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第二章:騎士学校・中等部
第27話 ドブ板通り
しおりを挟む迷宮探索の翌日、授業を終えると僕はセリスを連れて〈トブ板通り〉に向かった。迷宮探索の疲れがまだ残っていたけど、あのナイフについての手掛かりを得たかった。
「ここが……その〈トブ板通り〉なの?」
セリスが辺りを見回しながらつぶやく。
ちなみに、ゴーストも学校まで迎えに来てくれていたので、そのまま一緒に行動していた。
路地に並ぶ建物はどれも古びていて、壁には割れた漆喰や落書きが目立つ。活気のある市場とは対照的に、人影はほとんど見えず、わずかな風に紙くずが舞う音だけが聞こえた。
「ちょっと不気味だけど、大丈夫だよ」
僕はそう言ってセリスを安心させようとしたけど、彼女の緊張した顔はほとんど変わらなかった。
目的地は薄暗い路地のさらに奥、目立たない場所にあるボロ小屋だ。そこには〈盗賊組合〉の構成員で、僕たちの師匠でもある猫人のカチャが使う隠れ家がある。
カチャは神出鬼没で、隠れ家にいるかどうかは運次第だったけど、今日は何となく彼女に会える気がしていた。
「ここだよ」
僕は小さな木製の扉の前で立ち止まり、錠前に手をかざす。鍵がかかっているように見えたけど、それは単なる形式的なものだ。
〈解錠〉の魔術を唱えると、カチャリと小さな音が聞こえて簡単に鍵が開く。ゆっくりと扉を押し開けると、中から微かに香ばしい煙草の匂いが漂ってきた。
「誰かいるの……」
セリスが小声で囁く。
薄暗い室内、木製の簡易な椅子に腰掛ける影が見えた。光の加減で一瞬輪郭がぼやけて見えたけど、その黄色い眼を見て僕はホッと息をつく。
「おやおや、これは珍しいお客さんだね」
艶やかな漆黒の体毛に包まれた猫人――カチャが、足を組み直しながら口元に笑みを浮かべる。
「師匠……今日は会える気がしてました」
僕がそう言うと、彼女は鼻先で笑った。
「当然でしょ、会いに来るって知ってたんだから」
彼女の声は低く、どこかしなやかで耳に心地いい。それと同時に、その眼光には底知れない知性と野生の鋭さが宿っているように見えた。
ちなみに、セリスとの対面は済んでいる。以前、師匠に紹介していたのだ。すごい才能を持った魔術師と友達になったのだと。
「それで、用件は何? まさか、ただ挨拶に来たなんて冗談じゃないでしょうね」
彼女の鋭い眼差しに、僕は自然とそのナイフを取り出していた。
「これの鑑定をお願いしたいんです」
机にのせられたナイフを手に取った彼女は、一瞬眉を寄せた。
「……面白いものを持ってきたじゃない。これ、どこで拾ったの?」
僕は迷宮で遭遇した得体の知れない化け物について話すことにした。
僕たちの話を聞くや否や、彼女の表情がほんの一瞬だけ曇る。そして次の瞬間、彼女は低く、意味深な笑みを浮かべた。
「なるほどね。その話……詳しく聞かせてもらおうか」
カチャの黄色い眼が鋭く光り、その場の空気がさらに張り詰める。僕らは迷宮での出来事を余すことなく話していく。
師匠は話を聞き終えると、興味深そうに腕を組んだ。その黄色い瞳は、どこか楽しんでいるようにも見えた。
「協力できるかもしれない。組合には、鑑定に関してずば抜けた才能を持つ奴がいる。気難しい性格で有名だけど、おチビちゃんたちの話なら聞いてくれるかもしれない」
「本当ですか?」
僕が身を乗り出すと、師匠は手書きの地図を僕に手渡した。
「この場所だよ。倉庫区画にある隠れ家で仕事をしている。ただし、何も持たずに行くのはお勧めしない。あの種族は、初対面の挨拶には贈り物を持参するのが礼儀とされてるの。贈り物を持っていかなきゃ話もしてくれないと思いな」
「贈り物……ですか」
セリスが不安そうに眉をひそめると、カチャはポケットから百ディレンの硬貨を取り出して、僕たちに放り投げた。
「その金で贈り物として相応しいと思うモノを買いなさい。おすすめは酒だよ。魔術関係の遺物に目がないけど、その程度のお金じゃ手に入らないし、あいつは酒が好きだからね」
「結局、酒なんですね……」
僕は苦笑いを浮かべたが、確かにそれが一番手っ取り早い方法だろう。
百ディレンは、日本円にすれば一万円くらいの価値がある。それだけあれば、市場で酒が手に入れられるだろう。
「でも適当に選んだらダメだよ。親交を深めたいなら、相手の喜びそうなモノを慎重に選ばなきゃいけない。これは親愛の証でもあるんだから」
そう言ってカチャは椅子の背にもたれかかりながら、優雅に尻尾を揺らした。その仕草からは、何かしらの余裕と余興を楽しむような空気が漂っている。
「ありがとうござまいます、師匠」
僕は手にした硬貨をポケットにしまい、カチャに軽く頭を下げた。
「礼には及ばないよ。おチビちゃんたちが無事に戻ってきたら、それでいいんだから。それと――そのナイフの秘密を暴いたら、私にも必ず教えなさいよ」
彼女の目が一瞬だけ鋭く光り、僕は無意識にうなずいていた。
「行こう、セリス」
僕らはカチャに別れを告げ、再び薄暗い路地に出た。
「まずは市場だね」と、セリスは言う。
「どんなお酒がいいんだろう……やっぱり適当に選んじゃダメだよね?」
「相手は気難しい人だから、ここは慎重に選ばないとダメだね」
僕らは〈トブ板通り〉を抜けて、そのまま市場に向かって歩き出した。
夕暮れ時にも関わらず市場は活気に満ちていて、路地の陰鬱さとは対照的だった。
「おいしいお酒、見つけられるといいね」
セリスに話しかけられたゴーストは、喉の奥で唸りながら尻尾を振ってみせた。
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