悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第48話 遺物

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「まずは、これかな」
 ラティが背嚢から取り出したのは銀色の指輪だった。一見すると、どこにでもありそうな代物だ。

「指輪ね……すぐに鑑定してみよう」

 厚い布で身を包んだ〈迷宮人〉の女性は、少し驚いたように目元を細めると、ラティが差し出した指輪をそっと受け取った。

 僕が鑑定料として金貨を手渡そうとすると、彼女は首を横に振った。
「ううん、それは必要ない。恩人から金貨を受け取るようなことはしないのさ」

 低く澄んだ声でそう言うと、彼女はじっと指輪を見つめる。その瞬間、布の隙間から覗く彼女の瞳の色が不思議な輝きを帯びていくのが見えた。

 深い琥珀色だった瞳が、まるで虹のように七色に変化していく。

「……ほう、これは面白い」
 彼女の声に微かな興味が滲む。

「この指輪、〈迷界めいかいの指輪〉って呼ばれてる代物だよ」

「〈迷界の指輪〉ですか……?」
 僕たちが顔を見合わせると、彼女は丁寧に説明してくれた

「この指輪を装着した者は一日に一度だけ、魔術を指輪に充填することができる。そして任意のタイミングで魔術を即座に発動することができるんだ。面白いことに、装着している本人だけじゃなく、別の人間が充填した魔術も発動できるって点さ」

「他人が指輪に込めた魔術も有効なんですか?」
 驚く僕を見て彼女は目を細める。まるで笑みを浮かべるように。

「それに、この指輪にはもうひとつ効果がある。装着した者を魔術の障壁で守る効果がある。激しい攻撃には耐えられないけど、一日に一度だけ効果を発揮する。不意の攻撃や迷宮での突発的な事故にも対応できるから、君たちが想像しているよりも便利なものだよ」

 彼女は指輪をくるりと回しながら、その表面に刻まれた微かな模様を指でなぞる。その動きは何かを懐かしむようでもあり、儀式のようでもあった。

「これは古の王国〈セル=アディア〉に由来する遺物だよ。その王国の宮廷魔術師たちは、迷宮の深部にあるとされる多次元の境界に足を踏み入れ、異界の知識と魔力を引き出す術を編み出したんだ。そして、その過程でこうした指輪が数多く作られた」

「この指輪も、そのうちのひとつなのかな?」
 ラティが興味津々に問いかけると、彼女は軽くうなずいた。

「そう。もっとも、〈迷界の指輪〉とひと口に言っても、付与された能力は指輪ごとに異なる。能力次第ではゴミ同然のものも多いんだ。けれど、君たちは妙にツイてるみたいだ。この指輪は実用性が高い。いいものを手に入れたみたいだ」

 彼女は再び僕たちに指輪を返した。その手に惜しむ気配は感じられなかった。

「さて、次はどの遺物を鑑定するんだい?」
 僕たちは視線を交わしたあと、じっと背嚢を見つめる。

 ラティが取り出したのは、一見して装飾品のようにも見える細身の短剣だった。刃は鈍く光を反射し、柄には独特な紋様が彫り込まれている。僕たちが見つけたときから、ただの武器とは違う何かを感じていた。

「ほう、儀式用の短剣か。面白いものを持ってきたね。さっそく見てみようじゃないか」

 再びその瞳に虹色の輝きを宿しながら短剣を手に取った。彼女が刃を指で軽く撫でると、微かに青白い光が走る。その光景に僕たちは息を呑む。

「これも珍しいものだよ。〈幻刃げんばの短剣〉と呼ばれるものだ」

「幻刃?」
 首をかしげると、彼女は刃を指で軽く弾きながら説明を続けた。

「この短剣は使用者が魔素を込めて振るうことで、その周囲に幻影の短剣を出現させることができるんだよ。幻影のように見えるその無数の刃は、標的に当たる瞬間だけ実体化し、鋭い一撃を加える」

「攻撃魔術が付与された短剣ってこと?」
 ラティが眼を大きくして興味深そうに短剣を見つめる。

「その通り。もちろん、その能力には制約がある。一日に使用できるのは三回から四回までだ。それを超えて使いたい場合は、短剣に魔素を充填し直す必要がある」

「だから儀式用の短剣なのか……」
 僕の言葉を聞いて、彼女は楽しそうに笑った。

「そう、あくまでも短剣の幻影を楽しむためのモノだよ。攻撃力も低いから、大物の相手はできない。でも魔術が使えない者には重宝される。それに、派手だから囮にも使える」

 彼女が柄の部分を軽く回転させると、刃の付け根に刻まれた模様が露わになった。その独特な模様を見て、僕たちは驚きの声を上げた。

「そう、指輪と同じモノさ。〈幻刃の短剣〉は、古の魔術国家〈セル=アディア〉で若き魔術師たちが学園を卒業するときに授けられたものなんだ。一人前の魔術師だと証明するものでもあったのさ」

「そんなものが、どうして迷宮に……?」
 ラティが眉をひそめると、彼女は肩をすくめた。

「〈セル=アディア〉が滅びたあと、魔術師たちと一緒に多くの短剣が行方不明になった。どういうわけか、今では迷宮だけでなく、闇市場でも発見されることがある。それなりの数が世界に出回っているから、一部の探索者や傭兵たちには非常に重宝されている」

 実用性もありながら、歴史が詰まっている遺物だった。
「いいモノを見つけたね。大切にするといい」

 彼女は短剣を僕たちに手渡しながら静かに言った。その言葉には、古の王国に対する敬意のようなものが感じられた。

「さて、次は何を見せてくれるんだい?」

 ラティが背嚢から取り出したのは、美しい彫刻が施された手鏡だった。鏡面は綺麗で時間の経過を感じさせないが、それでも古い時代の遺物らしい品格が漂っていた。

「ふむ……これはなかなか興味深いモノだね」
 彼女は布に包まれた手を伸ばしてそっと鏡を受け取った。再び虹色に光る瞳で鏡をじっと見つめると、眉を少しだけ寄せた。

「これも古の王国〈セル=アディア〉のものに間違いないね。宮廷貴族が使用していた装飾品だろう。こうした鏡には魔術的な仕掛けが施されていることが多いんだけど……」

 彼女は鏡の縁を慎重に調べたあと、小さくため息をついた。

「残念ながら、この鏡には何の効果も付与されていないようだ」

 僕たちは肩を落とした。短剣や指輪に続いて、何かしら特別な能力を期待していた分、少し拍子抜けしてしまった。

「まぁ、こういうこともあるさ」
 そう言ってラティを慰めると、彼女も目元を細めた。

「迷宮で見つかる遺物っていうのは、特別な効果があるものばかりじゃない。それにしても、これは綺麗だ。修復すれば良い装飾品になるだろうね」

 彼女の視線が鏡の縁に施された複雑な模様をなぞるように動く。手鏡のことが気に入ったのかもしれない。

「感謝の気持ちとして、この鏡を受け取ってもらえますか?」

 その言葉に、彼女は驚いたように僕を見つめる。

「必要ない。私は恩人のためにやっているだけだし――」

「でも、あなたが手にしている方が似合ってると思います。僕たちが持っていても、役に立つことはないと思いますし……」

 僕がそう言うと、ラティもうなずいてくれた。

「だな、それに鏡って持ち歩くのが結構大変そうだ」

 少しの間、彼女は鏡を見つめていたが、やがて小さくうなずいた。
「……ありがとう。じゃあ、ありがたく受け取っておくよ」

 彼女の声にはどこか照れくさそうな響きがあり、厚い布の奥でほんのり笑っているのが分かった。〈迷宮人〉たちにも感情はあるのだ。

 そのあと、僕たちは軽く挨拶をして別れた。つぎは何が見つかるのだろうか、という淡い期待を胸に秘めながら、迷宮の暗闇に足を踏み入れていく。
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