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14.「『黒不浄』に関しては、ふしぎと喜ばれるものなんだ」
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「島へ渡るのに、専用の船じゃないんだ……」
交野は驚きを禁じ得ない。日常では仕事に使い、ましてや人さまの口に入る商品を船上で扱うのだ。それなのに、ときおりとはいえ、ご遺体=不浄のものを運ぶことと混同しているのは、いかがなものかと思った。やはり分けて使用されるべきではないか。
「気持ちはわからんでもない。それにこんな貧しい離島だ。経済面で苦しいのもある」察したらしく、平泉は言ってから唇をへの字に曲げた。「それは抜きにしても漁師の風習でね。昔から、『赤不浄』は漁にめぐまれなくなると嫌がられたものだが、こと『黒不浄』に関しては、ふしぎと喜ばれるものなんだ。豊漁が期待されるといわれ、あとを追ってくる船もあるほどだ」
「なんです、その赤や黒の不浄とは?」
「赤不浄ってのは、お二方女性には失礼だが、生理や出産の血液を意味するそうだ。それらの血は汚れているから、海の神さまが嫌うんだと。妊婦に船具や漁具をまたがれたり、船に乗せたぐらいなら、めっきり不漁になるとか、古い世代は言ったもんだ」
「女人禁制の山にもそんなタブーがありますよね」と、咲希が眼をまるくして言った。
「まさに一緒。……怒られかねないのでフォローするが、裏を返せば、だいじな子供を宿している母体を、危険な海へ連れていくのはご法度、妊婦は安全な陸で、じっとしとけと言いたいわけだろう。ま、不器用な男の愛情表現だと、おれは思うがね」
「なるほど」
「反対に黒不浄は、人間の遺体のことだ。死の不浄ってことらしい。たぶん、遺体は腐敗していくと、徐々にガスがたまってふくらみ、肉も黒く変色していくことから黒と表現されたんじゃないか。おかしなもので、漁師のあいだではこの黒が好まれる。沖を漂ってる土座衛門――水死体だな。これをナガレボトケという――を見つけた日にゃ、丁重に引きあげ、陸に持ち帰る。ナガレボトケを埋葬した日を境に、とたんに漁に恵まれることもあり、さっきも言ったが、その褒美にあやかろうとするよその船もあるぐらいだ」
交野は感心した様子で、
「『板子一枚下は地獄』とされる職業だけに、そんな験を担いだ風習が生まれるのかなあ」
「そんな話、聞きたきゃ、いずれ好きなだけ聞かせてやるよ。……さ、ここで講義してる余裕はないんだ。それより運ぶぞ。手伝ってくれ」
霊柩車の後部ドアを開け、棺室から友之が眠る棺を引きずり出した。
船内にいた若衆二人も加わり、男六人でそれを抱えると、注意深く漁船に運んだ。
「足もとに気をつけて、直哉」と、船に乗り移った咲希が言った。「そこ、段差がきついから、注意して」
「革靴はすべるぞ。こんなところで親父を落っことしたらおおごとだ」と、清彦が言った。
かけ声とともに六人は船におりた。
「船尾へおくから、もうしばらくの辛抱だ。しっかり抱えてくれ」
平泉は額に汗を浮かべて指示した。
どうにか棺はぶじ、船尾の開けた空間におろされた。一同、やれやれといった表情で汗をぬぐった。
交野は驚きを禁じ得ない。日常では仕事に使い、ましてや人さまの口に入る商品を船上で扱うのだ。それなのに、ときおりとはいえ、ご遺体=不浄のものを運ぶことと混同しているのは、いかがなものかと思った。やはり分けて使用されるべきではないか。
「気持ちはわからんでもない。それにこんな貧しい離島だ。経済面で苦しいのもある」察したらしく、平泉は言ってから唇をへの字に曲げた。「それは抜きにしても漁師の風習でね。昔から、『赤不浄』は漁にめぐまれなくなると嫌がられたものだが、こと『黒不浄』に関しては、ふしぎと喜ばれるものなんだ。豊漁が期待されるといわれ、あとを追ってくる船もあるほどだ」
「なんです、その赤や黒の不浄とは?」
「赤不浄ってのは、お二方女性には失礼だが、生理や出産の血液を意味するそうだ。それらの血は汚れているから、海の神さまが嫌うんだと。妊婦に船具や漁具をまたがれたり、船に乗せたぐらいなら、めっきり不漁になるとか、古い世代は言ったもんだ」
「女人禁制の山にもそんなタブーがありますよね」と、咲希が眼をまるくして言った。
「まさに一緒。……怒られかねないのでフォローするが、裏を返せば、だいじな子供を宿している母体を、危険な海へ連れていくのはご法度、妊婦は安全な陸で、じっとしとけと言いたいわけだろう。ま、不器用な男の愛情表現だと、おれは思うがね」
「なるほど」
「反対に黒不浄は、人間の遺体のことだ。死の不浄ってことらしい。たぶん、遺体は腐敗していくと、徐々にガスがたまってふくらみ、肉も黒く変色していくことから黒と表現されたんじゃないか。おかしなもので、漁師のあいだではこの黒が好まれる。沖を漂ってる土座衛門――水死体だな。これをナガレボトケという――を見つけた日にゃ、丁重に引きあげ、陸に持ち帰る。ナガレボトケを埋葬した日を境に、とたんに漁に恵まれることもあり、さっきも言ったが、その褒美にあやかろうとするよその船もあるぐらいだ」
交野は感心した様子で、
「『板子一枚下は地獄』とされる職業だけに、そんな験を担いだ風習が生まれるのかなあ」
「そんな話、聞きたきゃ、いずれ好きなだけ聞かせてやるよ。……さ、ここで講義してる余裕はないんだ。それより運ぶぞ。手伝ってくれ」
霊柩車の後部ドアを開け、棺室から友之が眠る棺を引きずり出した。
船内にいた若衆二人も加わり、男六人でそれを抱えると、注意深く漁船に運んだ。
「足もとに気をつけて、直哉」と、船に乗り移った咲希が言った。「そこ、段差がきついから、注意して」
「革靴はすべるぞ。こんなところで親父を落っことしたらおおごとだ」と、清彦が言った。
かけ声とともに六人は船におりた。
「船尾へおくから、もうしばらくの辛抱だ。しっかり抱えてくれ」
平泉は額に汗を浮かべて指示した。
どうにか棺はぶじ、船尾の開けた空間におろされた。一同、やれやれといった表情で汗をぬぐった。
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