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第二章:騎士学校・中等部
第9話 クラス代表
しおりを挟むライアスとの模擬試合の結果は、クラスメイトたちに大きな変化を与えることになった。
それまで僕とセリスに対して冷たい視線を向けていた生徒たちの態度が、少しずつ変わり始めたのだ。
僕たちが存在しないかのように振る舞っていたのが嘘のように、授業の後や食堂で声をかけてくる生徒まであらわれるようになった。
「君、編入生だよね? ライアスを倒したんだってね、すごいじゃないか!」
戦闘訓練のあと、同学年の生徒が興奮気味に話しかけてきた。
その目は、まるで伝説の剣士でも見ているかのような輝きを放っていた。
「紙一重の戦いだった。今回は運が良かったんだ」
嫌味にならないように、返事にも注意を使う。
試合で勝利したことがキッカケになり、僕らに興味を持つ生徒が増えたのは事実だ。
それは同時に、これまで彼らがどれだけライアスに抑圧されていたのかを物語っているようにも感じられた。
彼らが僕たちに話しかける理由も、単なる興味本位だけではない。ライアスが思っていたほど恐ろしい存在ではない、ことに気づいたからなのだろう。
試合の中で見せたライアスの焦りや動揺――彼の〝人間らしさ〟が、これまで恐怖によって築かれていた支配を崩したのだ。
今となっては、ライアスが身につけていた天才という鎧も少しずつ剥がれ落ち、彼がそれほど圧倒的な存在ではないと、生徒たちにも感じ取れるようになっていた。
しかし、それがライアスの憎悪をさらに激しいものにしてしまったのも事実だ。
試合のあと、ライアスは以前にも増して攻撃的になり、苛立ちを隠そうともしなくなった。授業中、誰かが些細なミスを犯せば、嫌味と舌打ちが聞こえてくるようになった。
廊下ですれ違うさいにはワザと肩をぶつけられ、睨みつけるような視線を投げかけてきた。稚拙な嫌がらせだが、正直なところ、ウンザリしていた。
彼の苛立ちは他の生徒にも向けられた。
とくに彼の取り巻きだった生徒たちへの当たりが激しく、些細なことで怒鳴りつけたり、訓練中にワザと厳しい試練を押し付けたりすることが増えていった。
「ライアス、少し落ち着いたらどうだ?」
ある日、別の生徒が勇気を出してそう声をかけた。だがその瞬間――
「黙れ! お前に俺の何が分かるって言うんだ!」
ライアスの怒号が響き、周囲が凍りつくような沈黙に包まれた。
その場面を遠くから見ていた僕は、胸の中に複雑な感情が渦巻くのを感じていた。
僕の所為で彼の立場が揺らぎ、彼を追い詰めてしまったのかもしれない。果たして、これが正しい道だったのだろうか? そう思わずにはいられなかった。
さらに状況が変化したのは、あの模擬試合から数日後のことだった。
教室の雰囲気は少しずつ変化していたけれど、それは一時的な波に過ぎないと思っていた。ところが、その静かな波紋は思いがけない方向へと広がっていった。
各クラスには、それぞれ特徴的な名前が付けられている。たとえば〈ドラゴン〉や〈スパイダー〉、それに〈キング〉と〈クイーン〉といった、それぞれのクラスが持つ特性を反映していた。
この学校ではクラスの間で対抗試合が行われていたが、それは単なる授業の一環を超えた意味を持っていた。
そこで勝利することは、自分たちのクラスが他よりも優れていることを証明する手段でもあり、それは成績にも深く結び付いていた。
そして対抗試合の模擬戦を指揮するのは、クラス代表の役割であり、勝利によって得られる名誉も格別なものになっていた。
だからなのかもしれない。ライアスは突如として、〈クイーン〉を去り、代わりに〈ドラゴン〉の名で知られていたクラスに移動したのだ。
「どう考えても僕を標的にしている」
その動機は明らかだった。
ライアスは対抗試合で僕と再び戦うためだけに、〈クイーン〉での代表の立場を捨てたのだ。
僕がクラス代表に選ばれるのかどうかも分からない段階で、そうなることを確信しているように、彼は行動に移したのだ。
それは模擬戦で敗北したライアスが、どれほど僕に復讐したいのかが分かるような行動でもあった。
それから数日後、まさにライアスの〝確信〟通りに、僕は正式にクラス代表に選出された。
「〈クイーン〉のクラス代表は、ウルフェルに決定だ」
教官がそう告げると、拍手と歓声が教室に響き渡った。
そこで殺気めいた嫌な視線を感じた。
振り返ると、廊下の向こうで腕を組み、こちらを睨みつけているライアスの姿があった。その表情は試合で敗北したとき以上に険しく、ある種の執念が宿っているように見えた。
その日、食堂でライアスと鉢合わせることになった。
木製の長テーブルに生徒たちが肩を並べ、賑やかな会話と食器の音が交錯している。
その喧騒の中でも、ある一角だけが異様に目立っていた。
中心にいるのは――ライアスだった。
視線を向けると、彼の制服の袖が目に入る。かつての〈クイーン〉クラスを示す赤い刺繍は消え去り、代わりに〈ドラゴン〉クラスの象徴でもある金色の刺繍が誇らしげに輝いていた。
その変化は、彼がすでに新たな居場所を見つけ、そこでも中心的な存在であることを如実に示しているようだった。
「……かれは相変わらずだね」
セリスが溜息交じりにつぶやいた。
ライアスは新しいクラスでも徒党を組んでいた。大柄な男子生徒たちが彼を囲み、まるで親衛隊のように立ち振る舞っている。
彼らは大声で笑い、周囲に威圧感を撒き散らしていた。誰かが近くの席を使おうとすると、ライアスの取り巻きが冷たい視線を送り無言で追い払う。
「まるで王様になったみたい」
セリスが皮肉を込めてそう言った。
僕も同じ気持ちだった。ライアスがその場を支配している様子は、依然と何ら変わらない。むしろ新たな環境に移ったことで、その傲慢さはさらに増しているように見えた。
「どうせ彼がクラス代表に選ばれるんでしょ」
セリスの言葉には冷徹な現実認識が込められていた。
それもそのはずだ。ライアスの圧倒的なカリスマ性と支配力は、どのクラスに移っても変わらない。
周囲の生徒たちは彼に従うことで自分の地位を守ろうとするだろう。それがこの学校の暗黙のルールだった。
ライアスがこちらに気づき、嫌な視線を向けてきた。その目には、かつて見たことのないような怒りが宿っていた。視線に込められた挑戦の色は、言葉を介さずとも明確だった。
「あれが、挫折を知らなかった天才少年の末路か……」
それ以降、僕は彼の視線を無視することにした。好むと好まざるとにかかわらず、いずれ彼と戦うことになるのだから。
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