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第二章:騎士学校・中等部
第6話 孤立
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模擬戦での勝利は、たしかに僕とセリスの存在感をクラス中に知らしめた。けれどそれは、これまで以上に僕らを孤立させる結果になってしまった。
クラスメイトたちのひそひそ声が耳に届く。
「編入生がライアスを倒した……」
「あんなやり方、卑怯じゃないか?」
「いや、でも実力があるのは確かだろう?」
そんな声の中に、明らかな敵意や嫉妬が混ざっているのを感じ取る。僕たちと視線が合うと会話が途切れ、視線すら合わせてもらえなくなる。
理由は明らかだ。
ライアスは優秀な生徒で、戦闘訓練でも群を抜いた才能を誇っていた。彼はその圧倒的な実力から、周囲からの信頼と敬意を集める存在だった。
そんな彼を、僕たちが模擬戦で倒してしまった。
それも、僕たちの初めての模擬戦で。
それを知ってか知らでか、ウィリス教官が声をかけてきた。
「いい模擬戦だったな」
そう言いながら、彼は満足そうに腕を組んで立っている。
僕は小さく溜息をついたあと、姿勢を正して答える。
「はい、教官殿。とてもいい経験になりました。しかし……教官殿がライアスを対戦相手に選んだせいで、クラスのみんなが僕らを嫌うようになった気がします」
ウィリス教官は少しだけ眉を上げたが、すぐに鼻で笑ってみせた。
「当然だ。ライアスはクラスの誇りであり、彼らが目指す騎士としての象徴だ。そんな彼を君たちが倒したんだ。しかも編入して間もない君がね。そうなることは分かりきっていたことだろう」
僕は言葉を失い、代わりに横目でセリスを見る。彼女は真剣な面持ちで何かを考え込んでいるようだった。
教官は少し間を置いて、それから鋭い視線を僕に向けた。
「それで、君はどう対処するんだね?」
「どう対処する……ですか?」
教官は声に少し力を込めて続けた。
「彼らの機嫌を取り、好感を持たれるように振舞うのか? それとも、暴力による支配を企むのか。いや、君はそんなことはしない、そうだろう?」
僕が口を開く前に、教官はさらに続ける。
「解決策はひとつしかない。君たちを無視できなくなるほどの実力をつけることだ。そうすれば、誰も文句は言えなくなる。極めて単純なことだ」
その言葉は鋭く、胸に突き刺さるようだった。
「……それができなければ、どうなるのですか?」
僕の声は微かに震えていた。目の前に立つウィリス教官の眼差しは鋭く、まるで自分の本心を抉り取られるような気がする。
教官はわずかに口元を歪めた。
「そうなると、ひどいことになるね」
彼の言葉には冷たさと現実の重みが詰まっていた。
「君は実力を示すことができず、騎士としても落第するかもしれない。この学校を退学したとなれば、君を受け入れてくれる場所も限られてくるだろう。傭兵として魔獣を狩る生活をするのもひとつの選択肢かもしれないが……」
彼は少し間を置いて、僕の目をじっと見つめる。その視線には、これから語る言葉が決して軽いものではないと伝えようとする意図が込められていた。
「だが、もしも帝国が戦争になってしまったら――君は、君の大切な人を自分の手で守ることができなくなるだろう」
その言葉は胸に重くのしかかった。戦争――それはこの世界では決して遠い未来の話ではない。
けれど反論せずにはいられなかった。
「しかし教官殿、軍人でなくても大切な人は守れます」
けれどウィリス教官は首を横に振る。
「いいや、国が蹂躙されれば、誰かを守ることなんて幻想になってしまう」
彼の声は鋭く、それでいてどこか悲しみを帯びていた。
「これは極論だが、圧制者が望めば、君の大切な人だって奴隷にされるかもしれない。そのときに抵抗しても遅い。ありとあらゆる権利を奪われ、君は捕らえられ、獄死することになるだろうね」
僕は言葉を詰まらせた。そんな未来を想像するだけで胸が締め付けられるようだった。
「それが嫌なら、自我を捨てて帝国を守る〝駒〟になるのですか?」
その言葉に教官は薄く笑う。
それは皮肉とも、諦めとも取れる微妙な表情だった。
「誰も彼もが、その模擬戦で使った駒と一緒なんだよ。どこかの〝お偉いさん〟に使われるために存在する。それなら、大切な人を救えるだけの実力を持った駒になったほうがいいんじゃないか?」
思わず声を上げてしまう。
「教官殿、それは詭弁です!」
ウィリス教官は肩をすくめて答えた。
「たしかに詭弁だろう。だが、それを考えることができる余裕があるのも、帝国を――そして民の日常を守る駒が存在するからだよ」
その言葉に反論する余地すら見つからなかった。僕の中に湧き上がる反発心と、現実に対する恐怖、その狭間で心が揺れ動く。
ウィリス教官はそのまま僕を見つめて立ち去ることもなく、ただ僕が答えを出すのを待っているようだった。
自分の中で何を選び、どう進むべきなのか――その問いは、僕の胸に重く刻み込まれたまま残り続けていた。
「ところで、君は、君の立場をさらに悪くしていることに気がついているか」
ウィリス教官は少しだけ口元を歪めながら言った。その表情には冷笑のようなものが浮かんでいた。
僕は思わず顔をしかめたが、言葉を挟む隙を与えられないまま彼の話は続く。
「ほかの生徒はこう思うだろうね。「編入生は、ウィリス教官に取り入って評価を上げようとしている」とね」
彼は意図的に一瞬だけ間を置き、僕の反応を観察しているかのようだった。
「教官のお気に入りだと知られたら、君たちは確実にクラスで孤立するだろうね」
孤立――それは僕が避けたかったものだった。編入生として目立つ立場にある以上、これ以上周囲の反感を買うわけにはいかない。
僕は困惑しながら、かすかに眉を寄せて問いかけるような視線を向けた。けれど教官の目は冷たく、そこには一切の感情が読み取れなかった。
ようするに「俺の仕事を邪魔するな」ということなのだろう。
僕は深い溜息をついてから、少しでも礼儀正しく振る舞おうと背筋を伸ばした。
「ありがとうございました、教官殿」
その声には皮肉が混じっていたかもしれない。
教官はその皮肉を感じ取ったのか、あるいは単に興味を失ったのか、軽く手を振りながら背を向けた。
「ま、がんばれよ。君たちの今後に期待しているよ」
そう言い残すと、彼は歩き去っていった。
その後ろ姿を見つめながら、僕は苦々しい思いを噛み締めた。この学校での立ち回りは、僕が想像した以上に厄介なものになりそうな気がした。
クラスでの孤立を避けるためには、実力を証明するしかない。それが唯一の道だ――そんな考えが、僕の心に重くのしかかった。
クラスメイトたちのひそひそ声が耳に届く。
「編入生がライアスを倒した……」
「あんなやり方、卑怯じゃないか?」
「いや、でも実力があるのは確かだろう?」
そんな声の中に、明らかな敵意や嫉妬が混ざっているのを感じ取る。僕たちと視線が合うと会話が途切れ、視線すら合わせてもらえなくなる。
理由は明らかだ。
ライアスは優秀な生徒で、戦闘訓練でも群を抜いた才能を誇っていた。彼はその圧倒的な実力から、周囲からの信頼と敬意を集める存在だった。
そんな彼を、僕たちが模擬戦で倒してしまった。
それも、僕たちの初めての模擬戦で。
それを知ってか知らでか、ウィリス教官が声をかけてきた。
「いい模擬戦だったな」
そう言いながら、彼は満足そうに腕を組んで立っている。
僕は小さく溜息をついたあと、姿勢を正して答える。
「はい、教官殿。とてもいい経験になりました。しかし……教官殿がライアスを対戦相手に選んだせいで、クラスのみんなが僕らを嫌うようになった気がします」
ウィリス教官は少しだけ眉を上げたが、すぐに鼻で笑ってみせた。
「当然だ。ライアスはクラスの誇りであり、彼らが目指す騎士としての象徴だ。そんな彼を君たちが倒したんだ。しかも編入して間もない君がね。そうなることは分かりきっていたことだろう」
僕は言葉を失い、代わりに横目でセリスを見る。彼女は真剣な面持ちで何かを考え込んでいるようだった。
教官は少し間を置いて、それから鋭い視線を僕に向けた。
「それで、君はどう対処するんだね?」
「どう対処する……ですか?」
教官は声に少し力を込めて続けた。
「彼らの機嫌を取り、好感を持たれるように振舞うのか? それとも、暴力による支配を企むのか。いや、君はそんなことはしない、そうだろう?」
僕が口を開く前に、教官はさらに続ける。
「解決策はひとつしかない。君たちを無視できなくなるほどの実力をつけることだ。そうすれば、誰も文句は言えなくなる。極めて単純なことだ」
その言葉は鋭く、胸に突き刺さるようだった。
「……それができなければ、どうなるのですか?」
僕の声は微かに震えていた。目の前に立つウィリス教官の眼差しは鋭く、まるで自分の本心を抉り取られるような気がする。
教官はわずかに口元を歪めた。
「そうなると、ひどいことになるね」
彼の言葉には冷たさと現実の重みが詰まっていた。
「君は実力を示すことができず、騎士としても落第するかもしれない。この学校を退学したとなれば、君を受け入れてくれる場所も限られてくるだろう。傭兵として魔獣を狩る生活をするのもひとつの選択肢かもしれないが……」
彼は少し間を置いて、僕の目をじっと見つめる。その視線には、これから語る言葉が決して軽いものではないと伝えようとする意図が込められていた。
「だが、もしも帝国が戦争になってしまったら――君は、君の大切な人を自分の手で守ることができなくなるだろう」
その言葉は胸に重くのしかかった。戦争――それはこの世界では決して遠い未来の話ではない。
けれど反論せずにはいられなかった。
「しかし教官殿、軍人でなくても大切な人は守れます」
けれどウィリス教官は首を横に振る。
「いいや、国が蹂躙されれば、誰かを守ることなんて幻想になってしまう」
彼の声は鋭く、それでいてどこか悲しみを帯びていた。
「これは極論だが、圧制者が望めば、君の大切な人だって奴隷にされるかもしれない。そのときに抵抗しても遅い。ありとあらゆる権利を奪われ、君は捕らえられ、獄死することになるだろうね」
僕は言葉を詰まらせた。そんな未来を想像するだけで胸が締め付けられるようだった。
「それが嫌なら、自我を捨てて帝国を守る〝駒〟になるのですか?」
その言葉に教官は薄く笑う。
それは皮肉とも、諦めとも取れる微妙な表情だった。
「誰も彼もが、その模擬戦で使った駒と一緒なんだよ。どこかの〝お偉いさん〟に使われるために存在する。それなら、大切な人を救えるだけの実力を持った駒になったほうがいいんじゃないか?」
思わず声を上げてしまう。
「教官殿、それは詭弁です!」
ウィリス教官は肩をすくめて答えた。
「たしかに詭弁だろう。だが、それを考えることができる余裕があるのも、帝国を――そして民の日常を守る駒が存在するからだよ」
その言葉に反論する余地すら見つからなかった。僕の中に湧き上がる反発心と、現実に対する恐怖、その狭間で心が揺れ動く。
ウィリス教官はそのまま僕を見つめて立ち去ることもなく、ただ僕が答えを出すのを待っているようだった。
自分の中で何を選び、どう進むべきなのか――その問いは、僕の胸に重く刻み込まれたまま残り続けていた。
「ところで、君は、君の立場をさらに悪くしていることに気がついているか」
ウィリス教官は少しだけ口元を歪めながら言った。その表情には冷笑のようなものが浮かんでいた。
僕は思わず顔をしかめたが、言葉を挟む隙を与えられないまま彼の話は続く。
「ほかの生徒はこう思うだろうね。「編入生は、ウィリス教官に取り入って評価を上げようとしている」とね」
彼は意図的に一瞬だけ間を置き、僕の反応を観察しているかのようだった。
「教官のお気に入りだと知られたら、君たちは確実にクラスで孤立するだろうね」
孤立――それは僕が避けたかったものだった。編入生として目立つ立場にある以上、これ以上周囲の反感を買うわけにはいかない。
僕は困惑しながら、かすかに眉を寄せて問いかけるような視線を向けた。けれど教官の目は冷たく、そこには一切の感情が読み取れなかった。
ようするに「俺の仕事を邪魔するな」ということなのだろう。
僕は深い溜息をついてから、少しでも礼儀正しく振る舞おうと背筋を伸ばした。
「ありがとうございました、教官殿」
その声には皮肉が混じっていたかもしれない。
教官はその皮肉を感じ取ったのか、あるいは単に興味を失ったのか、軽く手を振りながら背を向けた。
「ま、がんばれよ。君たちの今後に期待しているよ」
そう言い残すと、彼は歩き去っていった。
その後ろ姿を見つめながら、僕は苦々しい思いを噛み締めた。この学校での立ち回りは、僕が想像した以上に厄介なものになりそうな気がした。
クラスでの孤立を避けるためには、実力を証明するしかない。それが唯一の道だ――そんな考えが、僕の心に重くのしかかった。
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