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第二章:騎士学校・中等部
第3話 処罰
しおりを挟む室内の静けさが肌に刺さるようだった。背筋を伸ばして座る僕の向かいには、初老の教員がいて、眼鏡の位置を直しながら言葉を投げかける。
「それで――」
教員は書類を机に置き、僕の目をじっと見つめる。
「君は〝身を守るための正当防衛〟だった、と言ったが、どうもそうとは思えないんだ。君は倒れた少年の顔面を何度も殴り、さらに別の少年の顔を蹴り上げた。それだけではない、腕の骨を折るという徹底ぶりだ。まるで君が暴力を楽しんでいるように見えたが」
かれの声は静かだったが、その奥に隠された冷たい鋭さが僕の胸を刺す。
「それでも、あれは正当防衛でした」
僕は迷いなくハッキリと答えた。
教員の眉が少し動く。書類をめくりながら、さらに言葉を重ねた。
「君はすでに〝身を守っていた〟んだ。なのに、なぜ追撃を?」
僕は息を整え、そして言葉を選びながら質問に答える。
「彼らは上級生で、徒党を組んでいました。僕が勝利するためには、彼らに絶望を味合わせる必要がありました」
「〈傭兵組合〉の仕事で実戦を経験している君の方が、彼らより遥かに優れていたことを知っていた。そうだね?」
「はい」
教員はうなずき、少し身体を椅子に預ける。そして僕の言葉を吟味するかのように間を置いてから質問した。
「君は確かに喧嘩に〝勝っていた〟んだ。では、なぜ暴力を続ける必要があったのか、改めて聞かせてくれるか?」
深呼吸してから、心の奥にある答えを口にする。
「最初の戦いには勝ちました。でも――そのあとのことを考えなければいけませんでした。彼らが復讐を企むことは目に見えています。だから、〝すべての戦いに勝つ〟必要がありました。そうすれば、彼らは僕たちのことを放っておいてくれます」
自分でも驚くほど冷静に、そしてハッキリと口にしていた。しかしその言葉を口にしながら、胸の奥には不安が渦巻いていた。
教員は眉を寄せ、じっと僕を見つめた。その視線はどこか測るようでもあり、少しの失望を含んでいるようにも思えた。
僕は恥じていた。自分がしたことに対して、そしてハリソン卿の信頼を裏切ったかもしれないという事実に。それでも、僕は目を逸らさず気丈に振舞い続ける
これが正しいと信じているからだ。僕は残酷な人間なのかもしれない。でも、僕は間違っていない。
室内の空気はさらに重くなった。僕は深く息を吐き、静かに言葉を放つ。
「あなたたち教員は見て見ぬふりをして、僕に手を差し伸べてくれなかった」視線をまっすぐに向けながら、毅然とした口調で続ける。「だから僕は、自分で自分を守らなければいけなかった。そしてそれが、騎士としての教えですよね?」
かれは軽く眉を上げ、眼鏡の位置を直す。そして再び手元の書類に視線を落とした。
「その場に教員はいなかったと記録されているが?」
「いました。〈隠密〉の魔術で巧妙に姿を隠していましたが」
教員は書類を見つめたあと、真剣な面持ちで言う。
「つまり君は教員の目の前で自分自身の戦闘能力を披露してみせた、というわけかね?」
「はい。そうするべきだと考えました」
「どうしてだね?」
僕は一瞬考えて、それから真剣な表情で言った。
「問題解決能力を試されていると感じたからです」
教員はうなずいたあと、まるで僕の考えを面白がるように言った。
「君がいかに優れているのか、それを誇示しようとしたというわけだね」
「いいえ、そうでは――」
教員は僕の言葉を遮るように声を上げた。
「セリス嬢にも、いいところを見せたかったのかね?」
思わず顔をしかめる。
「いいえ、違います」
しかし教員はさらに追及するように畳みかける。
「この学校で君が彼女を守るのは、良く思われたいから、なのかね?」
「いいえ」
「では、彼女が亜人でも同じことをしたのかね?」
その問いに一瞬戸惑いながらも、すぐに答える。
「親友は猫人です。僕は異種族に対しても公平です」
教員は少し驚いたように目を細めたが、すぐに表情を引き締めた。そして、机の上に書類を置きながら静かに言う。
「ふむ、興味深い考え方だ。公平という言葉を口にするのは簡単だが、それを実行するのは難しい。君はこれからもそれを貫けるだろうか」
その言葉に僕は静かにうなずく。
「騎士は帝国民を守るために存在します。たとえ異種族だろうと、奴隷だろうと、僕は全員を守れるように最善を尽くします」
教員は小さくうなずくが、僕の背後に視線を向けながら言う。
「立派な考えだが、騎士が守るのは帝国そのものであって、平民それ自体ではない。が……本来は、そうあるべきなのかもしれないな」
室内に響く声は冷たく淡々としていた。
「君に正当防衛の意思があったことは理解した。しかし、それでも貴族の子息に怪我を負わせた事実は変わらない」
静かな圧力を込めた声が僕に向けられる。
「君には一週間の謹慎処分を言い渡す。当然ながら、君の補佐役であるセリス嬢にも同様の処分が課されるだろう」
セリスまで巻き込む必要はないと、そう訴えたかった。しかし連帯責任というものが存在する以上、どうすることもできなかった。
教員は僕を見つめながら、さらに言葉を重ねる。
「君がその行いを反省する気がないことはよく分かっている。だが、この件に関しては貴族に誠意を見せなければならない。分かるね? そういう世界なのだ」
「はい」
僕は目を伏せ、短く応じた。
「平民という立場なので、本来なら厳しい処罰が課せられていた。しかし君の推薦人であるハリソン卿のことも考慮されるので、悪い結果にはならないだろう」
その一言で結論が下された。教員たちはそれ以上の説明をするでもなく、書類をまとめて立ち上がり、足早に部屋をあとにした。扉が閉まる音だけが静かな部屋に響く。
僕は彼らの背中を目で追いながら、貴族社会に対する漠然とした不安を抱く。
これが、僕が身を置こうとする世界――理不尽で歪なルールに支配された場所。その現実を改めて突きつけられているようだった。
静かな部屋にひとり取り残された僕は深く息をつく。この世界で生き残るには、戦闘能力を鍛えるだけではダメだ。
言葉、権力、そしてルールという見えない力も味方につけ、そのすべてと向き合わなければならない。
ふとセリスの顔が思い浮かんだ。
彼女もまた、この不条理な状況に巻き込まれている。僕は彼女の将来を思い補佐役に推薦したが、その思いが彼女の重荷になっている可能性もある――そんな考えが頭をよぎった。
「……なんて皮肉な話だ」
自嘲気味につぶやきながら立ち上がり、窓の外を見る。それは理不尽な世界に抗いながら生きる方法を考えるには、充分すぎるほどの静寂だった。
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