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9.「猿噛み島。なんともキナ臭いネーミングだな」

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 その夜、交野は咲希の部屋で床についた。
 豆球の黄色い光のもと、とりとめもない会話を重ねたあと、いよいよ咲希は本題に切り出した。

「フェリーに乗ってるとき、風葬の件は話したと思うけど、あらためてちゃんと説明しておかないとね。横になったまま話す内容じゃないんだけど、今日は疲れてて、話がすんだら、そのまま眠りに落ちたいから。これでゆるして」

「特殊な風葬だったな。それが親父さんの葬儀につながるわけだったら、聞いておく必要がある。どんな形であれ、おれはかまわんさ。――どうぞ」

「だったら、このまま失礼して」と、咲希はかすれ声で言った。「この地方ならではの自然葬がタブー化されていて、秘密裏におこなわれているってまでは話したわね。この世には、まさかこんな奇想天外な風葬があるなんて、夢にも思わないはずよ」天井の一点を見つめながら話す彼女の横顔を、交野はぼんやり眺めていた。「この島から沖合3キロ先に、とある無人島があってね。このあたりの人は『サルガミジマ』と呼んでいるの。漢字で書くと、お猿さんの『猿』に、甘噛みの『噛み』と、『島』で『猿噛み島』」

「猿噛み島。なんともキナ臭いネーミングだな」

「ざっと周囲3キロ、あるかないかの、岩礁と森だけの小さな島よ。そこにはいろいろ言い伝えが残る場所でね。地元の漁師のあいだでは神聖な島として、そばを漁船で通るときは、必ず手をあわせるそうなの」

「たしか玄界灘に浮かぶ沖ノ島も神聖視されてるよな」

「沖ノ島には宗像大社沖津宮むなかたたいしゃおきつみやがあって、宗像三女神の田心姫神たごりひめのかみを祀った島ね。あちらは島全体がご神体とされ、女人禁制がいまもなお続いてる。世界遺産にも登録されたわよね。私もこの手の話は好きだから、ソラで暗唱できるわ」と、咲希は淡々と言った。「でも、猿噛み島は悉平島専用の風葬の島として認知されているだけで、とても沖ノ島には及ばない」

「おんなじ神聖な場所でも、扱いがちがうってわけか」

「それで悉平島では」と、咲希は重い口を開いた。「人死ひとじにがあると、猿噛み島へ遺体を運び、特定の場所に安置させるの。そして信じがたい話かもしれないけど、島に棲息するニホンザルの群れに処理させるわけ。つまり、猿に食べてもらうの。このお猿さんが神聖視されるそうでね」

「おいおいおい……。穏やかじゃないな」

「倫理的にどうかと思うわよね、ふつう。だけど、悉平島では昔からそんな習いを続けてきたの。そもそもなぜ猿噛み島のお猿さんがそこまでの扱いをうけ、なぜ人間の遺体を食べさせるのか、これにはふしぎな伝説があってね」

「伝説」

「それはこんな話なの」
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