体を運んできても、ぜんぶ食べかねたものだが、ここ最近は適度に数も増えてきて、そんなこともなくなっている。猿葬は彼らの存続にもかかってるからな」
「なるほど、猿葬は人と猿との共存共栄によって成り立ってるわけか」
と、交野はうなずいた。
平泉は顔色ひとつ変えず、いよいよ頸椎を一刀のもとに断ち切った。
斧をふるう勢いがつきすぎて、地面に当たった瞬間、火花が散るほどだった。
ゴロリと頭蓋骨が転がり、あんぐり口を開けて正面を向いた。
平泉は臆することなく、事務的に打ち砕き、斧の背を使って細かくした。原型がなくなるまで砕いた。
次にアバラ骨を根元から折っていく。
リズミカルにポキンポキンとやっていく。カーブした細長い骨が地面に当たるたび、バネのようにあちこちに跳ねた。
あらかた部位をバラバラにし、大きいものは頭蓋骨同様、細かく砕き終えたのは、それから30分後であった。
主だった部分だけを骨壺に納めていった。
とはいえ、ほとんどが残ってしまった。余った大部分は白い納骨袋に入れ、口をしばった。
どうやってほじくり返したものか、頭蓋骨の内容物までもがきれいに取り除かれていた。交野は、猿葬の伝統の一端をかいま見たような気がした。
咲希の母、みすずが夫の遺骸のかたわらにひざまずいた。
「お父さん、すっかりきれいになって。迎えに来ましたよ。これからお墓に入れてあげますから。お猿さまはお父さんを、特別ひいきにしてたいらげてくれたんだね」と、ふるえる声で言い、手を合わせた。「これで安心して眠れるね。ゆっくり天国でくつろいでて。あたしもいずれ、そっちに行くから」
咲希もそれにならい、母の横で合掌した。
交野も手を合わせた。
瞑目し終えたあと、小高い丘の上の雑木林に眼を向けてみた。
猿は見当たらず、ましてやあの6体の人の姿もない。
平泉は遺骸の横にしゃがみ、手を重ねたのち、持ってきた道具箱を開いた。
これまた物騒なものを取り出した。柄の長い手斧だ。
「いまからなにを」
交野はひざに手をついて、平泉の背中ごしに聞いた。
「仏を細かく砕く。じゃないと、骨壺に入りきらないからな。まずは各部位を切断する」
「焼いたわけじゃないから、そうとうに硬いのか?」
平泉は交野を斜めに見あげ、唇の端を曲げた。
「意外かもしれんが、生前の人間の骨ってやつは柔らかいもんなんだ。というのも、骨にはびっしりと細胞がつまっており、その内訳は60パーセントがタンパク質、30がカルシウム、残りの10が血液などの水分で構成されている。だから、タンパク質と水分をあわせた70パーセントが柔らかい性質であるため、骨はあんがい柔らかいってわけだ。じつは骨は曲げれば曲がるし、押せばへこむ。指で押さえれば指の痕が残り、ゴムで締めつければくびれるほどだ。柔軟性があるからこそ、骨は外部からの力を吸収し、折れにくいようになっているんだ。……もっとも、それはあくまで生きてる人間にかぎり、だがな。結局のところ死ねば、骨は硬くなるんだが。ちなみに、生前から逆に骨が硬い人の場合は、栄養不足が考えられるそうだ。それは活性酸素の影響だったりする。――どれ、講釈はここまでだ。ここからは重労働なんだ。あんたらはどいててくれ。いろいろと危ないから」
平泉はためらうことなく斧をふるい、まずは上腕骨のつけ根を打ち砕いた。
乾いた音をたてて骨は折れ、破片が飛び散った。
矢継ぎ早に関節を分断していく。バツンバツンと、容赦なく断ち切られる。
「近ごろのお猿さまは、肉片ひとつ残さず召しあがってくださる。誠にありがたいことですよ、みすずさん」と、斧をふるいつつ咲希たちに言い聞かせるように言った。「以前、流行り病で、島のお猿さまが3分の1まで減ったことがあった。そのときゃ、さすがにご遺体を運んできても、ぜんぶ食べかねたものだが、ここ最近は適度に数も増えてきて、そんなこともなくなっている。猿葬は彼らの存続にもかかってるからな」
「なるほど、猿葬は人と猿との共存共栄によって成り立ってるわけか」
と、交野はうなずいた。
平泉は顔色ひとつ変えず、いよいよ頸椎を一刀のもとに断ち切った。
斧をふるう勢いがつきすぎて、地面に当たった瞬間、火花が散るほどだった。
ゴロリと頭蓋骨が転がり、あんぐり口を開けて正面を向いた。
平泉は臆することなく、事務的に打ち砕き、斧の背を使って細かくした。原型がなくなるまで砕いた。
次にアバラ骨を根元から折っていく。
リズミカルにポキンポキンとやっていく。カーブした細長い骨が地面に当たるたび、バネのようにあちこちに跳ねた。
あらかた部位をバラバラにし、大きいものは頭蓋骨同様、細かく砕き終えたのは、それから30分後であった。
主だった部分だけを骨壺に納めていった。
とはいえ、ほとんどが残ってしまった。余った大部分は白い納骨袋に入れ、口をしばった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
日高川という名の大蛇に抱かれて【怒りの炎で光宗センセを火あぶりの刑にしちゃうもん!】
spell breaker!
ホラー
幼いころから思い込みの烈しい庄司 由海(しょうじ ゆみ)。
初潮を迎えたころ、家系に伝わる蛇の紋章を受け継いでしまった。
聖痕をまとったからには、庄司の女は情深く、とかく男と色恋沙汰に落ちやすくなる。身を滅ぼしかねないのだという。
やがて17歳になった。夏休み明けのことだった。
県立日高学園に通う由海は、突然担任になった光宗 臣吾(みつむね しんご)に一目惚れしてしまう。
なんとか光宗先生と交際できないか近づく由海。
ところが光宗には二面性があり、女癖も悪かった。
決定的な場面を目撃してしまったとき、ついに由海は怒り、暴走してしまう……。
※本作は『小説家になろう』様でも公開しております。

The Last Night
泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。
15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。
そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。
彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。
交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。
しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。
吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。
この恋は、救いか、それとも破滅か。
美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。
※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。
※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。
※AI(chatgpt)アシストあり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
逢魔ヶ刻の迷い子3
naomikoryo
ホラー
——それは、閉ざされた異世界からのSOS。
夏休みのある夜、中学3年生になった陽介・隼人・大輝・美咲・紗奈・由香の6人は、受験勉強のために訪れた図書館で再び“恐怖”に巻き込まれる。
「図書館に大事な物を忘れたから取りに行ってくる。」
陽介の何気ないメッセージから始まった異変。
深夜の図書館に響く正体不明の足音、消えていくメッセージ、そして——
「ここから出られない」と助けを求める陽介の声。
彼は、次元の違う同じ場所にいる。
現実世界と並行して存在する“もう一つの図書館”。
六人は、陽介を救うためにその謎を解き明かしていくが、やがてこの場所が“異世界と繋がる境界”であることに気付く。
七不思議の夜を乗り越えた彼らが挑む、シリーズ第3作目。
恐怖と謎が交錯する、戦慄のホラー・ミステリー。
「境界が開かれた時、もう戻れない——。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる