悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第二章:騎士学校・中等部

第4話 ウィリス教官

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 騎士学校の寮舎は、その規模も設備も、まるで貴族の館を思わせるほどに整っていた。僕は普段、家から学校に通っていたけれど、それでもちゃんと部屋が用意されていた。

 初日に案内されて部屋を初めて見たときの光景は、今でも鮮明に思い出せる。

 部屋は補佐役のセリスとの二人部屋で、機能的かつシンプルな造りだった。上下二段になった寝台が壁際に置かれ、そのとなりにはロッカーとデスクが配置されている。

 それぞれの家具はしっかりとした木製で、ところどころに魔術的な装飾が施されていた。


 ロッカーやデスクの引き出しには〈施錠〉と〈解錠〉のための魔道具が設置されていた。本人の魔素でなければ開けることができないようになっていて、認証の手順も簡単だった。

 家具に取り付けられた水晶めいた小さな魔道具に手を置き、ほんの少し魔素を流し込むだけ。魔力の流れに応じて水晶が淡く輝き、小さな音を立ててロックが外れる。

 ロッカーを開けると、教材が整然と並べられていた。それだけでなく、戦闘訓練用の衣類も収められている。

 戦闘服は、動きやすい丈夫な素材でできていて、魔術的な加工が施されているらしく、見るからに高価そうだ。

 その部屋に備え付けられた物は、どれも自由に使うことができた。

 制服や戦闘訓練用の衣類は寮内にある所定の場所に出せば、魔術で洗浄されて数時間後には新品同様になって戻ってくる。

 教材が足りなくなったときも、申請さえすればすぐに追加が支給される。

「まさに至れり尽くせり、だな……」
 部屋を見渡しながら、そんな言葉が自然と口をついて出た。

 これが普通の学校生活であれば、きっと快適に違いない。けれどこの学校は普通ではない。

 戦闘訓練や実戦を想定した授業が組まれ、ここで学ぶ生徒たちの多くは貴族や名家の子息。僕のような平民がここにいること自体が異例だった。

 部屋に案内してくれた教員は、部屋の中を一通り確認したあと、僕とセリスに向き直った。

 短く刈り上げられた黒髪と鋭い目つき、そしてどこか荒っぽさの残る仕草が印象的な男性だった。彼は僕たちの教官でもあるらしい。

「どうだ、編入生。部屋は気に入ったか?」
 教官は僕の返事を待たず続ける。

「ところで、自己紹介がまだだったな。わたしの名はウィリスだ。これから数か月間、あるいは数年の間、君たちの教官を務める者だ」

 その声には、飾り気のない響きがあった。命令するわけでもなく、優しく接するわけでもなく、ただ淡々と話す。その平板なトーンが逆に威圧感を生んでいた。

「よろしくお願いします」
 頭を下げると、ウィリス教官は口元に薄い笑みを浮かべた。

「いい心構えだ。なにか困ったことがあれば、わたしの名前を伝えろ。それでわたしを呼び出せる。あるいは、自分の名を告げろ。この学校では、編入生はすでに〝有名人〟だからな。何かあればすぐに私の耳に届くだろう」

 彼の言葉には、どこか冗談めいた響きが含まれていたけど、同時に警告のニュアンスも含まれているように感じられた。

「それから」と、ウィリス教官はやや口調を強める。

「ここでは、我々教官が唯一、君たちに親身になるために給料をもらっている。でも、それをいいことに何をしても許されるわけではない。ちょっとでも教官に生意気な口をきいた者は、騎士としての資格を失うことになるだろう。君たちは騎士候補生である前に、軍人になるのだから」

 教官の鋭い目が僕とセリスの顔をじっと見据え、一瞬息が詰まるような緊張が走った。けれど彼はすぐにニヤリと笑みを浮かべ、その厳しさを薄れさせた。

 部屋を出る前、ウィリス教官はドアの前で立ち止まる。

「最後にひとつ忠告だ。上級生には気をつけろ。連中は新入生を好まない。とくに、推薦で編入してきたような生徒に対しては、冷たい態度を取るかもしれん。場合によっては、手を出されることもあるだろう」

 その言葉は、忠告というより警告だった。

 僕は深く息をつきながら、言葉の意味を反芻していた。

 もちろん、教官の言葉は杞憂ではなかった。警告は、間もなく現実のものとなる。

 あの喧嘩のことを思い出すたび、胸の奥底からじわりと嫌な不安感が湧き上がってくる。

 相手は上級生で、すでに徒党を組むような小さなギャングだった。彼らが新入生の僕に目をつけたのは、ある意味で当然の成り行きだったのかもしれない。

 力を手にしたものは、それを使わずにはいられないのだ。子どもだからといって、それは変わらない。

 だからこそ、僕は彼らを容赦なく打ち倒した。正当防衛という大義名分もあったし、セリスを守る必要もあった。

 けれど、その後のことを考えなかったわけじゃない。彼らが復讐心を抱いているのは間違いなかったし、それが現実になることも分かっていた。

 そして教員たちの評判。僕の行動が彼らの目を引きつけるのは避けられないだろう。ウィリス教官の忠告が胸によぎる――上級生には注意しろ、と。

 注意するだけでは不十分だ。僕はここでの生活に順応し、立ち回り方を覚えなければならない。

 ちなみに、学校に通う際には、いつもセリスを迎えに行くのが僕の日課だった。朝の清々しい空気を感じながら、彼女の家に向かう。

 セリスの家に毎日のように通うようになると、自然と商店の販売員とも顔見知りになった。彼らは気さくな人々で、僕のことを快く迎えてくれる。

 最近では、迷宮で手に入れた装備品を取引できるような信頼関係も築くことができた。

 編入早々トラブルに巻き込まれたけれど、こうして僕たちの学校生活は始まった。

 喧嘩や不安、奇妙な人間関係。決して順風満帆とは言えないけれど、それでも新しい日々はどこか心地よく、僕にとって未知の世界を切り開くような期待感を与えてくれる。

 未来はまだ見えない霧の中にあるけれど、その中に確かな光が差し込んでいるのを感じる。僕はその光を見失わないように、歩き続けるつもりだった。
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