17 / 37
17.猿葬現場にて
しおりを挟む
「さ、あとは我々が階段をテクテクのぼってくだけだ。お手々つないで一緒に行きたいところだが、おれは大事な支度がある。悪いが、あんたらは先にあがっててくれ。なに、待たせはしない」
平泉はよく通る声で言うと、手をふりながら小屋へ入っていった。
咲希を先頭に石段をのぼり始めた。苔むしり、ところどころほころびが目立つ頼りなげな足場だ。
清彦が妹に続き、交野もおくれてそれにならなった。
「あの人はなんでまた、ここにきて別行動を」
「言ったでしょ。平泉さんはブッチャーとしての役目があるから。その準備」
「ブッチャーって……昨日も言ってたな」
「解体人のことだ」のろのろと清彦が言った。「誰かが率先してやらないといけないんだ、この島では。彼はまだ元気だから大丈夫だが、いずれ子供が引き継がなければならない。あの仕事は世襲制でね。と言っても、あの人には娘しかいないんだっけ。将来、この風習も消えてしまうかもしれんな。……ま、おれたちが心配する必要もないんだが」
「解体人」と、交野は眼をまるくし、わが身を抱いた。「イヤな予感がしてきたなあ。おれ、帰ってもいいか?」
「ここまで首を突っ込んでおきながら、いまさらあとに退けないじゃない。ちゃんと見届けないと。無理やり引きずり込んでしまった、わたしにも責任があるけど」
「咲希の夫になる以上、避けては通れんこともあるさ」と、清彦が息をはずませながら言い、真横に並んだ交野の肩に手をおいた。「ようこそだな、義弟よ。まずは通過儀礼の第一歩だ。君なら耐えられると信じてる。むしろ耐えてもらわねば困る」
「だといいんですが」
清彦は交野よりも3つ上のはずだ。しかしながら、髪には白いものが多くまじり、20代のころはさぞかし神経質だったであろう細面には、人を許すこと憶えた柔和さが溶け込んでいた。眼は鹿のそれのように穏やかだ。
先頭を歩く咲希が二人をふり返り、うすく笑った。
三人は息を切らし、汗にまみれながら、ようやく上に着いた。
そこはちょっとした広場になっていた。直径30メートルほどの円形の空間が広がっているのだ。
端の方こそ雑草が茂っているものの、中央の地面はきれいな一枚岩で覆われ、中心に向かうにしたがい、わずかに傾斜して窪んでいた。
そのど真んなかには、意味ありげなアンカーボルトみたいな鉄の杭が1本、打ち込まれていた。
広場のまわりは背丈の低いビロウやタブノキに囲まれており、南国の様相を呈している。
その太い幹のすき間から、灰色の海が見渡せた。
ベタ凪のなか、右手に椀を伏せたような形の悉平島が見えた。
空は淡いすみれ色をしており、蒸し風呂のような湿気が広場にたち込め、清涼な風が吹きわたるなどは望むべくもない。
いましがたのぼってきた石段から左奥は、樅や椎などの巨木がそびえる原生林となっているようだ。
手前は小高い丘となっており、獣道らしき細いそれが裏山に続いていた。
一方、反対側にはレールが伸びており、すでにモノレール上に固定した棺が到着していた。どうりでかすかなエンジン音が聞こえたはずだ。
「ゆうべ、おまえが言ってた伝説のほら穴は見当たらないんだな」
「伝説? まさか猿噛み島の発祥伝説とやらか」と、清彦がネクタイをゆるめ、一枚岩の方へ歩きながら言った。「そんな話なんて、島に近づけさせないために作られたおとぎ話にすぎないだろ。まさか巨大な猿の妖怪だなんて」
「兄さん、馬鹿にして」咲希は不満げに抗議したが、すぐに、「それより、お父さんの棺桶、様子を見てくるね」
と言って、モノレールの方へ向かった。
そのとき、背後で気配がした。
「まんざらそうでもないさ。伝説はほら話なんかじゃねえ。れっきとした猿噛み島の歴史でもある、とおれは信じてるがね」交野がふり向くと、平泉がケロリとした表情で立っていた。「だらしねえ奴らだな、おい。着替えに遅れをとって、待たせてるかと思いきや、もう追いついちまったじゃねえか。さ、内輪の話はあとまわしだ。奥へ行った行った」
着替えというのは、平泉はワイシャツ、スラックス姿の上に、緑色の防水エプロンをつけていたからだ。
しかも手には物騒なものが握られていた。ブッシュナイフだ。刃渡り40センチはくだるまい。
平泉はよく通る声で言うと、手をふりながら小屋へ入っていった。
咲希を先頭に石段をのぼり始めた。苔むしり、ところどころほころびが目立つ頼りなげな足場だ。
清彦が妹に続き、交野もおくれてそれにならなった。
「あの人はなんでまた、ここにきて別行動を」
「言ったでしょ。平泉さんはブッチャーとしての役目があるから。その準備」
「ブッチャーって……昨日も言ってたな」
「解体人のことだ」のろのろと清彦が言った。「誰かが率先してやらないといけないんだ、この島では。彼はまだ元気だから大丈夫だが、いずれ子供が引き継がなければならない。あの仕事は世襲制でね。と言っても、あの人には娘しかいないんだっけ。将来、この風習も消えてしまうかもしれんな。……ま、おれたちが心配する必要もないんだが」
「解体人」と、交野は眼をまるくし、わが身を抱いた。「イヤな予感がしてきたなあ。おれ、帰ってもいいか?」
「ここまで首を突っ込んでおきながら、いまさらあとに退けないじゃない。ちゃんと見届けないと。無理やり引きずり込んでしまった、わたしにも責任があるけど」
「咲希の夫になる以上、避けては通れんこともあるさ」と、清彦が息をはずませながら言い、真横に並んだ交野の肩に手をおいた。「ようこそだな、義弟よ。まずは通過儀礼の第一歩だ。君なら耐えられると信じてる。むしろ耐えてもらわねば困る」
「だといいんですが」
清彦は交野よりも3つ上のはずだ。しかしながら、髪には白いものが多くまじり、20代のころはさぞかし神経質だったであろう細面には、人を許すこと憶えた柔和さが溶け込んでいた。眼は鹿のそれのように穏やかだ。
先頭を歩く咲希が二人をふり返り、うすく笑った。
三人は息を切らし、汗にまみれながら、ようやく上に着いた。
そこはちょっとした広場になっていた。直径30メートルほどの円形の空間が広がっているのだ。
端の方こそ雑草が茂っているものの、中央の地面はきれいな一枚岩で覆われ、中心に向かうにしたがい、わずかに傾斜して窪んでいた。
そのど真んなかには、意味ありげなアンカーボルトみたいな鉄の杭が1本、打ち込まれていた。
広場のまわりは背丈の低いビロウやタブノキに囲まれており、南国の様相を呈している。
その太い幹のすき間から、灰色の海が見渡せた。
ベタ凪のなか、右手に椀を伏せたような形の悉平島が見えた。
空は淡いすみれ色をしており、蒸し風呂のような湿気が広場にたち込め、清涼な風が吹きわたるなどは望むべくもない。
いましがたのぼってきた石段から左奥は、樅や椎などの巨木がそびえる原生林となっているようだ。
手前は小高い丘となっており、獣道らしき細いそれが裏山に続いていた。
一方、反対側にはレールが伸びており、すでにモノレール上に固定した棺が到着していた。どうりでかすかなエンジン音が聞こえたはずだ。
「ゆうべ、おまえが言ってた伝説のほら穴は見当たらないんだな」
「伝説? まさか猿噛み島の発祥伝説とやらか」と、清彦がネクタイをゆるめ、一枚岩の方へ歩きながら言った。「そんな話なんて、島に近づけさせないために作られたおとぎ話にすぎないだろ。まさか巨大な猿の妖怪だなんて」
「兄さん、馬鹿にして」咲希は不満げに抗議したが、すぐに、「それより、お父さんの棺桶、様子を見てくるね」
と言って、モノレールの方へ向かった。
そのとき、背後で気配がした。
「まんざらそうでもないさ。伝説はほら話なんかじゃねえ。れっきとした猿噛み島の歴史でもある、とおれは信じてるがね」交野がふり向くと、平泉がケロリとした表情で立っていた。「だらしねえ奴らだな、おい。着替えに遅れをとって、待たせてるかと思いきや、もう追いついちまったじゃねえか。さ、内輪の話はあとまわしだ。奥へ行った行った」
着替えというのは、平泉はワイシャツ、スラックス姿の上に、緑色の防水エプロンをつけていたからだ。
しかも手には物騒なものが握られていた。ブッシュナイフだ。刃渡り40センチはくだるまい。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
日高川という名の大蛇に抱かれて【怒りの炎で光宗センセを火あぶりの刑にしちゃうもん!】
spell breaker!
ホラー
幼いころから思い込みの烈しい庄司 由海(しょうじ ゆみ)。
初潮を迎えたころ、家系に伝わる蛇の紋章を受け継いでしまった。
聖痕をまとったからには、庄司の女は情深く、とかく男と色恋沙汰に落ちやすくなる。身を滅ぼしかねないのだという。
やがて17歳になった。夏休み明けのことだった。
県立日高学園に通う由海は、突然担任になった光宗 臣吾(みつむね しんご)に一目惚れしてしまう。
なんとか光宗先生と交際できないか近づく由海。
ところが光宗には二面性があり、女癖も悪かった。
決定的な場面を目撃してしまったとき、ついに由海は怒り、暴走してしまう……。
※本作は『小説家になろう』様でも公開しております。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
孤独の旅路に伴侶をもとめて
spell breaker!
ミステリー
気づいたとき、玲也(れいや)は見知らぬ山を登っていた。山頂に光が瞬いているので、それをめざして登るしかない。
生命の息吹を感じさせない山だった。そのうち濃い霧が発生しはじめる。
と、上から誰かがくだってきた。霧のなかから姿を現したのは萌(もえ)と名のる女だった。
玲也は萌とともに行動をともにするのだが、歩くにしたがい二人はなぜここにいるのか思い出していく……。
※本作は『小説家になろう』さまでも公開しております。
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
感染した世界で~Second of Life's~
霧雨羽加賀
ホラー
世界は半ば終わりをつげ、希望という言葉がこの世からなくなりつつある世界で、いまだ希望を持ち続け戦っている人間たちがいた。
物資は底をつき、感染者のはびこる世の中、しかし抵抗はやめない。
それの彼、彼女らによる、感染した世界で~終わりの始まり~から一年がたった物語......
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。
私達が押し付けられる理不尽(りふじん)なゲーム
転生新語
ホラー
私(二十代)は今日も、変わらない世の中に絶望しながら眠りに就いた。そんな私は夢の中で、少女の声を持つ死神さんと出会う。
死神さんが持ち掛けてきたのは、デスゲームでイカサマを仕掛けるという話だった……
あまり怖くない話ですが。精神を患(わずら)っている方は、負担が掛かる恐れがあるかも知れないので読まないでください。
カクヨムに投稿しています→https://kakuyomu.jp/works/16817330658135781804
また小説家になろうにも投稿しました→https://ncode.syosetu.com/n2110ig/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる