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第二章:騎士学校・中等部
第19話 黄金の月桂冠
しおりを挟むクラス〈キング〉を破り、ついに模擬戦での優勝を掴み取った。
僕たちの目の前には、破壊された無数の駒が転がっていた。それだけ激しい戦いだったのだろう。
そこでやっと長い戦いを終えたという実感が、全員の間で共有されていく。
「やったな!」
クラスメイトたちが拳を突き上げながら、次々に喜びの声を上げる。
僕は彼らと笑顔を交わしながら、ふと観客席に目を向けた。
歓声が響き渡り、多くの生徒や教官たちが僕たちを称えるなか、冷たい視線を送ってくる者たちの姿も目に入る。
貴族や有力者たちだ。
平民がクラス代表を務めるチームが優勝したことに、彼らの一部は納得がいかないようだ。
あからさまに不満げな表情を浮かべている。上級生たちも苛立った表情で僕たちのことを睨んでいた。
けれど、それがなんだというんだ。
かれらが認めようと認めまいと、僕たちが優勝した事実は変わらない。それは、ここにいる誰もが否定できない真実なのだ。
試合が終わると、すぐに表彰式が始まった。
校長と教官たちが整列しているのが見える。滅多に見ることのない校長がひときわ威厳のある声で告げる。
「今回の模擬戦において、見事優勝を果たしたのは――クラス〈クイーン〉だ!」
歓声がさらに大きくなるなか、校長から記念品として手渡されたのは、金色に輝く月桂冠だった。
「これはただの飾りではない。優勝者にのみ贈られる特別なもので、魔術による加護が付与されている。君たちの努力と絆に応じて、さらなる力を与えるだろう」
月桂冠を受け取ると、僕は仲間たちと顔を見合わせた。
「この勝利は、皆のものだ!」
その言葉に、クラスメイトたちは自信に満ちた顔でうなずいて喜びの声を上げた。
表彰式が終わり、歓声と祝福に包まれるなか、僕は月桂冠を見つめた。この優勝は僕たちの努力の結晶だ。けれど、それだけではない。
セリスやクラスメイトたちがいたからこそ、ここまで来ることができた。そして――。
「これで終わりじゃない。これは、まだ始まりに過ぎないんだ」
僕らの学年の模擬試合は幕を閉じた。けれど大会がこれで終わりというわけではない。
「つぎは上級生たちの決勝戦ね」
セリスがとなりで腕を組みながらつぶやく。
そう、僕たちの模擬試合が終わったあと、この騎士学校での最高峰とも言えるクラスを決めるため、上級生たちの決勝戦が行われるのだ。
ここで優勝したクラスは、学校の歴史に名を刻む栄誉を与えられる。それだけに、この試合を楽しみにしている観客は多い。
試合を観戦しようと観客席に向かうと、視界の端にライアスの姿が見えた。彼も同じように決勝戦を見に来たらしい。
「……妙に静かね」
セリスが小声でつぶやく。
たしかにそうだ。何かしら嫌味を言ってくると思っていたけど、彼は一瞥をくれるだけで、何も言わずに試合を観戦していた。その態度がかえって不気味だった。
「まぁいいさ。今は試合を見よう」
僕は気を取り直し、試合に集中する。
戦場に立つのはクラス〈サンダー〉と、クラス〈スパイダー〉だ。どちらも実力者ぞろいのクラスだ。
学校随一の優秀な生徒たちによる戦いなので、どちらが優勝してもおかしくない。
〈サンダー〉は、その名の通り雷系の魔術を駆使する攻撃的なスタイルが特徴だ。一撃必殺の攻撃力を誇り、試合の最中でも観客を沸かせることが多い。
対する〈スパイダー〉は、幻惑の魔術と連携攻撃を得意とするクラスだ。静かに相手を追い詰め、じわじわと勝利を掴み取る戦術が得意だと言われている。
「どっちが勝つと思う?」
セリスの問いに眉を寄せる。
「……正直、分からないな。〈サンダー〉の火力は脅威だけど、〈スパイダー〉の巧みな戦術に嵌れば一気に形勢逆転されるかもしれない」
そんな話をしているうちに、試合開始の鐘が鳴り響いた。
鐘の音とともに、広大なフィールドが魔道具によって形成されていく。今回の戦場は、鬱蒼と木々が生い茂る森林地帯だった。
「重装歩兵を好む〈サンダー〉にとっては、動きづらい地形になるかもしれない」
セリスの言葉にうなずく。
広い場所でこそ力を発揮できる〈サンダー〉の攻撃部隊だが、遮蔽物が多いこのフィールドでは本領を発揮するのが難しいかもしれない。
一方の〈スパイダー〉にとっては絶好の地形だろう。幻惑魔術を仕掛け、相手を翻弄するにはこれ以上ない環境だ。
「戦いが始まる……」
僕は息を呑み、フィールド上で動き始めた無数の駒を見つめた。果たして、この緊迫感あふれる決勝戦の勝者はどちらになるのか。
鬱蒼と生い茂る森林地帯で繰り広げられる決勝戦は、観客を魅了する白熱した戦いになる。
〈スパイダー〉が仕掛けた巧妙な罠を〈サンダー〉の歩兵部隊が突破しようと挑むのが見えた。歓声が沸き、僕たちは戦いに釘付けだった。
けれどその最中、誰かに肩を叩かれた。
「クラスメイトが君のこと探してたよ」
振り返ると、見知らぬ生徒が立っていた。
やや頼りなさそうな顔つきで、あたふたした様子だ。
「……今? 決勝戦の最中に?」
「ええ、急いでるみたいだった。詳しいことは僕も知らないけど、とにかく君を連れてくるように言われてね」
胡散臭さが全身から漂っている。
「わかった。案内してくれ」
僕はひとりで立ち上がった。セリスが不審そうな目を向けたが、「すぐ戻る」と軽く手を振り、生徒の後をついていく。
かれは決勝戦の熱気とは正反対の、人のいない場所に僕を案内した。歓声が遠のき、静けさが肌にしみる。
「ごめん、ここで待ってて」
そう言い残して、彼は足早に立ち去った。
嫌な予感がする。辺りを見回して身構えた瞬間、木々の陰から数人の人影があらわれた。その中心に立っているのは、間違いなくライアスだった。
「大人しく決勝戦を見るんだと思ったけど、やっぱりこうなるんだね」
僕はそう言って軽く肩をすくめた。
ライアスは不敵な笑みを浮かべ、腕を組んでこちらを睨んでいる。その背後には彼の仲間たちが控え、その視線には敵意が宿っていた。
「君みたいな平民が優勝するなんて、どうにも納得がいかなくてね」
「負けは君たち自身の問題だろ?」
「口が達者なのは結構だけど、その態度、命取りになるぜ」
ライアスが合図を送ると、かれの仲間たちがじりじりと前に出てくる。
僕は深く息を吸い込んだ。
戦闘にはならないだろう、という甘い期待は捨てるべきだった。
「いいよ、やれるものならやってみろ」
静かに言い放つと、周囲の空気がピリついた。
木剣やら棍棒を手にしたライアスの仲間たちは、ゆっくりと僕を取り囲んでいく。
「……ただし、後悔するなよ」
冷静を装いながらも、全身の感覚を研ぎ澄ましていく。
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