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第二章:騎士学校・中等部
第10話 訓練場
しおりを挟むライアスとの面倒事が続いていても、日々の生活に大きな変化はない。
毎日のように、朝から授業が詰め込まれている。歴史や算術、戦闘訓練――どれも手を抜けない内容だ。とくに戦闘訓練の授業は容赦がなく、身体も精神的にも疲れ果てる。
戦争に関する授業もあるけれど、歴史に基づく戦術の解説や、過去の大戦での部隊編成、地形の活用方法などが中心だった。
理論を学ぶのも重要だとは思うけれど、やはり実戦を想定した経験が何よりの糧になると思っていた。
だから授業が終わると、セリスを連れて訓練場に足を運ぶようになっていた。
訓練場は学校の敷地内でも広いエリアを占めている。地面は踏み固められた砂と土、ところどころに設置された障害物や訓練用の砦が、戦場さながらの雰囲気を醸し出していた。
訓練場では、すでに何度も模擬戦を経験している上級生たちが訓練をしている。その動きは洗練され、経験に裏打ちされたものだった。
戦術の組み立て方や、兵士の動かし方、そして個々の戦闘スキル――そのすべてが見る者を圧倒する。
模擬戦の駒として使われるのは、魔術で動く小さなゴーレムたちだ。
土で作られた駒は、指揮官の指示に逆らうことなく動く。戦場を再現しているため、駒同士がぶつかり合うと土が崩れ、時には激しい音を立てて弾け飛ぶ。
その様子は、現実の戦争を縮小したかのようで、見ているだけで緊張感が伝わってくる。
模擬戦の形式は試合ごとに異なり、時には籠城戦、時には広大な平野での戦闘が再現される。
それぞれの戦い方に応じて駒の配置や戦術が変わる。その様子を観察しながら、僕は自分の知識と技術に落とし込もうと必死だった。
上級生たちの模擬戦は圧巻だ。
彼らは、ただ勝つためだけに戦っているのではない。それぞれのクラスの威信をかけて戦っているのだ。まるで実際の戦場に立つ指揮官のように、彼らは緊張感に満ちていた。
そしてその激闘の数々は、クラス対抗の模擬戦に向けた最良の訓練となっていた。
その日も、僕はセリスを連れて訓練場の客席に腰を下ろしていた。
広い訓練場の中央では、上級生たちが模擬戦を繰り広げている。小さなゴーレムたちが駆け回り、クラス代表の指示で動きがサッと変化する。
時折、激しい衝突音が響き渡り、砂埃が舞い上がる。その光景を食い入るように見つめていると、不意に背後から声をかけられた。
「おい、君」
振り返ると、体格のいい上級生が立っていた。制服の袖口に刺繍された青の模様は、彼が〈サンダー〉の名で知られたクラスに所属していることを示していた。
「お前、別のクラスの生徒だろ? もしかして、俺たちの偵察でもやらされているのか?」
否定するように首を横に振る。
「いえ、違います。ただ、学びに来ています」
ハッキリと答えると、上級生は興味深そうに眉を上げた。
「ふぅん、学びね。まぁ、分かるよ。模擬戦が嫌いな野郎はいないからな」
彼は周囲を見回しながら肩をすくめる。
「でもな、今は俺たち〈サンダー〉が訓練場を使う時間だ。残念だけど、君を参加させるわけにはいかないんだ」
毅然とした口調に、僕は小さくうなずいた。
「でも、見学したいならいいぜ。ただし、大人しくするんだ」
彼の言葉にセリスは小さく微笑み、それから礼儀正しく頭を下げた。
「ありがとうございます。お邪魔にならないようにします」
美少女がいることに上級生は少し驚いているようだったけど、とくに何も言わず、再び訓練場の方に戻っていった。
駒を操る指揮官たちの高度な技術や、補佐役の副官に指示を飛ばす様子は、教室では学べない実践的な内容でもあった。
セリスはじっと目を凝らし、小さなゴーレムたちが動く様子や魔術の効果がどのように反映されているのかを細かく観察していた。
「何か気になることでもあるのか?」
質問すると、彼女は小さくうなずいた。
「ええ。彼らの使う魔術は単なる身体強化だけじゃないみたい……駒に魔力を纏わせて鎧を形成したりしている。あの細かい制御が鍵になるかもしれない」
その眸は真剣そのもので、上級生たちが操る駒の動きや光り輝く魔術に集中していた。僕もその様子に影響され、戦闘の様子を注意深く観察する。
砂煙が舞い上がるなか、上級生たちの声が響き渡る。
「中央突破だ! 前衛を押し上げろ!」
「伏兵を左翼に回せ! 援護が来るまで持ちこたえろ!」
砂混じりの風に乗って飛んでくる指揮の声。そのひとつひとつに駒たちが反応し、素早く配置を変えたり、相手の駒に対して果敢に突撃したりしていた。
「あの駒の動き……前衛を囮にして、伏兵で挟み撃ちにするつもりなのかも」
セリスが小声で解説してくれる。
彼女の分析を聞きながら、僕も必死で駒の動きを追い、戦術の流れを頭に入れていく。
城を攻め落とすための包囲の仕方、川を挟んで対峙する際の進軍ルートの選択、そして伏兵をどう配置すれば相手に最大の混乱を与えられるか。
どの戦術も、実際の戦場を想定した高度なものばかりだ。
「こういう訓練ができるのは羨ましいな」
僕がそうつぶやくと、セリスは静かにうなずいた。
「ええ。実際の戦場ではこんなにゆっくり考えている時間はないでしょうし……上級生たちの連携の精密さ、本当に驚かされる」
そう言いながらも、セリスの眸は冷静に駒の動きや指揮の流れを追っている。その真剣な姿に、僕も負けていられないと再び意識を集中させた。
けれど、いつでも自由に学べるというわけではない。
僕らの見学を許してくれたのは〈サンダー〉だけだった。
他のクラスは、どこも秘密主義だ。模擬戦での勝利がすべてだと考えているのだろう。少しでも他のクラスに自分たちの戦術を知られることを恐れ、訓練中の見学者は徹底して排除する。
その厳しさは、上級生たちがいかに真剣に模擬戦に取り組んでいるかを物語っていた。
だからこそ、僕たちは〈サンダー〉の上級生たちに感謝していた。
彼らが見学を許してくれたことで、僕らは授業では得られない多くのことを学ぶことができた。
舞い上がる砂煙のなか、ゴーレムたちがぶつかり合い、戦場の熱気が訓練場を包み込む。その光景を見つめながら、そこで戦う自分自身の姿を想像した。
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