悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第50話 護衛任務!

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 はじめて〝護衛依頼〟を引き受けたのは、進級試験に備えて勉強に励んでいた時期のことだった。

 課題に追われていても、生活のため迷宮探索は欠かせない――そんな日々の中で〈傭兵組合〉から舞い込んだ仕事は、僕たちにとって大きな転機でもあった。

 迷宮で入手した魔石や素材をひたすら納品してきた努力が、ようやく実を結び、僕たちの実績が組合に認められたのだ。

 はじめての護衛依頼という響きには、何か特別なものが感じられた。期待と不安が胸の中でせめぎ合い、いつも以上に身が引き締まる思いだった。

 依頼内容はシンプルだった。

 帝都を出発する隊商に同行し、馬車で三日ほどの距離にある集落までの護衛を務める――ただそれだけだ。

 僕ら以外にも組合からベテラン傭兵が数名参加していたので、未熟な僕たちでも問題なく対処できる仕事だった。

「俺たちが一緒だから、ふたりは気負うことなく仕事に励んでくれ」
 傭兵仲間の言葉に僕たちはコクリとうなずく。

 実際のところ、これは悪い仕事じゃない。道中で野盗や魔獣からの襲撃がなければ、勉強の時間も取れそうだった。

 そう、進級試験が迫っている今、移動中に勉強ができるのはありがたいことだった。護衛の仕事は緊張感を伴うものだけど、何事もなければ効率よく時間を使えるのだ。

 とはいえ、母さんの反応は予想通りだった。

「本当に大丈夫なの? 襲撃があったらどうするの?」
 心配そうに眉をひそめる母さんに、僕は精一杯の笑顔で応えた。

「大丈夫だよ。僕たち以外にも凄腕の傭兵がいるし、それにゴーストも一緒だから」

 足元で静かに伏せているオオカミ――ゴーストが、僕の言葉に応えるように、ゆっくり立ち上がってみせた。その優雅な動きに母さんも少しだけ表情を和らげる。

 今では僕とほとんど背丈が変わらないほどに成長していた。その鋭い眼光と引き締まった身体つきは、何者も寄せつけない迫力がある。

 ゴーストがいれば魔獣や野盗なんて問題にならない。実際、これまでの迷宮探索でもゴーストは僕たちを幾度となく危険から守ってくれた。

「……わかったわ。でも、無理はしないでね」
 母さんの言葉に、僕は素直にうなずいた。

 翌日、ラティと合流して乗合馬車の発着所に向かう。

 そこはすでに大勢の人々でごった返していた。

 隊商の馬車が整然と並び、その近くで商人たちが熱心に話し込んでいる。彼らの周囲では護衛の傭兵たちが鋭い目つきで辺りを警戒していた。

 一見すると荒くれ者の集団にも見えるが、その動きには無駄がなく、職業人としての鋭さが滲み出ている。

「結構な大所帯だな……」
 ラティが驚いたように感想を漏らす。

「まぁ、それだけ大事な仕事なんだろうね」
 これほど多くの馬車と人々が集まるのを目にするのは滅多にないことだった。

 僕たちはまず、〈傭兵組合〉の知り合いに声を掛けた。組合の古株で、何かと僕たちに親切にしてくれる傭兵だ。

 彼に挨拶して仕事の確認をしたあと、隊商の責任者でもある商人に挨拶しにいく。

 上品な革の上着を羽織っていて、鋭い目つきで周囲を見渡すその商人は、僕たちが子どもだという理由で侮るような態度は微塵も見せなかった。

「君たちが噂の新入りか……ふむ、よろしく頼む」

 護衛の依頼は組合で実績がある者にしか回ってこない。それが分かっているのだろう。

 やがて出発の合図が鳴り響いた。僕たちは指定された荷馬車の荷台に乗り込む。

 馬車の車輪が軋みながらゆっくりと動き出し、帝都の巨大な門をくぐる。威厳ある門の向こうに広がる景色は、僕たちが慣れ親しんだ街の喧騒とはまるで違うものだった。

 どこまでも広がる雄大な草原。その先には空と地平線が溶け合うように続いている。草原の中を風が渡り、小さな波のように揺れる様子は、どこか神秘的ですらある。

 遠くには古代の遺跡群がぼんやりと浮かび上がっている。その朽ちた塔や石柱は、まるで時の流れから取り残されたような佇まいで、見る者に歴史の重みを感じさせた。


 ゆっくりとした速度だったが、馬車は確実に街道を進んでいく。その振動に身を任せつつ、僕は背嚢から教本を取り出す。

 はじめての護衛依頼――緊張の中にも、どこか期待が膨らむのを感じながら、僕たちは旅路を進んでいった。

 道中は驚くほど穏やかな旅になった。帝都の近くということもあり、道は整備されていて、野盗に襲われるような心配もない。

 初日は馬車の揺れに身を任せながら、進級のための勉強に集中する時間が多かった。

 もちろん完全に気を抜くわけにはいかないけれど、隊商が襲われる気配はまったくなく、護衛の傭兵たちもリラックスした様子だった。

 二日目の夜、野営地で眠ろうとしていた矢先、見張りをしていたベテラン傭兵のたちが鋭い声で敵の襲来を告げる。

「起きろ、魔獣の襲撃だ!」
 その声に全員が即座に行動を開始する。

 僕とラティも急いで荷台から飛び降りて武器を構えた。

 野営地を取り囲むようにして姿を見せたのは、オオカミにも似た魔獣だが、通常のオオカミとは違い、体毛が黒い炎のように揺らめいている。

 その眼は暗闇で輝き、口からは白い霧のような息が漏れていた。

「俺が前衛を引き受ける! お前らは側面を固めろ!」
 ベテランの傭兵が的確に指示を飛ばすなか、僕たちもそれに従った。ラティは短剣を抜き放つと、魔獣に向かって突進する。僕も後方で魔術を準備しつつ掩護の機会を窺う。

 ラティの一閃で最前列の魔獣が血を吹いて倒れる。それを見て、僕は〈氷礫ひょうれき〉の魔術を唱えて、横手から襲い掛かる別のオオカミを仕留めた。

「俺たちでもやれるぞ!」
 ラティが気合を入れながら叫ぶ。その言葉通り、戦いは護衛の勝利で終わりを迎えた。残りの魔獣は群れの大半を失ったことで撤退し、夜の静けさが再び戻ってきた。

「ついでに魔石を回収しておくか……」
 傭兵たちは面倒くさそうに言いながらも、手際よく素材を回収し始める。それを手伝いながら、僕はほっと胸を撫で下ろした。

 そして、いよいよ三日目の昼。ようやく僕らの目の前に小さな集落が姿をあらわした。

 目的の集落は木造の家々が立ち並ぶ素朴な場所だった。小さな畑や井戸、そして集落を囲む低い柵が、この場所が帝都の喧騒から遠く離れた平和な地であることを物語っている。

 馬車が集落の中央広場に停まると、住民たちが次々と集まり隊商を歓迎する声があちこちから聞こえた。子どもたちが駆け寄り、馬車に積まれた品々に目を輝かせている。

「これで仕事の半分は片付いた」
 ラティが嬉しそうな笑みを浮かべる。その表情を見て、僕も自然と笑顔になった。

 初めての護衛任務は順調そのものだったけれど、油断は禁物だ。荷物の引き渡しや、帝都までの護衛が残っているので、気を引き締めなければいけない――そんなことを考えながら、僕は静かに深呼吸をした。
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