悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第53話 捜索依頼?

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 進級したからといって、生活が劇的に変わるわけではなかった。

 それでも試験のプレッシャーがなくなった分、少しだけ肩の荷が軽くなった気がする……というくらいだ。

 僕の日常は、相変わらず勉強と迷宮探索の繰り返しだった。

 講義が終われば迷宮に籠る。森でセリスと魔術の練習をすることもあったけれど、基本的にラティと一緒に国が管理する迷宮で探索していた。

 もちろんゴーストも一緒だ。一層、また一層と迷宮を進んでいく。そこでは奇妙な姿をした魔獣や、未だに鑑定されていない遺物が僕たちを待ち受けていた。

 それらの遺物を見つけるたび、〈迷宮人〉に鑑定を依頼するのが常だった。彼らは遺物の価値や用途を一瞬で見極め、その場で適正価格を提示してくれる。

 僕のような貧乏学生にとって、彼らの存在は心強いものだった。

「これは珍しいものだが……実用性は低い。装飾品としてなら高値がつくかもしれないな」

 遺物の多くは、異世界の古代王国の日用品や装飾品で、魔術の効果が付与されたモノは稀にしか手に入らなかった。

 人型の魔物――主に小鬼やホブゴブリン――から入手する剣や防具は、帝都にある〈鑑定屋〉で見てもらって、そこで取り引きすることにしていた。

「この盾は丁寧に手入れされているが……」と、店主は勿体を付ける。「素材が凡庸だな。とはいえ、初心者にはちょうどいいのかもしれない」

 そうやって少しずつ学費や生活費、そして騎士学校入学のための貯金を増やしていった。

 ある日、いつものように装備品を売却して、手に入れた金貨を小さな袋に詰めて帰路につこうとしていたときだった。突然、組合の連絡員に引き止められる。

「新しい仕事だ。君たちにとって、これまで以上に重要な依頼になるかもしれない」
 連絡員の言葉には、どこか含みがあった。

 新たな仕事――それはただのお金稼ぎではなく、何かもっと大きなものを暗示しているようだった。

 組合で確認すると、依頼はふたつあった。

 ひとつ目は、高位貴族の〝護衛依頼〟だ。

 貴族が市場や商業区域を視察するのに同行するという任務だ。どうして僕たちみたいな子どもに声がかかったのか不思議に思うかもしれないけれど、理由は簡単だった。

 前回の隊商護衛の依頼で、〈傭兵組合〉で一定の評価を得たことが背景にある。そしてもうひとつの理由は、子ども連れだと〝貴族でも目立たない〟ということだった。

 貴族の護衛といえば、屈強な兵士や魔術師の一団が一般的だったけど、厳つい大人たちを従えて歩けば、一目で貴族だとバレてしまう。

 だけど僕たちのような地元の子どもが混ざっていれば、巡礼者か家族連れにしか見えない。

 もちろん優秀な護衛もつくけれど、カモフラージュとしては理に適っているように思えた。

 そしてもうひとつの依頼は、帝都近郊の森で行方不明になった探索者たちの捜索だった。

 帝都の近くにある森なので魔物の出現率も低い。普通なら探索者たちが迷子になることは考えにくい場所だ。

 何か重要な遺物を回収していたらしく、それを輸送する途中で何らかのトラブルに巻き込まれたのだろう。

 僕たちがこの依頼を任されたのは、森で希少な薬草を採取した経験があったからだった。

 森の地形や魔獣の出現位置を把握している僕たちなら、失踪した探索者たちの消息を掴めるかもしれないと判断されたのだと思う。

「まずは探索者の捜索だな……」
 僕は目の前にある依頼書に目を通しながら、ラティに声を掛ける。

「そうだな。貴族の護衛依頼は数日後だし、そっちの準備は後回しでいいと思う。それにしても……失踪か」

 ラティは腕を組みながら首をかしげる。
「探索者が森で迷子になるとは思えない。絶対、何か事件に巻き込まれたんだよ」

 僕も同意見だった。帝都近郊の森は比較的整備されていて、迷宮と違い危険も少ない。もちろん油断は禁物だけど、この依頼には奇妙な違和感があった。

「依頼は足取りを掴むことだけだから、そこまで気負う必要はない」
 そう言いながら、僕はゴーストの背中をぽんぽんと軽く叩く。

 彼はゆったりとした動きで僕たちを見つめ、静かに尾を揺らした。

 依頼書を手に取ると探索に必要な道具を揃えるため、帝都の市場に向かった。森で捜索する準備をしながら、胸の内にはわずかな期待と、それを上回る緊張感が芽生え始めていた。

 翌日、帝都から出るための許可証が発行されると、さっそく僕らは森に出向くことにした。帝都の門をくぐるとき、僕はラティと並んで許可証を見せた。

 帝都の外に出るときの手続きは慣れてきたけど、それでも城門の衛兵が鋭い目で書類を確認する様子に背筋が少しだけ伸びる。

「よし、通れ」
 衛兵の短い言葉とともに、巨大な門の下を歩いた。

 その向こうに広がるのは、青空と馴染み深い帝都近郊の風景だった。

「それじゃ、気合を入れて探しますか」
 ラティは背嚢から地図を取り出すと、意気揚々と歩き出した。

 森の入り口に到着すると、ほかにも同じ依頼を受けたと思われる傭兵たちの姿があった。彼らは魔術やら地図で探索位置を念入りに確認していた。

 僕たちよりも経験豊富に見えるけれど、どんな仕事でも気を抜くつもりはないのだろう。ちなみに特別な成功報酬はないので、彼らと競い合う必要なない。

「俺たちは探索者の痕跡を見つけることに集中しよう」
 ラティの言葉にうなずきながら、僕も気持ちを切り替える。

 森の中は〝静寂〟とまではいかないけど、耳に入るのは鳥のさえずりや風に揺れる枝葉の音ばかりだった。

 ゴーストがゆっくりと前進し、鼻を使って探索者の痕跡を探す。

 僕たちも〈気配察知〉を使い、周囲の異変を感じ取る一方で、自分たちの目と耳も使って周囲に残る微かな痕跡を探す。

 折れた枝や足跡、時には何気ない雑踏の倒れ方すら見逃さないようにした。

「……この辺りには、とくに何もなさそうだな」
 ラティが木の幹に手をつきながら軽く息をつく。

 幸いなことに、探索者たちの痕跡は僕らが探索する〝未発見の遺跡〟から遠く離れていた。もし遺跡の存在が他の人間に知られてしまえば、たちまち迷宮として国に管理されることになる。

 そうなれば、これまでのように自由な探索ができなくなるだろう。それだけは避けたいと思っていた。

 でも結局、この日は何も成果を得られないまま日が暮れた。

「捜索一日目は空振りか……」
 ラティが肩をすくめる。

 僕も少しだけ肩を落としたけど、まだ始まったばかりだと自分に言い聞かせた。

「明日はもっと森の奥を調べてみよう。それに何か見逃している可能性もあるから、同じ場所を改めて調べるのもいいかもしれない」

 日が沈むなか、僕たちは早々に帰路について明日の捜索に備えることにした。
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