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第二章:騎士学校・中等部
第37話 記入用紙
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迷宮探索の翌日、僕は倉庫区画にやってきていた。オークションに出品する遺物を倉庫に持ってきていたのだ。
品物はすでに決めてある。〝古代の銀貨〟数枚に、銀製の燭台や食器の類。どれも迷宮で手に入れた貴重な品々だ。
本当なら、魔術の効果が付与された武器や防具を出品したかったけど、そう都合よく手に入るものでもない。それに、戦力を削ってまで手持ちの貴重品を売るわけにもいかない。
「……まあ、今回はこれでいいか」
出品する品物を布で包んだあと、丁寧に木箱に収めて、ゴーストと一緒に組合の倉庫に向かった。
〈盗賊組合〉が管理する倉庫は、街の外れにひっそりと存在していた。外観はただの古びた倉庫に見えるけど、内部は完全に管理された取引拠点だ。
周囲に護衛の姿は見られなかったけど、怪しまれないよう巧妙に隠れているのだろう。
その薄暗い倉庫内を進むと、すぐに馴染みの姿が目に入る。
「おや、また来たのかい?」
作業台の向こう側で、イタチの亜人――メルルが軽く手を振る。
「おはようございます、メルルさん。今日はオークションの件で来ました」
彼女は細い尻尾を揺らしながら、僕を手招きする。
「さっそく品物を見せてくれるかい?」
「はい。こちらになります」
苦労して運んできた木箱を作業台に載せたあと、布をそっとめくった。
数十枚の貨幣、燭台、銀食器――どれも長い時を経てもなお、価値を失わない遺物だ。
メルルはひとつひとつ手に取り、目を細めながら刻印を確認していく。
「へぇ……この銀貨、かなり状態がいいね。前にも似たモノを持ち込んでいたけど、これはさらに保存状態がいい。こっちの燭台や食器も、貴族が使っていたものかもしれないね」
「価値はありますか?」
「あるさ。オークションに出せば、相応の金額で買い手がつくよ」
メルルは作業台の下から一枚の紙を取り出して、スッと僕の前に差し出した。
「ほら、これに品物の名前と数量を記入して」
「記入用紙……ですか?」
僕は少し驚きながら、それを手に取った。
出品者の名前(偽名不可)、品物の詳細、数量、希望落札額などを記入する欄が並んでいる。
「〈盗賊組合〉でも、書類をちゃんと管理してるんですね」
「そりゃあね。私たちはただの盗賊団じゃなくて、組織として動いてるからさ。記録を取らないと、あとで揉めることになる」
たしかに裏社会の組織でも、きちんと管理がなされていなければ成り立たないだろう。むしろ、こうした犯罪シンジケートだからこそ厳格なルールがあるのかもしれない。
「よし……終わりました」
金額を相談しながら記入し終えると、メルルはそれを受け取り、軽く確認したあと可愛らしい表情で微笑んだ。
「これで手続きは完了。オークションは数日後だから、楽しみにしててな」
「ありがとうございます、メルルさん」
あとはオークション当日を待つだけだ。
手続きを終えた安堵とともに倉庫をあとにしようとしたときだった。背筋にひやりとした感覚が走る。
反射的に足を止め、倉庫の暗がりに視線を向ける。
その影の中で、闇に溶け込むように佇んでいたのは、漆黒の体毛を持つ豹人だった。
「……もしかして、師匠ですか?」
カチャの名を呼ぶと、猫のようにしなやかな動きで影から姿をあらわす。
細身の体躯、鋭い黄金の瞳。艶やかな黒い毛並みは夜の闇のようで、彼女が本気で隠れたら、気配を察知することすらできなかっただろう。
「ふぅん……」
カチャはゆっくりと近づきながら、目を細める。
「ドブ板通りの隠れ家に顔を出さないと思ったら、ここにいたのね。まったく、弟子の行動を把握しておくのも一苦労だわ」
「……最近、色々と忙しくて」
「忙しくて、ねぇ?」
カチャは長い尾を軽く揺らしながら、僕をじっと見つめる。
「さっき、ちらっと耳にしたんだけど……オークションに遺物を出品するそうじゃない?」
「えっ……」思わず息を呑む。
「わたし、君のお師匠さまだと思うのだけど?」
カチャの声が少しだけ低くなる。
逃げ場のない獲物を追い詰める猫のように、じりじりと間合いを詰めてくる。
「……もしかして、私に何か隠し事をしている?」
「そ、それは……」
僕は観念して、オークションに出品することになった遺物について話すことにした。けれど、すべての秘密を話すことはしない。
「〈はじまりの迷宮〉で見つけた遺物を、オークションに出すつもりです」
そう、あくまで遺物の出所は帝国が管理する迷宮ということにして、〈忘れられた迷宮〉については伏せる。
カチャは腕を組んだまま、僕の言葉をじっと聞いていた。
「……そう。遺物の売買も資金を増やすためには必要なことだものね。でも――」
彼女は鋭い眼光を向けながら、ぴたりと僕の鼻先に指を突きつけた。
「危ない真似はしていないでしょうね?」
「も、もちろんです」
「ほんとぉ?」
「はい、本当です」
しつこく問い詰められるが、ここは何とかやり過ごすしかない。
〈忘れられた迷宮〉のことを知られたら、間違いなく探索を止められる。いや、それどころか、迷宮のことを組合に知らせるべきだとか言い出すかもしれない……
そうなれば僕が手に入れられる遺物は確実に減る。まだ騎士になる準備が整っていない今の段階で、それは避けなければならなかった。
「……まぁ、いいわ。オークションが終わったら、ちゃんと成果を報告するんだよ」
「はい!」
「いい返事ね」
カチャはようやく満足したのか、ふっと笑みを浮かべながら身を翻した。
こうして、なんとか秘密を守れたけど、カチャが去り際に見せた鋭い眼差しは、すべての嘘を見透かしているようで、僕は冷や汗をかかずにはいられなかった。
品物はすでに決めてある。〝古代の銀貨〟数枚に、銀製の燭台や食器の類。どれも迷宮で手に入れた貴重な品々だ。
本当なら、魔術の効果が付与された武器や防具を出品したかったけど、そう都合よく手に入るものでもない。それに、戦力を削ってまで手持ちの貴重品を売るわけにもいかない。
「……まあ、今回はこれでいいか」
出品する品物を布で包んだあと、丁寧に木箱に収めて、ゴーストと一緒に組合の倉庫に向かった。
〈盗賊組合〉が管理する倉庫は、街の外れにひっそりと存在していた。外観はただの古びた倉庫に見えるけど、内部は完全に管理された取引拠点だ。
周囲に護衛の姿は見られなかったけど、怪しまれないよう巧妙に隠れているのだろう。
その薄暗い倉庫内を進むと、すぐに馴染みの姿が目に入る。
「おや、また来たのかい?」
作業台の向こう側で、イタチの亜人――メルルが軽く手を振る。
「おはようございます、メルルさん。今日はオークションの件で来ました」
彼女は細い尻尾を揺らしながら、僕を手招きする。
「さっそく品物を見せてくれるかい?」
「はい。こちらになります」
苦労して運んできた木箱を作業台に載せたあと、布をそっとめくった。
数十枚の貨幣、燭台、銀食器――どれも長い時を経てもなお、価値を失わない遺物だ。
メルルはひとつひとつ手に取り、目を細めながら刻印を確認していく。
「へぇ……この銀貨、かなり状態がいいね。前にも似たモノを持ち込んでいたけど、これはさらに保存状態がいい。こっちの燭台や食器も、貴族が使っていたものかもしれないね」
「価値はありますか?」
「あるさ。オークションに出せば、相応の金額で買い手がつくよ」
メルルは作業台の下から一枚の紙を取り出して、スッと僕の前に差し出した。
「ほら、これに品物の名前と数量を記入して」
「記入用紙……ですか?」
僕は少し驚きながら、それを手に取った。
出品者の名前(偽名不可)、品物の詳細、数量、希望落札額などを記入する欄が並んでいる。
「〈盗賊組合〉でも、書類をちゃんと管理してるんですね」
「そりゃあね。私たちはただの盗賊団じゃなくて、組織として動いてるからさ。記録を取らないと、あとで揉めることになる」
たしかに裏社会の組織でも、きちんと管理がなされていなければ成り立たないだろう。むしろ、こうした犯罪シンジケートだからこそ厳格なルールがあるのかもしれない。
「よし……終わりました」
金額を相談しながら記入し終えると、メルルはそれを受け取り、軽く確認したあと可愛らしい表情で微笑んだ。
「これで手続きは完了。オークションは数日後だから、楽しみにしててな」
「ありがとうございます、メルルさん」
あとはオークション当日を待つだけだ。
手続きを終えた安堵とともに倉庫をあとにしようとしたときだった。背筋にひやりとした感覚が走る。
反射的に足を止め、倉庫の暗がりに視線を向ける。
その影の中で、闇に溶け込むように佇んでいたのは、漆黒の体毛を持つ豹人だった。
「……もしかして、師匠ですか?」
カチャの名を呼ぶと、猫のようにしなやかな動きで影から姿をあらわす。
細身の体躯、鋭い黄金の瞳。艶やかな黒い毛並みは夜の闇のようで、彼女が本気で隠れたら、気配を察知することすらできなかっただろう。
「ふぅん……」
カチャはゆっくりと近づきながら、目を細める。
「ドブ板通りの隠れ家に顔を出さないと思ったら、ここにいたのね。まったく、弟子の行動を把握しておくのも一苦労だわ」
「……最近、色々と忙しくて」
「忙しくて、ねぇ?」
カチャは長い尾を軽く揺らしながら、僕をじっと見つめる。
「さっき、ちらっと耳にしたんだけど……オークションに遺物を出品するそうじゃない?」
「えっ……」思わず息を呑む。
「わたし、君のお師匠さまだと思うのだけど?」
カチャの声が少しだけ低くなる。
逃げ場のない獲物を追い詰める猫のように、じりじりと間合いを詰めてくる。
「……もしかして、私に何か隠し事をしている?」
「そ、それは……」
僕は観念して、オークションに出品することになった遺物について話すことにした。けれど、すべての秘密を話すことはしない。
「〈はじまりの迷宮〉で見つけた遺物を、オークションに出すつもりです」
そう、あくまで遺物の出所は帝国が管理する迷宮ということにして、〈忘れられた迷宮〉については伏せる。
カチャは腕を組んだまま、僕の言葉をじっと聞いていた。
「……そう。遺物の売買も資金を増やすためには必要なことだものね。でも――」
彼女は鋭い眼光を向けながら、ぴたりと僕の鼻先に指を突きつけた。
「危ない真似はしていないでしょうね?」
「も、もちろんです」
「ほんとぉ?」
「はい、本当です」
しつこく問い詰められるが、ここは何とかやり過ごすしかない。
〈忘れられた迷宮〉のことを知られたら、間違いなく探索を止められる。いや、それどころか、迷宮のことを組合に知らせるべきだとか言い出すかもしれない……
そうなれば僕が手に入れられる遺物は確実に減る。まだ騎士になる準備が整っていない今の段階で、それは避けなければならなかった。
「……まぁ、いいわ。オークションが終わったら、ちゃんと成果を報告するんだよ」
「はい!」
「いい返事ね」
カチャはようやく満足したのか、ふっと笑みを浮かべながら身を翻した。
こうして、なんとか秘密を守れたけど、カチャが去り際に見せた鋭い眼差しは、すべての嘘を見透かしているようで、僕は冷や汗をかかずにはいられなかった。
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