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第二章:騎士学校・中等部
第13話 喧嘩〈復讐〉
しおりを挟む練習試合から数日、僕たちはクラス対抗の模擬戦に向けて訓練をつづけていた。すでに数人の友人ができていて、クラス代表としての立場も盤石にしていた。
すべてが順調に見えたが、そこに影が差すことになる。
それまで大人しくしていた上級生たちは、練習試合での僕の活躍を聞きつけて嫉妬に狂う。そしていてもたってもいられなくなって、この間の喧嘩の復讐をしに来たのだ。
「おい、編入生。少し付き合えよ」
寮舎に置き忘れた教材を取りに行こうとしていると、背後から声がして足を止める。
振り返ると、薄暗い廊下の向こうに数人の上級生が立っていた。その中には、僕が叩きのめしていた上級生の顔があった。
その表情には明らかに敵意が滲み出ていて、周囲に漂う緊張感はピリピリと肌に刺さるようだった。
「……僕に何か用ですか?」
冷静さを装いながら問いかける。
けれど返ってきたのは、彼らの薄ら笑いと不快な空気だけだった。
「あっ? 用ってほどじゃねぇけどよ。お前、最近調子に乗ってるらしいじゃないか」
リーダー格らしい上級生が一歩前に出てきた。
彼は背が高く、訓練用の厚手の衣装がやけに板についている。その手には木製の剣――訓練で使う木剣が握られていた。
「調子に乗っているつもりはありません」
キッパリ返事をする。けど、その態度は火に油を注ぐ結果になる。
「へぇ、そうかよ。でもよ、こいつらに恥かかせたことは忘れてねぇぞ」
リーダー格の上級生は木剣を肩に担ぎながら近づいてくる。
他の上級生たちもそれに続き、包囲網を形成するように僕の周りを囲んでいった。
ちらりと周囲に目を向ける。どうやら教官たちは監視していないようだ。
「止めたほうがいいですよ」
そう口にしながら、どうやってこの状況を打開するか考えていた。
「僕に何か文句があるなら、ちゃんと話し合いましょう」
そう言葉を続ける。けれど彼らの目には悪意が宿り続けたままだった。
「話? そんなもんで済むわけねぇだろうが」
リーダー格の少年が不敵に笑うと、他の上級生たちもクスクスと笑い声を上げる。
「ここでちょっと〝教育〟してやるだけさ。痛い思いをすれば、先輩に対する敬意を学べるかもしれないだろ?」
「……なるほど、そういうことですか」
深く息を吐き、周囲を見渡す。廊下には僕と彼ら以外誰もいない。
この状況で大声を出しても助けは期待できないだろう。
「わかりました。でも、ここでは狭すぎますね。もう少し広い場所でどうでしょう?」
そう提案すると、彼らは一瞬驚いた顔をしたあと、満足そうに微笑む。
「へぇ、逃げると思ったけど、案外肝が据わってるじゃねぇか。いいぜ、寮舎の裏庭で決着つけてやるよ」
移動しながら、どう切り抜けるのか考えをめぐらせていく。
「ここだ。どうだ、お前の〝教育〟にはもってこいの場所だろ?」
寮舎の裏、陰湿な空気が漂う人目につかない場所に案内された僕は、足を止めて周囲を見回す。
ここで逃げ出すこともできたけど、それはただ問題を先送りにするだけだ。彼らの〝教育〟とやらは終わらないだろう。そしてセリスにまで被害が及ぶのは目に見えていた。
深く息を吐いて、僕は覚悟を決める。
「さぁ、覚悟はいいか?」
リーダー格の上級生が不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。
その瞬間、背後の上級生が問答無用で殴りかかってきた。
その動きは速い――けど予測できる範囲内だ。
無詠唱で魔術を発動し、身体能力を強化する。全身に魔力が満ちる感覚と同時に、拳をスレスレで躱し、その勢いを利用して肘を掴む。
「卑怯者」
そうつぶやきながら肩口から投げると、上級生は半回転し、背中から地面に叩きつけられる。
「ぐあっ!」
鈍い音と共に悲鳴が上がる。その声に耳を貸すことなく、彼の顔面に足を乗せる。
「僕も君たちの態度にはウンザリしてたんだよ」
つめたい声で言い放つと、周囲の空気が一気に張り詰めるのを感じた。
「この野郎――!」
それが合図だったかのように、残りの上級生たちが一斉に襲いかかってきた。
先頭のひとりが木剣を振り下ろすのを見て、瞬時に後方に飛び退く。砂埃が舞い上がり、続いて二人目が拳を突き出してくるのを視界の端で捉える。
「動きが単調だよ」
片手で拳を受け流し、もう片方の拳をその腹部に叩き込む。
上級生が呻き声を上げるなか、背後から足音が迫る。
振り返ると同時にしゃがみ込んで、飛びかかってきた相手の脚を刈るように蹴り上げる。彼はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「それで全力なんですか?」
あえて余裕のある口調で挑発する。
上級生たちの顔は怒りで真っ赤になり、冷静さを失う。
「まとめて行け!」
リーダー格の上級生が叫ぶと、残っていた全員が一斉に突進してきた。
相手の数が多いときは、とにかく動き回ることにした。つまり、背中を見せて逃げることにしていた。
「おい、逃げるな!」
背後から上級生の怒声が飛んでくる。
けど逃げることを恥ずかしがる必要はない。これは戦術だ。敵を分散させ、ひとりずつ叩くための。
案の定、足の速い上級生が仲間を置いて先行してきた。
「まぬけ」
僕は足を止め、くるりと振り返る。
そしてその勢いを利用して、猛然と駆けていた上級生に回し蹴りを叩き込む
「ぐっ!」
蹴りを受けた上級生は吹き飛ばされ、そのまま地面に倒れ込む。
その瞬間を逃さず、僕は彼の手から落ちた木剣を拾い上げた。
別の上級生が迫ってくるのを視界の端で確認すると、すぐに動き出す。
「しつこい!」
木剣を握り直し、上級生の喉元を狙って突き込む。
「げほっ……!」
喉を突かれた上級生は苦しそうにうずくまる。その姿を見て、僕はさらに追撃を加えるべく顔面に蹴りを放つ。
次から次に襲ってくる上級生たちに対し、僕は同じ手を繰り返した。ひとりずつ引き離し、的確に仕留める。それは地道で単調な作業だが、最も効率的な方法だ。
木剣を振り抜くたびに鈍い音が響き、蹴りを放つたびに誰かが呻く。その光景にさすがの上級生たちも怖くなったのか、残っていた数人は躊躇して動きを止めた。
「……これで終わりですか?」
全員を倒した僕は、握っていた木剣をその場に投げ捨てた。
「二度とこんな真似をしないでください」
ワザと冷たい視線を残して、僕は振り返ることなくその場をあとにした。
足元に倒れた上級生たちの呻き声が、しだいに遠ざかっていく。
「これで少しは懲りたかな?」
独り言のようにつぶやきながら寮舎に向かう。
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