悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第二章:騎士学校・中等部

第24話 戦利品?

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 迷宮の奥に進むと、空気が徐々に変わっていくのが分かった。湿っぽい風が吹いて、通路の両側には光苔が張り付いている。

「……なんか嫌な気配がする」
 セリスは杖を握り直すと、警戒を強めた。

「たしかにホブゴブリンの縄張りの臭いがする」
 酸っぱい臭いに顔をしかめながら、剣の柄に手を添えて周囲を見回した。

 すると通路の先から金属同士がぶつかる音が聞こえてきた。

「近くに何かいるみたいだ」
 ラティが音のする方向を指差すと、僕たちはそちらに進むことにした。

 やがて小さな広間に出た。そこには古びた武器や盾、木箱が雑然と積まれていた。そしてその中心には、大柄のホブゴブリンが座り込んでいる。

「見つけた」
 思わず小声でつぶやいてしまう。

 そのホブゴブリンは通常の個体よりも体格が大きく、手には人間の傭兵から奪ったと思われる剣を持っていた。

「あいつ、かなりの古株っぽいな」
 ラティはホブゴブリンの背後にある物資の山に視線を向ける。

「戦利品のニオイがする」
 ラティの物言いにセリスは微笑んだあと、ゆっくり杖を構える。

「行こう。奇襲をかけて、素早く片付ける」
 僕たちは息を合わせるようにして動き出した。

 セリスが〈火球〉を放つと、ホブゴブリンの無防備な背中で炸裂する。その隙に僕とラティが左右から挟み込むように突撃した。

 ホブゴブリンは怒りに吠えながら立ち上がると、ラティに向かって剣を振り上げる。けれどラティのスピードと僕の剣の動きが勝っていた。

 あっという間にホブゴブリンは膝をつき、最後には地に崩れ落ちた。今回はゴーストの出番がないほど楽に倒せた。

「さて、どんなお宝を隠し持っていたんだ」
 ラティは嬉しそうに物資の山に向かう。

「意外といいモノがあるかも」
 セリスも興奮しているようだったけど、それ以上、近づくことはできなかった。

 背後からドタドタと重い足音が聞こえ、ホブゴブリンの集団がこちらへ向かってくるのが見えた。黄色い瞳をぎらつかせながら、こちらを狩物のように捉えている。

「マズいな……」
 ラティは冷静に〈幻刃げんばの短剣〉を構えると、刀身に魔素を流し込んでいく。すると刃が青白く輝くのが見えた。

「斬りさけ!」
 そのまま短剣を振り抜くと、空間そのものを斬り裂くような無数の刃が放たれる。

 青白い刃はホブゴブリンたちの身体を斬り裂き、次々と浅い傷を刻み込む。致命傷にはならなかったけど、その一撃で集団は怯んでしまい、一瞬足を止める。

「今だ、セリス!」
 ラティが指示を飛ばす。

「任せて!」
 セリスが杖を掲げ、魔力を収束させる。瞬間、杖の先から放たれた〈火球〉が轟音とともにホブゴブリンたちを直撃する。

 爆炎が広がり、何体かのホブゴブリンは炎に包まれて倒れたけど、それでも突進してくる個体がいた。

「ゴースト!」
 ゴーストは鋭い咆哮を上げながら敵の足元に飛び掛かる。その巨体でホブゴブリンを押し倒して、喉元に牙を突き立てて動きを封じた。

 僕は足を踏み出すと〈瞬間移動〉を発動。つぎの瞬間にはホブゴブリンの背後に移動していた。

「終わりだ!」
 短剣を逆手に構え、敵の脊椎めがけて一気に刺し込む。ホブゴブリンは呻き声を上げながら崩れ落ちた。

 息を整えながら周囲を確認すると、残りのホブゴブリンたちも全滅していた。

「ふぅ……少し緊張したけど、大丈夫だったみたいだね」
 セリスが額の汗を拭きながら微笑む。

 僕たちはホブゴブリンたちを倒したあと、襲撃に警戒しながら慎重に戦利品を漁り始めた。

「ひび割れてる……これもダメだね」
 セリスは金属の盾を手に取り、落胆した声を漏らす。それは明らかに使い物にならないほど錆びついていた。

「けど、全部がガラクタってわけでもない」
 ラティは床に落ちていた短剣を拾い上げる。その刃は鈍っていたが、鍛冶屋に持ち込めば研いでもらえそうだった。

 僕は大柄のホブゴブリンが腰に吊るしていた革袋を手に取る。小さくて汚れた袋だったけど、中から青く輝く何かが覗いている。

「ん、これは……」
 袋を開けると、そこには青い光を放つ魔石が入っていた。

「これはなかなかの収穫だな」
 ラティが魔石を手に取り、光に透かすようにして眺める。

「きれい……」
 セリスが感嘆の声を上げ、そっと指で触れた。

「そのまま〈迷宮人〉に持って行って鑑定してもらおう。価値があるものかもしれない」
 ラティが笑顔で言うと、セリスは興奮した顔で「うんうん」とうなずく。

 青く輝く魔石は、この戦闘に見合うだけの戦利品に思えた。

「さて、そろそろ先に進もう」
 ふたりに声をかけると、ゴーストを連れて通路の先に向かう。

 戦利品を手にした僕たちの足取りは、迷宮の暗がりの中でもどこか軽やかだった。

「でも、このまま嵩張る荷物を持ったままじゃ探索は厳しいかな」
 ホブゴブリンから回収した装備を見ながら苦笑いを浮かべる。

「そうだね……それにしても、迷宮って本当に広いんだね」
 セリスもため息をつきながら、手に持っていた錆びた剣をそっと床に戻した。

「とりあえず、第六層の地図だけでも完成させよう」
 僕は簡素な地図を広げながら提案する。手書きの地図には、未踏のエリアがいくつも広がっている。

「第六層の全体像が見えれば、効率的に探索できるし、戦利品を取りこぼす心配も減る。ゴーストも案内が楽になるだろ?」

 ゴーストに声をかけると、彼は欠伸をしながら尻尾を振った。

「それじゃあ、地図を完成させることを目標にしよう。それが終わったら〈迷宮人〉に戦利品の鑑定を頼みにいこう」

 僕たちは顔を見合わせ、全員がうなずいた。

 ラティが地図を確認しながら先導し、セリスが魔術で周囲を警戒する。僕はゴーストと一緒に後方を守りながら未踏のエリアに足を踏み入れていく。

「ここを抜ければ、迷宮の中央付近に出るはずだ」
 ラティが地図に目を落としながら言う。

「気をつけて。何が出てくるか分からないから」
 セリスの声には、緊張が混じっていた。

 広大な迷宮の中で、地図の空白を埋める作業は地味ではあるけど、攻略のための確実な一歩になる。

 どんな危険が待ち受けていようと、それを乗り越えられると僕たちは信じていたし、自信もあった。初心者のための迷宮すら踏破できないなら、迷宮探索は諦めたほうがいい。

 未知の空間を歩むたびに胸が高鳴る。この探索が、ただの肩慣らしでは終わらない予感がしていた。
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