悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第二章:騎士学校・中等部

第35話 星霜真鍮〈アッグゥラ帝国〉

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 翌日、朝方の冷たい空気のなか、僕はゴーストと一緒に倉庫区画に足を運んでいた。結局昨日は小部屋を調べたあと、早々に迷宮の探索は切り上げていた。

 ホブゴブリンの集団と行動するゴブリンメイジの姿を何度も見かけるようになった時点で、単身での探索に限界を感じたからだ。

 それでも、貴重な硬貨と興味深い杖を手に入れられたのは大きな収穫だった。

 目的地でもある〈盗賊組合〉の倉庫は、開かれた市場とは違い、闇に隠れた商取引の場でもある。粗相をすれば信用を失うどころか、余計なトラブルを招きかねない。

 その倉庫の扉を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でていく。暗がりの中、ところどころに灯された燭台とランプの明かりが揺れているのが見えた。

 そして、その奥で忙しそうに遺物を鑑定する人影が見えた。

「メルルさん、おはようございます」
 声をかけると、白い体毛に包まれたイタチの亜人が顔を上げた。

「……あら、珍しいお客さんね」
 彼女は特徴的な丸メガネを押し上げながら、尻尾を揺らして僕を見つめる。

「何かいいモノでも手に入れたのかしら?」
 にっこり微笑みながら、メルルは興味津々といった様子で僕を見つめた。

「鑑定を頼みたいモノがあるんです。それと、遺物について相談したいことも」
 僕が腰袋を軽く叩くと、メルルの瞳がわずかに輝いた。

「……ちょっと忙しいけど、鑑定ならすぐにできるよ」

 メルルは〈盗賊組合〉の中でも道具の鑑定や取引に長けた人物で、経験も知識も豊富だ。失礼のないようにしなければいけない。

「それで、料金はどのくらいでしょうか?」
 僕がすかさず聞くと、メルルはくすりと笑った。

「小さな泥棒さんは、組合の一員でしょう? こういう依頼なら、タダで見てあげるよ」
 そう言って、メルルは小さな手のひらを振る。

 どうやら、鑑定料はかからないらしい。

「それなら、お言葉に甘えさせていただきます」
 僕は感謝を込めて一礼し、腰に差していた杖を取り出した。

 メルルは興味深そうにそれを手に取る。真鍮のような金属光沢を帯びた短い杖だけど、羽根のように軽くて独特の手触りをしている。

「へぇ……これは、ちょっと面白いかも」
 彼女は手の中で杖をくるりと回し、材質を確かめるように指でなぞる。

 そして小さくうなずくと、作業台に向かう。その作業台の上には魔法陣が刻まれていて、彼女はその中心に杖をそっと置いた。

「じゃあ、さっそく調べてみるね」
 メルルは円環の縁に手を置いて、静かに魔力を流し込んでいった。すると、魔法陣が淡い青白い光を放ち始める。

 光の紋様が杖を包み込み、その正体を明らかにしようとしていた。

「……魔術の効果が付与された杖みたいだね。〈アッグゥラ帝国〉で使用されていた魔術師の杖に似た特徴がある」

「貴重な遺物ってことですか……?」
 僕は思わず前のめりになる。

 数百年前に滅びた帝国で、今なお遺跡や迷宮にその遺物が眠っているとされる伝説の国だ。そこの魔術師が使っていた杖ということは、かなりの価値があるはずだ。

「材質は〈星霜真鍮せいそうしんちゅう〉……ただの真鍮じゃなくて、特殊な魔力鉱石を精錬して造られたものだね。そのせいか、見た目のわりに軽いし魔力の通りが異常にいい」

 改めてワンドを見つめる。確かに普通の金属とは違う質感があり、軽くても芯がしっかりしている。

 なにより、手に取るとすぐに魔力が吸い込まれるような感覚があった。

「付与されてる魔術も、なかなか興味深いわね。主な効果は二つ。ひとつは〈魔力循環〉で魔力の流れを最適化して、魔術の発動を補助する効果だね。これを使えば、魔素の消費を抑えつつ、より強力な魔術が使える」

 魔力の流れを最適化する……つまり、通常よりも効率よく魔術を使えるということか。戦闘時にかなり役立ちそうな効果だ。

「そして、もうひとつが〈魔術強化〉だね。それがどんな魔術だったとしても、たとえば古代の忘れられた魔術だったとしても、精度を上げる効果があるみたい」

 まさか魔術に関する補助効果がついているとは思わなかった。〈瞬間移動〉の能力との相性もいいのかもしれない。

「この杖、かなりの逸品ね。貴族や王族の秘蔵品だったとしてもおかしくない。もし売るなら、とんでもない額になるよ」

 僕は杖を手に取り、その軽さと魔力の流れを確かめるように握り直した。まるで自分のために作られたかのように、しっくりと手に馴染む。

「星霜の杖か……」
 僕は杖をじっと見つめた。〈星霜真鍮〉で作られ、魔力の流れを助け、そして魔術を強化する杖だ。

「つぎは、これを見てほしいんです」

 僕は腰袋から迷宮で手に入れていた硬貨を取り出し、テーブルの上に並べた。銀色に輝く古代の硬貨。埃を払ったことで、刻まれた紋章や文字がはっきりと浮かび上がる。

「ふむ……見たところ、古の王国の硬貨みたいだね。しかも、王家が鋳造した特別な銀貨……」

 彼女は手のなかで銀貨を転がす。

「ほら、ここに王家の紋章が刻まれてるでしょ?」
 メルルが示したのは、銀貨の表面に刻まれた双頭の竜の紋章だった。

「この時代の硬貨は貨幣価値だけじゃなくて、骨董品としても価値があるから、貴族や収集家に高く売れる。これは商人相手に売るより、組合の伝手を使った方がいいかもね」

「ハリソン卿に仲介を頼もうかと思っていましたが……組合で売る方法があるんですか?」

「ええ。うちには組合独自のオークションがある。正規の市場には出せないような品物も、安全に売買できる場所だよ。こういう歴史的な価値のあるものなら、かなりの高値がつくはず」

「それに――」と彼女はつづける。「貴族経由で売ると、どこから手に入れたのか色々と探られるし、最悪、王国の財産だとか言い出して没収される可能性もある。でも組合の裏ルートなら、誰にも知られずに処理できる」

 オークション……なるほど、それなら適正な価格で売れる可能性が高い。

「ただし、当然ながら組合への手数料が発生する。売上の一部は組合の運営資金になるの。出品者の身元保証にも必要な経費だから仕方ないけど」

「身元保証?」

「まぁ簡単に言えば〝まともな筋の人間なのかどうか〟ってこと。あなたは組合の関係者だから問題ないけど、あまり表沙汰にできない品物の取引もあるからね。それに、組合のオークションに出せるのは、ある程度、信用のある者だけ」

「とても興味があります!」
 興奮気味に言うと、彼女は可愛らしい顔で微笑んだ。
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