悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第二章:騎士学校・中等部

第5話 模擬戦

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 今日の授業では戦闘訓練が行われる予定だったけど、普段のように木刀を使って戦うのではなく、指揮官としての能力が試される模擬戦が行われることになっていた。

 僕とセリスにとって、それは初めての授業だった。

 訓練場の中央には、まるでジオラマのような精巧な砦が設置されていた。その砦を取り囲むように、いくつもの模型が並んでいて、木や川、山々といった地形も再現されている。

 驚くべきことに、それはただの模型ではなく、魔術で形成されたもので、訓練が始まれば生きたように動き出すらしい。

 土で作られた駒、あるいはゴーレムと呼ぶべきだろうか。

 ジオラマの中を動き回るそれらの駒は、人形劇の登場人物のように活き活きとしていて、僕たちの指示に従って動き、戦闘を繰り広げるのだという。

「今日は攻め手と守り手に分かれて、砦を巡る模擬戦を行う」
 ウィリス教官の鋭い声が訓練場に響き渡る。

「勝利条件は単純だ。攻め手は砦の中心部を制圧すること、守り手はそれを防ぐことだ」
 その声に反応して、生徒たちはそれぞれの配置につく。

 僕は攻め手としてゴーレムを操る役割を与えられた。防衛側の指揮官は、同じクラスのライアスという優秀な少年だった。

 彼はこの訓練を何度も経験しているらしく、砦の防衛戦術にも精通している様子だった。それに比べ、僕は初めての参加だ。

 経験の差は明らかで、僕にとって圧倒的に不利な状況だった。

「もちろん、ウルの副官は私だね」
 すぐとなりに立つセリスが微笑んでみせる。

 ゴーレムの操作には精細な魔力制御が必要とされていたけれど、彼女にとってソレは、赤子の手をひねるようなものだった。

「準備はいいか、編入生?」
 ウィリス教官が不敵な笑みを浮かべながら僕に問いかける。

「はい、教官殿。いつでも始められます」
 背筋を伸ばしながら返事したあと、砦のジオラマを見つめた。

 そして、訓練が始まる。

 教官の合図とともに手のひらほどのゴーレムたちが動き出した。

 攻撃側の駒は陣形を整え、砦に向かって進軍を開始する。一方、砦では防衛側の駒が迎撃の準備を進め、侵攻を阻止するための防衛線を築き始めた。

「まずは正面から陽動を行う。敵を中央に引きつけたところで、セリスは側面から奇襲を仕掛けてくれ」

 僕の言葉にセリスはうなずく。
「了解。奇襲の準備を始めるね」

 小声で返事したあと、セリスは副官としての役割を完璧に果たすため、ゴーレムの小隊を連れて戦線を離れる。その手際の良さに僕は感心する。

 しかしライアスの防衛戦術は、やはり経験者だけあって巧妙だった。

 僕の指示通りにゴーレムたちが砦の正面に集結した瞬間、ライアスの駒が攻撃を開始する。あっという間に僕の駒が数体倒され、こちらの戦力が削られていく。

 けれど、まだ慌てるような時間じゃない。本物の兵士と違い、ゴーレムは手足が残っていれば何度でも立ち上がられる。

「……戦力を一箇所に集中させて、敵の注意を引き付ける」
 深呼吸したあと地面に魔素を流し込んで、すべてのゴーレムのために土の盾を生成する。

 ウィリス教官が興味深そうに戦場を見つめると、模擬戦はさらに熱を帯びていく。

 小さなゴーレムの操作は見た目以上に繊細な技術を要する。動きを指示するたびに魔素が要求され、それがゴーレムの動きひとつひとつに反映される。

 些細なミスでもゴーレムは意識を失ったかのように動かなくなり、戦局が崩壊する危険をはらんでいた。

 けれど、セリスにとってそれは造作もないことだった。

 彼女は魔術の天才だ。その繊細な操作技術は芸術の域に達していた。彼女は杖に触れることなく、意思だけでゴーレムに指示を与えていく。

「別動隊、進軍開始」
 セリスが落ち着いた声で指示を出すと、ゴーレム部隊が防御の薄い砦の南東側に向けて進軍を開始した。あえて大きく回り込むことで、敵の注意を引く狙いだ。

 ライアスはすぐに彼女の動きに反応し、副官に指示を出して防御を固めさせる。

「セリスの動き、読まれてるな……」
 小さな戦場を見つめながらつぶやく。

 案の定、ライアスのゴーレムたちが城壁の陰から姿をあらわし、次々と弓を構えていく。狙いは正確で、矢の雨がセリスのゴーレム隊を襲う。

 けれど彼女は怯むことなく即座に対応する。魔術で生成した半透明の障壁が矢の嵐を遮り、次々と弾き返していく。

「ここまでは計画通り……」
 セリスは冷静そのものだ。

 しかし防御に集中したことで、ゴーレムたちは身動きが取れなくなってしまう。

 ……でも、それが彼女の狙いなのだろう。僕はセリスの意図を理解し、不敵な笑みを浮かべた。

 セリスの部隊を叩けると確信したライアスは、砦正面から更なる増援を送ることにした。その隙を見逃さなかった僕は、全軍を砦の西側から突撃させた。

 総攻撃開始!

 僕の意思に反応して、ゴーレムたちが砦を目指して突進を開始する。

 しかし砦からの反撃は苛烈だった。ライアスのゴーレムは弓や石、さらには砦内に設置された投石機まで駆使して攻撃してくる。

 僕の部隊は次々と倒され、多くのゴーレムが破壊されていく。戦況は明らかに不利だったが、ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかなかった。

「前進を続けろ! 敵の防衛線を突破するんだ!」
 僕は必死になっているフリをしながら、精細な魔力操作で倒れたゴーレムたちの身体をつなぎ合わせていく。

 そうしてライアスが気づかないところで、大型ゴーレムを形成する。

 攻撃開始だ。僕の指示を受けて大型ゴーレムが正門に攻撃を仕掛ける。そしてセリスが作り出した隙を最大限に活かし、ゴーレムたちを突撃させた。

 ライアスの反撃は熾烈だった。城壁から次々とゴーレムがあらわれ、まるで意志を持っているかのように組織的な動きを見せる。

 矢の雨、槍を振り回す守備隊、僕のゴーレムは次々と撃破され進撃が阻まれる。

「さすがライアス……簡単にはいかないか」

 彼の操作は冷静で的確だった。まるで手にしたすべての駒に命を吹き込んでいるかのようだ。

 けれど、このまま負けるわけにはいかない。僕は深く息を吸い込むと、大型ゴーレムに魔素を注ぎ込んでいく。指先が熱を帯び、視界の端が淡い光で染まる。

 魔素がゴーレムたちに流れ込むと、彼らの動きが急激に活発化した。倒れていたゴーレムたちが再び立ち上がり、ライアスの防衛線に突っ込む。

「突撃! そのまま城門を叩き壊せ!」
 僕の声と同時に、ゴーレムたちは怒れる獣のように突進を開始した。

 ライアスもまた力を振り絞り、すべてのゴーレムを守備に動員する。砦の上からは矢が放たれ、地面からは地雷のような魔法陣が発動して爆発していく。

 けれどゴーレムたちは怯むことなく突き進み、セリスのゴーレムも進軍を開始する。

「もう少し……あと少しだ!」

 そして、ついに――城門が鈍い音を立てて崩れた。

「やった!」セリスが声を上げる。

 破壊された城門から砦内に侵入したゴーレムたちは、次々とライアスのゴーレムを打ち倒していく。彼らの連携を断ち切り、一体また一体と地面に沈める。

 その光景に、ライアスの表情が初めて揺らいだのが見えた。

「これで終わりだ!!」

 僕は勝利を確信し、さらに魔素を注ぎ込む。ゴーレムたちは砦の中心にある本陣に向かって一気に攻撃を仕掛ける。

 そして勝敗は決した――僕たちの勝利だ。
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