65 / 130
第二章:騎士学校・中等部
第4話 ウィリス教官
しおりを挟む
騎士学校の寮舎は、その規模も設備も、まるで貴族の館を思わせるほどに整っていた。僕は普段、家から学校に通っていたけれど、それでもちゃんと部屋が用意されていた。
初日に案内されて部屋を初めて見たときの光景は、今でも鮮明に思い出せる。
部屋は補佐役のセリスとの二人部屋で、機能的かつシンプルな造りだった。上下二段になった寝台が壁際に置かれ、そのとなりにはロッカーとデスクが配置されている。
それぞれの家具はしっかりとした木製で、ところどころに魔術的な装飾が施されていた。
ロッカーやデスクの引き出しには〈施錠〉と〈解錠〉のための魔道具が設置されていた。本人の魔素でなければ開けることができないようになっていて、認証の手順も簡単だった。
家具に取り付けられた水晶めいた小さな魔道具に手を置き、ほんの少し魔素を流し込むだけ。魔力の流れに応じて水晶が淡く輝き、小さな音を立ててロックが外れる。
ロッカーを開けると、教材が整然と並べられていた。それだけでなく、戦闘訓練用の衣類も収められている。
戦闘服は、動きやすい丈夫な素材でできていて、魔術的な加工が施されているらしく、見るからに高価そうだ。
その部屋に備え付けられた物は、どれも自由に使うことができた。
制服や戦闘訓練用の衣類は寮内にある所定の場所に出せば、魔術で洗浄されて数時間後には新品同様になって戻ってくる。
教材が足りなくなったときも、申請さえすればすぐに追加が支給される。
「まさに至れり尽くせり、だな……」
部屋を見渡しながら、そんな言葉が自然と口をついて出た。
これが普通の学校生活であれば、きっと快適に違いない。けれどこの学校は普通ではない。
戦闘訓練や実戦を想定した授業が組まれ、ここで学ぶ生徒たちの多くは貴族や名家の子息。僕のような平民がここにいること自体が異例だった。
部屋に案内してくれた教員は、部屋の中を一通り確認したあと、僕とセリスに向き直った。
短く刈り上げられた黒髪と鋭い目つき、そしてどこか荒っぽさの残る仕草が印象的な男性だった。彼は僕たちの教官でもあるらしい。
「どうだ、編入生。部屋は気に入ったか?」
教官は僕の返事を待たず続ける。
「ところで、自己紹介がまだだったな。わたしの名はウィリスだ。これから数か月間、あるいは数年の間、君たちの教官を務める者だ」
その声には、飾り気のない響きがあった。命令するわけでもなく、優しく接するわけでもなく、ただ淡々と話す。その平板なトーンが逆に威圧感を生んでいた。
「よろしくお願いします」
頭を下げると、ウィリス教官は口元に薄い笑みを浮かべた。
「いい心構えだ。なにか困ったことがあれば、わたしの名前を伝えろ。それでわたしを呼び出せる。あるいは、自分の名を告げろ。この学校では、編入生はすでに〝有名人〟だからな。何かあればすぐに私の耳に届くだろう」
彼の言葉には、どこか冗談めいた響きが含まれていたけど、同時に警告のニュアンスも含まれているように感じられた。
「それから」と、ウィリス教官はやや口調を強める。
「ここでは、我々教官が唯一、君たちに親身になるために給料をもらっている。でも、それをいいことに何をしても許されるわけではない。ちょっとでも教官に生意気な口をきいた者は、騎士としての資格を失うことになるだろう。君たちは騎士候補生である前に、軍人になるのだから」
教官の鋭い目が僕とセリスの顔をじっと見据え、一瞬息が詰まるような緊張が走った。けれど彼はすぐにニヤリと笑みを浮かべ、その厳しさを薄れさせた。
部屋を出る前、ウィリス教官はドアの前で立ち止まる。
「最後にひとつ忠告だ。上級生には気をつけろ。連中は新入生を好まない。とくに、推薦で編入してきたような生徒に対しては、冷たい態度を取るかもしれん。場合によっては、手を出されることもあるだろう」
その言葉は、忠告というより警告だった。
僕は深く息をつきながら、言葉の意味を反芻していた。
もちろん、教官の言葉は杞憂ではなかった。警告は、間もなく現実のものとなる。
あの喧嘩のことを思い出すたび、胸の奥底からじわりと嫌な不安感が湧き上がってくる。
相手は上級生で、すでに徒党を組むような小さなギャングだった。彼らが新入生の僕に目をつけたのは、ある意味で当然の成り行きだったのかもしれない。
力を手にしたものは、それを使わずにはいられないのだ。子どもだからといって、それは変わらない。
だからこそ、僕は彼らを容赦なく打ち倒した。正当防衛という大義名分もあったし、セリスを守る必要もあった。
けれど、その後のことを考えなかったわけじゃない。彼らが復讐心を抱いているのは間違いなかったし、それが現実になることも分かっていた。
そして教員たちの評判。僕の行動が彼らの目を引きつけるのは避けられないだろう。ウィリス教官の忠告が胸によぎる――上級生には注意しろ、と。
注意するだけでは不十分だ。僕はここでの生活に順応し、立ち回り方を覚えなければならない。
ちなみに、学校に通う際には、いつもセリスを迎えに行くのが僕の日課だった。朝の清々しい空気を感じながら、彼女の家に向かう。
セリスの家に毎日のように通うようになると、自然と商店の販売員とも顔見知りになった。彼らは気さくな人々で、僕のことを快く迎えてくれる。
最近では、迷宮で手に入れた装備品を取引できるような信頼関係も築くことができた。
編入早々トラブルに巻き込まれたけれど、こうして僕たちの学校生活は始まった。
喧嘩や不安、奇妙な人間関係。決して順風満帆とは言えないけれど、それでも新しい日々はどこか心地よく、僕にとって未知の世界を切り開くような期待感を与えてくれる。
未来はまだ見えない霧の中にあるけれど、その中に確かな光が差し込んでいるのを感じる。僕はその光を見失わないように、歩き続けるつもりだった。
初日に案内されて部屋を初めて見たときの光景は、今でも鮮明に思い出せる。
部屋は補佐役のセリスとの二人部屋で、機能的かつシンプルな造りだった。上下二段になった寝台が壁際に置かれ、そのとなりにはロッカーとデスクが配置されている。
それぞれの家具はしっかりとした木製で、ところどころに魔術的な装飾が施されていた。
ロッカーやデスクの引き出しには〈施錠〉と〈解錠〉のための魔道具が設置されていた。本人の魔素でなければ開けることができないようになっていて、認証の手順も簡単だった。
家具に取り付けられた水晶めいた小さな魔道具に手を置き、ほんの少し魔素を流し込むだけ。魔力の流れに応じて水晶が淡く輝き、小さな音を立ててロックが外れる。
ロッカーを開けると、教材が整然と並べられていた。それだけでなく、戦闘訓練用の衣類も収められている。
戦闘服は、動きやすい丈夫な素材でできていて、魔術的な加工が施されているらしく、見るからに高価そうだ。
その部屋に備え付けられた物は、どれも自由に使うことができた。
制服や戦闘訓練用の衣類は寮内にある所定の場所に出せば、魔術で洗浄されて数時間後には新品同様になって戻ってくる。
教材が足りなくなったときも、申請さえすればすぐに追加が支給される。
「まさに至れり尽くせり、だな……」
部屋を見渡しながら、そんな言葉が自然と口をついて出た。
これが普通の学校生活であれば、きっと快適に違いない。けれどこの学校は普通ではない。
戦闘訓練や実戦を想定した授業が組まれ、ここで学ぶ生徒たちの多くは貴族や名家の子息。僕のような平民がここにいること自体が異例だった。
部屋に案内してくれた教員は、部屋の中を一通り確認したあと、僕とセリスに向き直った。
短く刈り上げられた黒髪と鋭い目つき、そしてどこか荒っぽさの残る仕草が印象的な男性だった。彼は僕たちの教官でもあるらしい。
「どうだ、編入生。部屋は気に入ったか?」
教官は僕の返事を待たず続ける。
「ところで、自己紹介がまだだったな。わたしの名はウィリスだ。これから数か月間、あるいは数年の間、君たちの教官を務める者だ」
その声には、飾り気のない響きがあった。命令するわけでもなく、優しく接するわけでもなく、ただ淡々と話す。その平板なトーンが逆に威圧感を生んでいた。
「よろしくお願いします」
頭を下げると、ウィリス教官は口元に薄い笑みを浮かべた。
「いい心構えだ。なにか困ったことがあれば、わたしの名前を伝えろ。それでわたしを呼び出せる。あるいは、自分の名を告げろ。この学校では、編入生はすでに〝有名人〟だからな。何かあればすぐに私の耳に届くだろう」
彼の言葉には、どこか冗談めいた響きが含まれていたけど、同時に警告のニュアンスも含まれているように感じられた。
「それから」と、ウィリス教官はやや口調を強める。
「ここでは、我々教官が唯一、君たちに親身になるために給料をもらっている。でも、それをいいことに何をしても許されるわけではない。ちょっとでも教官に生意気な口をきいた者は、騎士としての資格を失うことになるだろう。君たちは騎士候補生である前に、軍人になるのだから」
教官の鋭い目が僕とセリスの顔をじっと見据え、一瞬息が詰まるような緊張が走った。けれど彼はすぐにニヤリと笑みを浮かべ、その厳しさを薄れさせた。
部屋を出る前、ウィリス教官はドアの前で立ち止まる。
「最後にひとつ忠告だ。上級生には気をつけろ。連中は新入生を好まない。とくに、推薦で編入してきたような生徒に対しては、冷たい態度を取るかもしれん。場合によっては、手を出されることもあるだろう」
その言葉は、忠告というより警告だった。
僕は深く息をつきながら、言葉の意味を反芻していた。
もちろん、教官の言葉は杞憂ではなかった。警告は、間もなく現実のものとなる。
あの喧嘩のことを思い出すたび、胸の奥底からじわりと嫌な不安感が湧き上がってくる。
相手は上級生で、すでに徒党を組むような小さなギャングだった。彼らが新入生の僕に目をつけたのは、ある意味で当然の成り行きだったのかもしれない。
力を手にしたものは、それを使わずにはいられないのだ。子どもだからといって、それは変わらない。
だからこそ、僕は彼らを容赦なく打ち倒した。正当防衛という大義名分もあったし、セリスを守る必要もあった。
けれど、その後のことを考えなかったわけじゃない。彼らが復讐心を抱いているのは間違いなかったし、それが現実になることも分かっていた。
そして教員たちの評判。僕の行動が彼らの目を引きつけるのは避けられないだろう。ウィリス教官の忠告が胸によぎる――上級生には注意しろ、と。
注意するだけでは不十分だ。僕はここでの生活に順応し、立ち回り方を覚えなければならない。
ちなみに、学校に通う際には、いつもセリスを迎えに行くのが僕の日課だった。朝の清々しい空気を感じながら、彼女の家に向かう。
セリスの家に毎日のように通うようになると、自然と商店の販売員とも顔見知りになった。彼らは気さくな人々で、僕のことを快く迎えてくれる。
最近では、迷宮で手に入れた装備品を取引できるような信頼関係も築くことができた。
編入早々トラブルに巻き込まれたけれど、こうして僕たちの学校生活は始まった。
喧嘩や不安、奇妙な人間関係。決して順風満帆とは言えないけれど、それでも新しい日々はどこか心地よく、僕にとって未知の世界を切り開くような期待感を与えてくれる。
未来はまだ見えない霧の中にあるけれど、その中に確かな光が差し込んでいるのを感じる。僕はその光を見失わないように、歩き続けるつもりだった。
20
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

かみたま降臨 -神様の卵が降臨、生後30分で侯爵家を追放で生命の危機とか、酷いじゃないですか?-
牛一/冬星明
ファンタジー
神様に気に入られた悪女令嬢が好きな少女は眷属神にされた。
どう見ても人の言う事を聞かなそうな神様の下で働くなって絶対嫌だった。
少女は過労死で死んだ記憶がある。
働くなら絶対にホワイトな職場だ。
神様のスカウトを断った少女だったが、人の話を聞かない神様が許す訳もない。
少女は眷属神の卵として転生を繰り返す。
そいて、ジュリアーナ・マジク・アラルンガルはこの世界に転生された。
だが、神々の加護を貰えないジュリアーナはすぐに捨てられた。
この可哀想な神様の卵に幸はあるのだろうか?
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる