14 / 37
14.「『黒不浄』に関しては、ふしぎと喜ばれるものなんだ」
しおりを挟む
「島へ渡るのに、専用の船じゃないんだ……」
交野は驚きを禁じ得ない。日常では仕事に使い、ましてや人さまの口に入る商品を船上で扱うのだ。それなのに、ときおりとはいえ、ご遺体=不浄のものを運ぶことと混同しているのは、いかがなものかと思った。やはり分けて使用されるべきではないか。
「気持ちはわからんでもない。それにこんな貧しい離島だ。経済面で苦しいのもある」察したらしく、平泉は言ってから唇をへの字に曲げた。「それは抜きにしても漁師の風習でね。昔から、『赤不浄』は漁にめぐまれなくなると嫌がられたものだが、こと『黒不浄』に関しては、ふしぎと喜ばれるものなんだ。豊漁が期待されるといわれ、あとを追ってくる船もあるほどだ」
「なんです、その赤や黒の不浄とは?」
「赤不浄ってのは、お二方女性には失礼だが、生理や出産の血液を意味するそうだ。それらの血は汚れているから、海の神さまが嫌うんだと。妊婦に船具や漁具をまたがれたり、船に乗せたぐらいなら、めっきり不漁になるとか、古い世代は言ったもんだ」
「女人禁制の山にもそんなタブーがありますよね」と、咲希が眼をまるくして言った。
「まさに一緒。……怒られかねないのでフォローするが、裏を返せば、だいじな子供を宿している母体を、危険な海へ連れていくのはご法度、妊婦は安全な陸で、じっとしとけと言いたいわけだろう。ま、不器用な男の愛情表現だと、おれは思うがね」
「なるほど」
「反対に黒不浄は、人間の遺体のことだ。死の不浄ってことらしい。たぶん、遺体は腐敗していくと、徐々にガスがたまってふくらみ、肉も黒く変色していくことから黒と表現されたんじゃないか。おかしなもので、漁師のあいだではこの黒が好まれる。沖を漂ってる土座衛門――水死体だな。これをナガレボトケという――を見つけた日にゃ、丁重に引きあげ、陸に持ち帰る。ナガレボトケを埋葬した日を境に、とたんに漁に恵まれることもあり、さっきも言ったが、その褒美にあやかろうとするよその船もあるぐらいだ」
交野は感心した様子で、
「『板子一枚下は地獄』とされる職業だけに、そんな験を担いだ風習が生まれるのかなあ」
「そんな話、聞きたきゃ、いずれ好きなだけ聞かせてやるよ。……さ、ここで講義してる余裕はないんだ。それより運ぶぞ。手伝ってくれ」
霊柩車の後部ドアを開け、棺室から友之が眠る棺を引きずり出した。
船内にいた若衆二人も加わり、男六人でそれを抱えると、注意深く漁船に運んだ。
「足もとに気をつけて、直哉」と、船に乗り移った咲希が言った。「そこ、段差がきついから、注意して」
「革靴はすべるぞ。こんなところで親父を落っことしたらおおごとだ」と、清彦が言った。
かけ声とともに六人は船におりた。
「船尾へおくから、もうしばらくの辛抱だ。しっかり抱えてくれ」
平泉は額に汗を浮かべて指示した。
どうにか棺はぶじ、船尾の開けた空間におろされた。一同、やれやれといった表情で汗をぬぐった。
交野は驚きを禁じ得ない。日常では仕事に使い、ましてや人さまの口に入る商品を船上で扱うのだ。それなのに、ときおりとはいえ、ご遺体=不浄のものを運ぶことと混同しているのは、いかがなものかと思った。やはり分けて使用されるべきではないか。
「気持ちはわからんでもない。それにこんな貧しい離島だ。経済面で苦しいのもある」察したらしく、平泉は言ってから唇をへの字に曲げた。「それは抜きにしても漁師の風習でね。昔から、『赤不浄』は漁にめぐまれなくなると嫌がられたものだが、こと『黒不浄』に関しては、ふしぎと喜ばれるものなんだ。豊漁が期待されるといわれ、あとを追ってくる船もあるほどだ」
「なんです、その赤や黒の不浄とは?」
「赤不浄ってのは、お二方女性には失礼だが、生理や出産の血液を意味するそうだ。それらの血は汚れているから、海の神さまが嫌うんだと。妊婦に船具や漁具をまたがれたり、船に乗せたぐらいなら、めっきり不漁になるとか、古い世代は言ったもんだ」
「女人禁制の山にもそんなタブーがありますよね」と、咲希が眼をまるくして言った。
「まさに一緒。……怒られかねないのでフォローするが、裏を返せば、だいじな子供を宿している母体を、危険な海へ連れていくのはご法度、妊婦は安全な陸で、じっとしとけと言いたいわけだろう。ま、不器用な男の愛情表現だと、おれは思うがね」
「なるほど」
「反対に黒不浄は、人間の遺体のことだ。死の不浄ってことらしい。たぶん、遺体は腐敗していくと、徐々にガスがたまってふくらみ、肉も黒く変色していくことから黒と表現されたんじゃないか。おかしなもので、漁師のあいだではこの黒が好まれる。沖を漂ってる土座衛門――水死体だな。これをナガレボトケという――を見つけた日にゃ、丁重に引きあげ、陸に持ち帰る。ナガレボトケを埋葬した日を境に、とたんに漁に恵まれることもあり、さっきも言ったが、その褒美にあやかろうとするよその船もあるぐらいだ」
交野は感心した様子で、
「『板子一枚下は地獄』とされる職業だけに、そんな験を担いだ風習が生まれるのかなあ」
「そんな話、聞きたきゃ、いずれ好きなだけ聞かせてやるよ。……さ、ここで講義してる余裕はないんだ。それより運ぶぞ。手伝ってくれ」
霊柩車の後部ドアを開け、棺室から友之が眠る棺を引きずり出した。
船内にいた若衆二人も加わり、男六人でそれを抱えると、注意深く漁船に運んだ。
「足もとに気をつけて、直哉」と、船に乗り移った咲希が言った。「そこ、段差がきついから、注意して」
「革靴はすべるぞ。こんなところで親父を落っことしたらおおごとだ」と、清彦が言った。
かけ声とともに六人は船におりた。
「船尾へおくから、もうしばらくの辛抱だ。しっかり抱えてくれ」
平泉は額に汗を浮かべて指示した。
どうにか棺はぶじ、船尾の開けた空間におろされた。一同、やれやれといった表情で汗をぬぐった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
日高川という名の大蛇に抱かれて【怒りの炎で光宗センセを火あぶりの刑にしちゃうもん!】
spell breaker!
ホラー
幼いころから思い込みの烈しい庄司 由海(しょうじ ゆみ)。
初潮を迎えたころ、家系に伝わる蛇の紋章を受け継いでしまった。
聖痕をまとったからには、庄司の女は情深く、とかく男と色恋沙汰に落ちやすくなる。身を滅ぼしかねないのだという。
やがて17歳になった。夏休み明けのことだった。
県立日高学園に通う由海は、突然担任になった光宗 臣吾(みつむね しんご)に一目惚れしてしまう。
なんとか光宗先生と交際できないか近づく由海。
ところが光宗には二面性があり、女癖も悪かった。
決定的な場面を目撃してしまったとき、ついに由海は怒り、暴走してしまう……。
※本作は『小説家になろう』様でも公開しております。


兵頭さん
大秦頼太
ホラー
鉄道忘れ物市で見かけた古い本皮のバッグを手に入れてから奇妙なことが起こり始める。乗る電車を間違えたり、知らず知らずのうちに廃墟のような元ニュータウンに立っていたりと。そんなある日、ニュータウンの元住人と出会いそのバッグが兵頭さんの物だったと知る。
The Last Night
泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。
15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。
そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。
彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。
交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。
しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。
吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。
この恋は、救いか、それとも破滅か。
美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。
※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。
※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。
※AI(chatgpt)アシストあり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる