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第二章:騎士学校・中等部
第32話 晩餐会
しおりを挟む今日は、ついに悪役令嬢ルナリアと会う日だ。彼女とは個人的に話をする予定だったけど、彼女の多忙さゆえに、それは叶わなかった。
代わりに晩餐会に招待され、そこで顔を合わせることになったのだ。
馬車が石畳の道を進み、やがて目の前に豪邸があらわれた。
その豪邸は、まるで小さな城のようだ。煌びやかな装飾が随所に施されていて、門を通り抜けると、整然とした庭園が広がり噴水の音が夜の空気に溶け込んでいた。
「あまり、緊張するなよ」
ハリソン卿が軽く微笑む。その何気ない仕草に少しだけ安心感を覚えた。
馬車を降りると、目の前には贅をつくした衣装をまとった客たちがひしめき合っていた。彼らの多くは貴族で、どこか余裕を漂わせながらも興味津々な視線を僕たちに向けている。
その視線が僕に向けられていることを意識すると、自然と背筋が伸びた。
「さあ、行こうか」
ハリソン卿の言葉に促され、僕はその煌びやかな人々の中に足を踏み入れた。
晩餐会の会場は、さらに豪華だった。輝きを放つシャンデリアが天井に吊るされ、テーブルには精巧な装飾が施された料理が並べられている。
何もかもが眩しく見える空間だったが、気を抜くわけにはいかなかった。
会場に足を踏み入れてすぐ、数人の貴族が僕に興味を示して噂話を口にしていく。
「あの子が騎士学校の模擬戦で優勝した平民かね?」
「ハリソン卿が一緒ということは、彼の新しいお抱えかしら?」
その中には、少し嫌味にも聞こえる言葉も混じっていたが、騎士学校で習った礼儀作法のおかげで上手く対応することができた。
背筋を伸ばし、丁寧に言葉を選びながら話す。表面上は何事もなかったように振る舞えたが、内心では冷や汗が止まらなかった。
「なかなか堂々としているじゃないか」
ハリソン卿が笑みを浮かべる。その一言に少しだけ気が緩む。
そんな中、僕の視線は自然と会場の中心に向けられていた。そこにルナリアがいるはずだ。今日の主役と言っても過言ではない彼女の姿を、僕はまだ確認できていない。
「さあ、これからが本番だぞ」
ハリソン卿の言葉で心を引き締める。
目の前に広がる煌びやかな光景と、耳に入る騒めきの中で、僕は深く息を吸い込んだ。そして特別な夜の始まりを静かに待つことにした。
大広間に足を踏み入れて、まず目を引かれたのはテーブルに並べられた数々の豪勢な料理だった。
金箔を散らしたケーキ、香ばしい香りを放つロースト肉、透き通るような黄金色のスープ――どれもが、僕のこれまでの生活では到底お目にかかれない代物ばかりだった。
「ハリソン卿、先にどうぞ」
彼は知り合いの貴族たちに呼び止められ、談笑を始めた。
僕は遠慮がちにテーブルの前に移動すると、皿を手に取り、さりげなく料理を口に運ぶ。みっともないかもしれないが、味わい深い料理の誘惑には抗えなかった。
「おいしい……」
フォークを手に取って、次々と料理を口に運んでいると、背後から何やら騒めきが聞こえてきた。
その場の空気が少しずつ変わり、目の前の料理よりも何かもっと気を引く存在が近づいてくる気配がする。
何だろう?
不思議に思いながら顔を上げると、人混みの中から人の気配が近づいてくる。その中心には、ひとりの美しい少女がいた。
彼女の周囲には、マントを羽織った騎士たちが付き従っている。彼らが無言で大広間を進むたびに、周囲の貴族たちが自然と道を空けていく。
まるで舞台の主役が登場するかのようだ。
天井に浮かぶ魔術の光源〈灯火〉の柔らかな光を受けて、少女の銀白色の髪が美しく輝く。
月の光を浴びているかのような艶のある長髪が、歩くたびにふわりと揺れ、彼女の存在をより際立たせていた。
身に着けているドレスは宝石を思わせる深みを持つ色彩で染められ、繊細なレースの袖が軽やかに揺れている。
僕の目は自然と彼女の顔に向けられる。
その青紫色の瞳は夜空に浮かぶ星々を閉じ込めたかのようで、ただ見つめているだけで吸い込まれそうになる。
彼女の視線が僕の方に向けられた。その刹那、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚が走る。気づけば、僕はフォークを手に持ったまま固まっていた。
彼女の瞳にも僕の姿が映っていたのだろうか?
大広間の喧騒の中、久しぶりに目にした彼女は、以前の記憶よりもさらに美しく、どこか別世界の存在のような気さえした。
深い青紫色の瞳が揺らめき、銀白色の髪は柔らかい光を受けて輝いている。彼女が微笑んだその瞬間、周囲の音が遠ざかり、時間が止まってしまったかのような錯覚に陥る。
「久しぶりね」
彼女の声は静かな湖面に響く風のようだった。
軽やかで優雅。それでいて心の奥深くまで響いてくる。
彼女は微笑みを浮かべながら、僕を静かな場所へ誘った。
騎士たちが彼女のそばを離れることはなかったが、僕と彼女がゆっくり話せるよう、特別に用意された部屋に案内してくれた。
その部屋は大広間の賑やかさとは対照的で、静けさと気品に満ちていた。
大きな窓からは月光が差し込み、淡い青白い光が部屋全体を柔らかく包んでいる。壁には精緻な刺繍が施されたカーテン、机の上には高価そうな花瓶と生け花が飾られていた。
彼女は軽やかにソファーに腰を下ろし、その向かいに僕が座るよう勧めてくれた。
柔らかいドレスの生地が微かに光を反射し、繊細なレースが飾る袖が揺れるたび、まるで花が風に舞うようだった。
「こうしてあなたとお話をするのは、今日がはじめて……かしら?」
彼女はふっと微笑みながら問いかける。
その仕草に――胸が一瞬だけ締め付けられる。
彼女の未来を――残酷な結末を知っているからなのだろう。
「はい……今日が初めてだと思います」
思わず声が裏返りそうになる。
この状況に慣れているはずもなく、彼女の持つ威厳に圧倒されてしまいそうになる。
彼女は気にすることなく、落ち着いた仕草で紅茶のカップを手に取った。その動作ひとつひとつが洗練されていて、僕が育った環境とは違う世界のものに思えた。
「あなたにお礼が言いたかったの」
紅茶を一口含んだあと、彼女はまっすぐ僕を見つめて言った。
「あの日、私を助けてくれたこと。どれだけ感謝しても足りないくらいよ」
彼女の瞳は揺らぐことなく、まるで僕の心の奥を見透かすような輝きを放っていた。
言葉にならない感情が胸に湧き上がる。彼女の微笑み、瞳の光、静かな声。そのすべてが僕の中で特別なものとして刻まれていくのを感じた。
運命というものが存在するのなら、きっと彼女が僕の運命だったのだろう。そう思えるほど、彼女との邂逅は衝撃的だった。
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