絶海の孤島! 猿の群れに遺体を食べさせる葬儀島【猿噛み島】

spell breaker!

文字の大きさ
上 下
15 / 37

15.猿噛み島に着く

しおりを挟む
 いかんせん船は4.6トンクラスと小さく、ごく近しい身内しか同乗できない。
 咲希と交野かたの、清彦、若い漁師二人と平泉が乗り込んだ。
 みすずは心労がここにきてこたえ、とても立ち会えないと辞退を申し出た。
 誰も異論を挟まなかった。
 霊柩車のドライバーは彼女を助手席におさめると、そのまま実家へとって返すことになった。
 去り際、咲希と交野に向かって、

「お父さんの最後、しっかり見届けてね。平泉さんならちゃんとしてくれるから」

 と、謎めいた言葉を投げかけてきた。
 平泉は上着を脱ぐと、すぐ船をスタートさせた。
 岸壁のうえで霊柩車の窓越しに、みすずが手を振ってくれたが、じきにその姿も小さくなった。

「交野さんよ、まだ野辺のべ送りの途中だ。ぜったいうしろをふり返っちゃならねえぜ」

「野辺送りとは?」

「なんでい、野辺送りぐらい内地でもいっしょだろうに。それとも、野辺送りすら廃れちまった風習なのか。時代錯誤だと、ひと言で片づけるのは傲慢な発想だぞ」

「とにかく、うしろをふり返ってはダメ」と、咲希がとりなした。「ふり返れば、死者の魂が生家に帰り、災いをもたらすっていうそうよ」

「そんなのはじめて聞いた」



 それ以後、誰もがかたく口を閉ざした。
 いつしか雨はやみ、鈍色とすみれ色がまじった空模様となり、不安定な大気に包まれた。
 交野は船首に立ち、荒れる風に髪をくしけずられながら、はるか前方を見すえた。
 目指すべき無人島のシルエットが遠くにかすんで見えた。

 海は濁った灰色で、片栗粉のスープのように淀んでおり、船はそれを引き裂くようにして突き進んだ。
 十分も船に揺られていると、くだん猿噛さるがじまが視界いっぱいに広がってきた。
 これといって特徴のない小島だ。

 陰気な岩塊に、色とりどりの森が瘡蓋かさぶたのように貼りついているだけである。
 波打ち際では荒々しい岩礁が、まるで巨人の前歯のように並び、白波が砕けている様子からしておいそれとは近づきがたい。
 島の中腹だけが妊婦のそれのようにふくらみ、こんもりと木々が繁茂していた。
 カツオドリの巣でもあるらしく、上空では白と黒のコントラストがおびただしいほど飛び交っていた。

 平泉はかじを右へ切った。
 島の側面にまわり込むと、古ぼけた鳥居が見えてきた。
 手前はコンクリートで固められた波止場になっていた。
 船はそこへ滑り込んだ。

 平泉が鷹揚たる口調で、

「さて、到着しましたよ、みなさん」

「直哉、またあなたの力がいるから、お願いね。デスクワークの仕事ばかりしてたから、たいへんでしょうけど」

「らしいね」

「手順は聞いてるか」

 と、平泉がエンジンを切り、ぶっきらぼうに交野に言った。

「いや、細かいところまでは聞いてない」

「難しいことはない。我々がやるべきことは、親父の棺桶を、そこの掘っ建て小屋の横まで運ぶだけでいい。あとは自動だ。……どうだろう、上でも力仕事があるんだっけか」

 と、清彦が指さした先に鳥居があり、それをくぐった延長線上に鬱蒼たる森にかくされたプレハブ造りの小屋があった。
 小屋のわきには細いレールが上へ向かって伸びていた。
 平泉が腕まくりしながら、うなずいた。

「そうだ。向こうでもしばらく、みんなの力を借りねばならん」

「それ以降は平泉さんの仕事だ」

 清彦がぼそりと言い、上着を脱いで操舵室の壁にかけた。

「では、さっそくとりかかるぞ」

 またしても男だけで棺を持ちあげ、小屋の横まで運んだ。
 小屋の左側には、急な石段が30メートルばかり上まで続いている。
 交野は見あげ、かるくうめいた。

「心配しなさんな」平泉が背中をどやした。「昔はみんなして棺桶をかつぎ、汗だくになってこの階段をのぼったもんさ。それもさすがにこたえてな。最近じゃ年寄り連中も多いことだし、葬儀の数もふえる一方だ。人間がコロっといきがちになる季節――つまり12月だと、5回あった年だってある。そんなわけでコイツを備えつけたわけよ。こうでもしないと、元気な者が健康を害しかねないからな。おれたちが倒れたら本末転倒だ」

 と言い、石段に隣接する形で伸びるレールと、荷物を運搬するモノレールのカゴを指さした。

「勾配のきつい果樹園で活躍しているやつか。見たことある」と、交野は言った。

「もとはなにもない無人島だったが、人間さまが都合のいいように手を加えている。神聖な島とはいえ、時流には逆らえないってことさ」

「素直にありがたいと思うよ。おかげで筋肉痛に悩まされずにすみそうだ」

 遺体の頭側を斜面の上方にして、棺をモノレールに乗せた。安全ベルトまで備わっていたので、白木の箱を据えると、すぐ固定された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日高川という名の大蛇に抱かれて【怒りの炎で光宗センセを火あぶりの刑にしちゃうもん!】

spell breaker!
ホラー
幼いころから思い込みの烈しい庄司 由海(しょうじ ゆみ)。 初潮を迎えたころ、家系に伝わる蛇の紋章を受け継いでしまった。 聖痕をまとったからには、庄司の女は情深く、とかく男と色恋沙汰に落ちやすくなる。身を滅ぼしかねないのだという。 やがて17歳になった。夏休み明けのことだった。 県立日高学園に通う由海は、突然担任になった光宗 臣吾(みつむね しんご)に一目惚れしてしまう。 なんとか光宗先生と交際できないか近づく由海。 ところが光宗には二面性があり、女癖も悪かった。 決定的な場面を目撃してしまったとき、ついに由海は怒り、暴走してしまう……。 ※本作は『小説家になろう』様でも公開しております。

オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員

眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。

無能な陰陽師

もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。 スマホ名前登録『鬼』の上司とともに 次々と起こる事件を解決していく物語 ※とてもグロテスク表現入れております お食事中や苦手な方はご遠慮ください こちらの作品は、 実在する名前と人物とは 一切関係ありません すべてフィクションとなっております。 ※R指定※ 表紙イラスト:名無死 様

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

『霧原村』~少女達の遊戯が幽の地に潜む怪異を招く~

潮ノ海月
ホラー
五月の中旬、昼休中に清水莉子と幸村葵が『こっくりさん』で遊び始めた。俺、月森和也、野風雄二、転校生の神代渉の三人が雑談していると、女子達のキャーという悲鳴が。その翌日から莉子は休み続け、学校中に『こっくりさん』の呪いや祟りの噂が広まる。そのことで和也、斉藤凪紗、雄二、葵、渉の五人が莉子の家を訪れると、彼女の母親は憔悴し、私室いた莉子は憑依された姿になっていた。莉子の家から葵を送り届け、暗い路地を歩く渉は不気味な怪異に遭遇する。それから恐怖の怪奇現象が頻発し、ついに女子達が犠牲に。そして怪異に翻弄されながらも、和也と渉の二人は一つの仮説を立て、思ってもみない結末へ導かれていく。

処理中です...