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第二章:騎士学校・中等部
第11話 変化の兆し
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クラス対抗の模擬戦が近づくにつれて、学校の空気はどこか緊張感を帯びてきた。
授業内容もそれに伴って変わっていく。戦闘訓練が本格的に取り入れられ、駒の動かし方や魔術による強化の基礎が詳しく教えられるようになった。
「指揮官の役割は、駒の全体的な動きを決定することだが、大規模な模擬戦ではそれだけでは足りない」
ウィリス教官の声が響き、僕たちの前に並べられた木製の駒が一斉に動き出す。
「副官や各々の役割を与えられたクラスメイトとの連携が鍵だ。ひとりで戦況を把握しきれるほど甘くはないからな。戦場では全員の力を合わせることが求められる」
その言葉に僕は焦りを感じてしまう。クラス代表に選ばれたものの、まだクラスメイトたちと親密な関係は築けていなかったのだ。
模擬戦ではクラスメイトたちも、それぞれの役割を果たさなければならない。彼らと協力するには信頼関係が必要不可欠だ。それが現時点では、どうしても不足している。
転機が訪れたのは、授業が終わり下校しようとしていたある日のことだった。
学校の正門に見慣れた大きな影――オオカミのゴーストが迎えに来てくれていた。
「ゴースト!」
僕とセリスが声をかけると、ゴーストはゆったりとした動きでこちらに歩み寄り、その大きな頭を僕の手に押し付けてきた。
セリスもとなりで微笑みながらそのフサフサの毛並みを撫でる。
「今日も元気ね、ゴースト」
その時だった。どこからともなく声がかかる。
「ねえ、それって犬? それともオオカミ?」
振り返ると、クラスメイト数人が興味津々といった様子で立っていた。
「え? あぁ、この子は従魔なんだ。子どもの頃に森で拾って、それ以来ずっと一緒なんだ」
そう答えると、彼らは畳みかけるように質問を浴びせてきた。
「拾ったって、どこで? 野生だったのか?」
「魔獣なの? それとも普通の動物?」
「編入生は魔獣使いの能力とか持ってるの?」
質問に少し戸惑いながらも、ひとつひとつ適当に答えていく。気づけば、自然と彼らと会話が弾んでいた。
その中には、セリスに声をかける勇気のある者たちもいた。
「あ、あの、セリスさんって、やっぱり経済の授業とかに興味があるのですか?」
「そ、その髪の色、すごく綺麗だね」
クラスメイトたちが顔を赤くしながらぎこちなく話しかける様子を見て、セリスは困ったような笑顔を浮かべていたが、まんざらでもなさそうだ。
そんな光景を横目に見ながら、僕も微笑まずにはいられなかった。
きっとライアスがいなくなったからなのだろう。
彼の影響力――というか、抑圧がなくなったことで、クラスメイトたちはようやく自由に行動できるようになったのだろう。
彼らの間にあった無言の圧力が解け、こうして自然に会話できる環境が生まれたのだ。
さて、これをどう活かす?
僕はゴーストの頭を撫でながら、あれこれと考えていく。
クラスメイトたちとの距離が縮まった機会を逃さず、模擬戦に向けて信頼関係を築いていかなければいけない。
模擬戦の日が迫るなか、クラス代表としての役割はさらに重要になるのだから。
それから数日、僕らは徐々にクラスメイトたちと打ち解けていった。
教室に漂っていた微妙な緊張感や壁のような距離感が、少しずつ和らいでいくのを肌で感じる。
廊下や食堂で声をかけてくれる人が増え、授業中も互いに意見を交わす機会が自然と増えてきた。
戦闘訓練でも変化は顕著だった。
「さっきの動き、ちょっと遅れてたかな?」
休憩時間、クラスメイトのひとりが肩で息をしながら僕に声をかけてくる。
「たしかに駒の動きが遅かったね。でも、それは僕がタイミングを合わせられなかったせいでもあるんだ」
僕が素直に非を認めると彼は驚いたような表情を浮かべたあと、照れくさそうに笑った。
「なら、お互いさまだな。つぎはもう少し早く動けるようにしてみるよ」
そんな些細なやり取りが、少しずつ僕らの連携を深めていった。
授業が終わったあとも、僕らは訓練の反省点を話し合うようになっていた。
教室の片隅や訓練場の隅っこに集まり、それぞれが思ったことを率直に口にする。
「さっきの攻めかた、もう少しゴーレムの位置を分散させたほうが良かったかもね」
「でも、あの配置だと川を越えられなかった可能性もある。どうしたらいいだろう?」
こんなふうに誰かが意見を出すと、自然と他の誰かがそれに応える。ライアスのように恐怖で支配するのではなく、全員が平等に意見を言える場を意識して作った結果だった。
セリスもそんな環境を楽しんでいる様子だった。彼女は魔術や戦術の知識が豊富で、皆から頼りにされていた。
「さっきの魔術強化のタイミングだけど、どうすればもっと効果的になる?」
「そうだな……焦らず駒の動きを確認してから発動したほうがいいかも。それに相手の防御が手薄になる瞬間を狙うべきだったと思う」
彼女の冷静なアドバイスに、皆がうなずき、つぎの戦術を考え始める。
そんな日々を重ねるうちに、僕らのクラスは目に見えて強くなっていった。
今では戦闘訓練中、互いの動きを読んで無駄のない連携が取れるようになってきた。それは互いに気を使わず、信頼して意見を交換できる環境を作り上げたからなのだろう。
「やっと、ここまで来られた……」
夕暮れの訓練場で、クラスメイトたちが楽しそうに笑い合う姿を見ながら、僕はふと感慨深く思った。
かつて恐怖で支配されていたクラスは、今ではひとつのチームに変貌していた。ライアスが築き上げた〝独裁的な支配〟ではなく、僕らの絆が連携を生み出していたのだ。
この調子で模擬戦に挑めば、きっと勝てる。僕はそんな確信を胸にクラスメイトたちと訓練を続けた。
そんな日々の中、僕らはついに上級生との模擬試合に挑むことになった。
教室でその知らせを受けたとき、空気が一変した。みんなが息を飲み、どなり同士で囁き合う。上級生との試合は、クラス対抗の模擬戦とは違う意味を持っていた。
上級生との模擬戦は練習試合みたいなもので、成績には影響しないので、いろいろな戦術が試せる絶好の機会だった。
相手は経験豊富な上級生たちだ。勝てる保証はない。でも、この試合は僕らがこれまでどれだけ成長したのかを確認する場でもあった。
授業内容もそれに伴って変わっていく。戦闘訓練が本格的に取り入れられ、駒の動かし方や魔術による強化の基礎が詳しく教えられるようになった。
「指揮官の役割は、駒の全体的な動きを決定することだが、大規模な模擬戦ではそれだけでは足りない」
ウィリス教官の声が響き、僕たちの前に並べられた木製の駒が一斉に動き出す。
「副官や各々の役割を与えられたクラスメイトとの連携が鍵だ。ひとりで戦況を把握しきれるほど甘くはないからな。戦場では全員の力を合わせることが求められる」
その言葉に僕は焦りを感じてしまう。クラス代表に選ばれたものの、まだクラスメイトたちと親密な関係は築けていなかったのだ。
模擬戦ではクラスメイトたちも、それぞれの役割を果たさなければならない。彼らと協力するには信頼関係が必要不可欠だ。それが現時点では、どうしても不足している。
転機が訪れたのは、授業が終わり下校しようとしていたある日のことだった。
学校の正門に見慣れた大きな影――オオカミのゴーストが迎えに来てくれていた。
「ゴースト!」
僕とセリスが声をかけると、ゴーストはゆったりとした動きでこちらに歩み寄り、その大きな頭を僕の手に押し付けてきた。
セリスもとなりで微笑みながらそのフサフサの毛並みを撫でる。
「今日も元気ね、ゴースト」
その時だった。どこからともなく声がかかる。
「ねえ、それって犬? それともオオカミ?」
振り返ると、クラスメイト数人が興味津々といった様子で立っていた。
「え? あぁ、この子は従魔なんだ。子どもの頃に森で拾って、それ以来ずっと一緒なんだ」
そう答えると、彼らは畳みかけるように質問を浴びせてきた。
「拾ったって、どこで? 野生だったのか?」
「魔獣なの? それとも普通の動物?」
「編入生は魔獣使いの能力とか持ってるの?」
質問に少し戸惑いながらも、ひとつひとつ適当に答えていく。気づけば、自然と彼らと会話が弾んでいた。
その中には、セリスに声をかける勇気のある者たちもいた。
「あ、あの、セリスさんって、やっぱり経済の授業とかに興味があるのですか?」
「そ、その髪の色、すごく綺麗だね」
クラスメイトたちが顔を赤くしながらぎこちなく話しかける様子を見て、セリスは困ったような笑顔を浮かべていたが、まんざらでもなさそうだ。
そんな光景を横目に見ながら、僕も微笑まずにはいられなかった。
きっとライアスがいなくなったからなのだろう。
彼の影響力――というか、抑圧がなくなったことで、クラスメイトたちはようやく自由に行動できるようになったのだろう。
彼らの間にあった無言の圧力が解け、こうして自然に会話できる環境が生まれたのだ。
さて、これをどう活かす?
僕はゴーストの頭を撫でながら、あれこれと考えていく。
クラスメイトたちとの距離が縮まった機会を逃さず、模擬戦に向けて信頼関係を築いていかなければいけない。
模擬戦の日が迫るなか、クラス代表としての役割はさらに重要になるのだから。
それから数日、僕らは徐々にクラスメイトたちと打ち解けていった。
教室に漂っていた微妙な緊張感や壁のような距離感が、少しずつ和らいでいくのを肌で感じる。
廊下や食堂で声をかけてくれる人が増え、授業中も互いに意見を交わす機会が自然と増えてきた。
戦闘訓練でも変化は顕著だった。
「さっきの動き、ちょっと遅れてたかな?」
休憩時間、クラスメイトのひとりが肩で息をしながら僕に声をかけてくる。
「たしかに駒の動きが遅かったね。でも、それは僕がタイミングを合わせられなかったせいでもあるんだ」
僕が素直に非を認めると彼は驚いたような表情を浮かべたあと、照れくさそうに笑った。
「なら、お互いさまだな。つぎはもう少し早く動けるようにしてみるよ」
そんな些細なやり取りが、少しずつ僕らの連携を深めていった。
授業が終わったあとも、僕らは訓練の反省点を話し合うようになっていた。
教室の片隅や訓練場の隅っこに集まり、それぞれが思ったことを率直に口にする。
「さっきの攻めかた、もう少しゴーレムの位置を分散させたほうが良かったかもね」
「でも、あの配置だと川を越えられなかった可能性もある。どうしたらいいだろう?」
こんなふうに誰かが意見を出すと、自然と他の誰かがそれに応える。ライアスのように恐怖で支配するのではなく、全員が平等に意見を言える場を意識して作った結果だった。
セリスもそんな環境を楽しんでいる様子だった。彼女は魔術や戦術の知識が豊富で、皆から頼りにされていた。
「さっきの魔術強化のタイミングだけど、どうすればもっと効果的になる?」
「そうだな……焦らず駒の動きを確認してから発動したほうがいいかも。それに相手の防御が手薄になる瞬間を狙うべきだったと思う」
彼女の冷静なアドバイスに、皆がうなずき、つぎの戦術を考え始める。
そんな日々を重ねるうちに、僕らのクラスは目に見えて強くなっていった。
今では戦闘訓練中、互いの動きを読んで無駄のない連携が取れるようになってきた。それは互いに気を使わず、信頼して意見を交換できる環境を作り上げたからなのだろう。
「やっと、ここまで来られた……」
夕暮れの訓練場で、クラスメイトたちが楽しそうに笑い合う姿を見ながら、僕はふと感慨深く思った。
かつて恐怖で支配されていたクラスは、今ではひとつのチームに変貌していた。ライアスが築き上げた〝独裁的な支配〟ではなく、僕らの絆が連携を生み出していたのだ。
この調子で模擬戦に挑めば、きっと勝てる。僕はそんな確信を胸にクラスメイトたちと訓練を続けた。
そんな日々の中、僕らはついに上級生との模擬試合に挑むことになった。
教室でその知らせを受けたとき、空気が一変した。みんなが息を飲み、どなり同士で囁き合う。上級生との試合は、クラス対抗の模擬戦とは違う意味を持っていた。
上級生との模擬戦は練習試合みたいなもので、成績には影響しないので、いろいろな戦術が試せる絶好の機会だった。
相手は経験豊富な上級生たちだ。勝てる保証はない。でも、この試合は僕らがこれまでどれだけ成長したのかを確認する場でもあった。
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