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第一章:少年期
第51話 古戦場跡
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厳重な監視のもと物資の引き渡しが行われ、商人たちが集落の住民たちと取引をしている間、僕たちはすっかり暇を持て余していた。
ラティとゴーストが退屈そうにしているのを横目に見ながら、僕はふと集落の外れに目を向けた。
「あれって、遺跡だよね?」
遠くにぼんやりと見える石造りの構造物。それは大昔に築かれたと思われる石柱や崩れかけた建築物で、植物に覆われた姿がかえって荘厳さを際立たせていた。
「そう言えば……」と、ラティが思い出しながら言う。
「集落の近くに古戦場跡があるみたいだよ。仲良くなった傭兵のひとりが教えてくれたんだ」
帝都の周囲には多くの遺跡があるので、集落の近くに遺跡があっても誰も気にしないのだろう。
「なんでも、大昔に異種族同士が激しい戦闘を繰り広げた場所なんだってさ。ひと昔前までは〈迷宮人〉も訪れるような遺物の宝庫だったけど、今じゃほとんどの遺物が持ち去られていて、もう誰も寄り付かなくなったらしい」
その話を聞いた瞬間、僕の冒険心が大きく膨れ上がる。
「面白そうだ。行ってみないか?」
ラティは少し驚いたような顔をしたけど、すぐにいつもの笑顔でうなずいた。
「ウルが興味を持つなんて珍しいな……今日は雨が降るのかもしれない」
かれの言葉に肩をすくめたあと、ゴーストに声を掛ける。
遺跡に近づくにつれて、空気がひんやりと冷たくなっていく。
草木の香りが濃くなり、足元では長い年月をかけて自然が遺跡を呑み込んでいく様子が見られた。
やがて視界が開けて、目の前に荘厳な神殿の残骸があらわれる。
無数の石柱がそびえ立つその光景は圧巻だった。石柱には複雑な文様が刻まれていて、かつて高度な文化の中心地だったことを物語っている。
その一方で、内側に向かって崩れた壁や倒れた柱が、ここで繰り広げられた激しい戦闘と、時の流れの残酷さを感じさせた。
「すごいな……遺物の宝庫だったって話も、あながち嘘じゃないのかもしれないな」
ラティは周囲を見回しながら感嘆の声を漏らす。
「これだけの規模の遺跡だ。探索し尽くされたとはいえ、何か遺物が残ってるかもしれない」
僕は背嚢から簡単な装備を取り出して探索の準備を行う。
神殿の入口は植物で覆われていて、人の手が加えられた形跡はほとんどなかった。
誰も寄り付かないのか、それとも寄り付けない理由があるのか――どちらにせよ、興味は尽きない。
僕たちは人の背丈ほどある雑草をかき分けながら、慎重に神殿に近づいた。ゴーストが先頭に立ち、その鋭い嗅覚で周囲を探る。ラティは短剣を手に警戒を怠らない。
「何もなければいいけど、こういうところって、変な魔獣が巣を作ってたりするだろ?」
ラティは苦笑しながら言うけど、その声には緊張が滲んでいる。
僕は軽く肩をすくめながら、神殿の奥に視線を向けた。あちこちで壁が崩壊していて、そこから冷たい風が吹き抜けている。
その風には、どこか懐かしさを覚えるような気配が混じっていた。
「慎重に進もう」
僕はゴーストを近くに呼び戻して、一緒に神殿の中に足を踏み入れた。
神殿の中は外観以上に荒れていた。石造りの床には無数のヒビ割れが走り、その隙間から背の高い雑草が伸び放題になっている。
雑草の間から小さな昆虫が這い出してくるのを横目に見ながら、僕たちは慎重に足を進めていく。
「神殿なのに、誰も管理してないんだな」ラティがぼやく。
集落の人々も近づかないような理由があるのかもしれないし、ただ興味がないだけなのかもしれない。
やっとのことで神殿の奥にたどり着くと、そこには巨大な祭壇があった。
その中心には――
「神像だな」
雑草に埋もれるようにして立つその像は、大理石調の石材で精巧に彫られたもので、盾と長槍を手にした戦士の姿を凛々しく象ったモノだった。
顔立ちは精悍で、まるで遠くにいる敵を見据えているようだ。像に刻まれた筋肉や装飾の細かさから、これを彫った職人の技術と、この神がかつて崇拝されていたことが感じられた。
「戦に関連する神さま……かな?」
戦士の姿を模したこの神像は、戦場で生きる者たちを見守る存在だったのかもしれない。
ここまで来たのも何かの縁だ。
僕はそう思い、祈りを捧げることにした。
ただし、その前に――
「まずは雑草を片付けないとな」
風を操り〝かまいたち〟めいた風を起こす。雑草がスパッと刈り取られる様子は見ていて気持ちがいい。対照的に昆虫たちは棲み処を追われ、迷惑そうに外に飛び出していく。
「その魔術、ヤバい便利だな。今度、組合で草刈りの仕事を引き受けるか」
ラティの軽口に肩をすくめる。
「神さまに祈るのに、見苦しい場所じゃ失礼だろ?」
草を刈り終えると、僕は祭壇の前に片膝をついた。
周囲を見渡して、もう一度神像を仰ぐ。その鋭い眼差しは、どこか僕の決意を見透かしているように感じられた。
瞼を閉じて、そっと心を落ち着ける。
これまで無事に旅ができたことを神々に感謝した。そして、これからも悪いことが起こらないように……と、心の中でそう祈りを捧げる。
戦の神さまなら、きっと戦士を見守ることも仕事のひとつなのだろう。
僕は、騎士になるべく剣術や魔術の訓練に日々励んでいること、そして守るべき者のために己を磨いていることを報告した。
でも、個人的な願い事はしない。神様はそこにいて見守ってくれる存在だ。余計なことを頼むのはお門違いだ。
そう思いながら祈りを終え、瞼をゆっくり開くと――
「あれ?」
全身がじんわりと暖かくなっていることに気がつく。
そして胸の奥に不思議な熱を感じる。
「どうした?」
ラティが怪訝そうに僕を見るが、首を横に振って答える。
「なんでもない。ただ……何かしらの加護を受けたのかもしれない」
手を見つめる。自分でも不思議な感覚だった。この暖かさが何を意味しているのか、それはまだ分からない。だけど全身に力がみなぎるような気がして、自然と口元が緩む。
僕はもう一度、神像を仰いだ。その鋭い眼差しが、ほんの少しだけ優しくなったような気がした――それとも、気のせいだろうか。
ラティとゴーストが退屈そうにしているのを横目に見ながら、僕はふと集落の外れに目を向けた。
「あれって、遺跡だよね?」
遠くにぼんやりと見える石造りの構造物。それは大昔に築かれたと思われる石柱や崩れかけた建築物で、植物に覆われた姿がかえって荘厳さを際立たせていた。
「そう言えば……」と、ラティが思い出しながら言う。
「集落の近くに古戦場跡があるみたいだよ。仲良くなった傭兵のひとりが教えてくれたんだ」
帝都の周囲には多くの遺跡があるので、集落の近くに遺跡があっても誰も気にしないのだろう。
「なんでも、大昔に異種族同士が激しい戦闘を繰り広げた場所なんだってさ。ひと昔前までは〈迷宮人〉も訪れるような遺物の宝庫だったけど、今じゃほとんどの遺物が持ち去られていて、もう誰も寄り付かなくなったらしい」
その話を聞いた瞬間、僕の冒険心が大きく膨れ上がる。
「面白そうだ。行ってみないか?」
ラティは少し驚いたような顔をしたけど、すぐにいつもの笑顔でうなずいた。
「ウルが興味を持つなんて珍しいな……今日は雨が降るのかもしれない」
かれの言葉に肩をすくめたあと、ゴーストに声を掛ける。
遺跡に近づくにつれて、空気がひんやりと冷たくなっていく。
草木の香りが濃くなり、足元では長い年月をかけて自然が遺跡を呑み込んでいく様子が見られた。
やがて視界が開けて、目の前に荘厳な神殿の残骸があらわれる。
無数の石柱がそびえ立つその光景は圧巻だった。石柱には複雑な文様が刻まれていて、かつて高度な文化の中心地だったことを物語っている。
その一方で、内側に向かって崩れた壁や倒れた柱が、ここで繰り広げられた激しい戦闘と、時の流れの残酷さを感じさせた。
「すごいな……遺物の宝庫だったって話も、あながち嘘じゃないのかもしれないな」
ラティは周囲を見回しながら感嘆の声を漏らす。
「これだけの規模の遺跡だ。探索し尽くされたとはいえ、何か遺物が残ってるかもしれない」
僕は背嚢から簡単な装備を取り出して探索の準備を行う。
神殿の入口は植物で覆われていて、人の手が加えられた形跡はほとんどなかった。
誰も寄り付かないのか、それとも寄り付けない理由があるのか――どちらにせよ、興味は尽きない。
僕たちは人の背丈ほどある雑草をかき分けながら、慎重に神殿に近づいた。ゴーストが先頭に立ち、その鋭い嗅覚で周囲を探る。ラティは短剣を手に警戒を怠らない。
「何もなければいいけど、こういうところって、変な魔獣が巣を作ってたりするだろ?」
ラティは苦笑しながら言うけど、その声には緊張が滲んでいる。
僕は軽く肩をすくめながら、神殿の奥に視線を向けた。あちこちで壁が崩壊していて、そこから冷たい風が吹き抜けている。
その風には、どこか懐かしさを覚えるような気配が混じっていた。
「慎重に進もう」
僕はゴーストを近くに呼び戻して、一緒に神殿の中に足を踏み入れた。
神殿の中は外観以上に荒れていた。石造りの床には無数のヒビ割れが走り、その隙間から背の高い雑草が伸び放題になっている。
雑草の間から小さな昆虫が這い出してくるのを横目に見ながら、僕たちは慎重に足を進めていく。
「神殿なのに、誰も管理してないんだな」ラティがぼやく。
集落の人々も近づかないような理由があるのかもしれないし、ただ興味がないだけなのかもしれない。
やっとのことで神殿の奥にたどり着くと、そこには巨大な祭壇があった。
その中心には――
「神像だな」
雑草に埋もれるようにして立つその像は、大理石調の石材で精巧に彫られたもので、盾と長槍を手にした戦士の姿を凛々しく象ったモノだった。
顔立ちは精悍で、まるで遠くにいる敵を見据えているようだ。像に刻まれた筋肉や装飾の細かさから、これを彫った職人の技術と、この神がかつて崇拝されていたことが感じられた。
「戦に関連する神さま……かな?」
戦士の姿を模したこの神像は、戦場で生きる者たちを見守る存在だったのかもしれない。
ここまで来たのも何かの縁だ。
僕はそう思い、祈りを捧げることにした。
ただし、その前に――
「まずは雑草を片付けないとな」
風を操り〝かまいたち〟めいた風を起こす。雑草がスパッと刈り取られる様子は見ていて気持ちがいい。対照的に昆虫たちは棲み処を追われ、迷惑そうに外に飛び出していく。
「その魔術、ヤバい便利だな。今度、組合で草刈りの仕事を引き受けるか」
ラティの軽口に肩をすくめる。
「神さまに祈るのに、見苦しい場所じゃ失礼だろ?」
草を刈り終えると、僕は祭壇の前に片膝をついた。
周囲を見渡して、もう一度神像を仰ぐ。その鋭い眼差しは、どこか僕の決意を見透かしているように感じられた。
瞼を閉じて、そっと心を落ち着ける。
これまで無事に旅ができたことを神々に感謝した。そして、これからも悪いことが起こらないように……と、心の中でそう祈りを捧げる。
戦の神さまなら、きっと戦士を見守ることも仕事のひとつなのだろう。
僕は、騎士になるべく剣術や魔術の訓練に日々励んでいること、そして守るべき者のために己を磨いていることを報告した。
でも、個人的な願い事はしない。神様はそこにいて見守ってくれる存在だ。余計なことを頼むのはお門違いだ。
そう思いながら祈りを終え、瞼をゆっくり開くと――
「あれ?」
全身がじんわりと暖かくなっていることに気がつく。
そして胸の奥に不思議な熱を感じる。
「どうした?」
ラティが怪訝そうに僕を見るが、首を横に振って答える。
「なんでもない。ただ……何かしらの加護を受けたのかもしれない」
手を見つめる。自分でも不思議な感覚だった。この暖かさが何を意味しているのか、それはまだ分からない。だけど全身に力がみなぎるような気がして、自然と口元が緩む。
僕はもう一度、神像を仰いだ。その鋭い眼差しが、ほんの少しだけ優しくなったような気がした――それとも、気のせいだろうか。
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