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第一章:少年期
第45話 はじめての魔獣!
しおりを挟む三階層の探索を開始してすぐ、僕たちは最初の魔獣と遭遇することになった。
「……あれが〈ホーンラビット〉だな」
薄暗い通路の先、光苔の淡い灯りに照らされていたのは、一見すると可愛らしいウサギのような魔獣だった。
けれどその頭部から鋭く伸びるツノを見て、その認識を変える。
「あのツノ……意外と長くない?」
ラティは困惑していた。
絵本で見たことのあるような小動物を想像していた僕たちにとって、その攻撃性を感じさせるフォルムは衝撃的だった。
けど、それ以上に驚いたのは――その動きだった。
「速いっ!」
魔術が放たれると同時に、ホーンラビットは信じられない速度で横に跳ね、弾丸のように飛翔する小石の弾道を難なく回避してみせた。
その動きには計算がなく、純粋な反射神経と本能によるものに見えた。
「これが動物的な反応か……やっぱり小鬼とはまったく違うな」
小鬼は攻撃を見てから躱したり、隙を突いたりして攻撃してくるけど、ホーンラビットには――というより魔獣には、その〝考え〟がない。
ただ本能の赴くまま、敵意を感じたら反射的に逃れ、逆にこちらが隙を見せれば即座に襲いかかる。
「動きを封じないと埒が明かないな」
短剣を構えたラティが駆けていくと、ゴーストも即座に反応して、ホーンラビットにも負けない反射神経で飛び付く。
「今だ、撃て!」
ラティの声に反応して、再び〈石礫〉を放つ。今回は動きを読んで狙いを定め、確実に直撃するタイミングで撃ち込む。
その直後、乾いた衝撃音とともにホーンラビットの身体が宙を舞う。
「やったぞ……」
ラティは安堵の息を漏らすけど、僕は魔獣の死体をじっと見つめていた。
もしもこれがゲームのような世界なら、死体は跡形もなく消えて、アイテムだけがその場に残される。けれど、やはりこの世界は現実だった。
僕らは魔獣を解体するためのナイフを握ると、組合で教わっていた通りの手順を思い出しながら、慎重に肉や魔石、それに毛皮を剥ぎ取っていく。
とくにツノは高く売れるので、慎重に扱わなければいけない。
「ラティ、魔石が取れたよ」
慣れない作業だったけど、ようやく魔石を取り出してラティに見せた。
その輝きは、命を奪った結果得られる報酬の象徴でもある。
ホーンラビットの死骸は壁際に寄せておくだけでいい。あとは迷宮が時間をかけて処理してくれる。
そこだけ妙にファンタジーだったけど、それも迷宮の性質だった。
ホーンラビットの狩場ということもあって、三階層は探索者たちの活気に満ちていた。
「これだけ人が多いと、逆に動きづらいな……」
どこを見ても探索者たちがいて、光苔の灯りに照らされた迷宮の通路では多くの人とすれ違っていた。
ホーンラビットを追いかける探索者の声や、戦闘が終わった後の勝利の歓声。それらが混ざり合って騒々しい。
それだけ多くの人々がこの階層を目当てにしているということなのだろう。
「ホーンラビットを探すだけで時間がなくなりそうけど、どうする?」
ラティに問いかけると、彼は肩をすくめてみせた。
「効率が悪すぎる。さっさと次の階層に行こう」
僕も同意見だった。迷うことなく四階層を目指すことにした。
幸い、この迷宮で迷子になる心配はない。
僕は手にした地図を確認しながら、四階層につながる階段を探す。組合から支給された地図には、迷宮内の通路や部屋の位置が詳細に記されている。
「迷宮の地図が手に入るっていうのも、管理された迷宮だからなんだろうな」
迷宮の外にある露店で、店主が笑顔で地図を売り込む姿を思い出す。
四階層は、三階層とはまったく異なる雰囲気の場所だった。
「人が少なくなったな」
周囲を見渡しながらつぶやくと、ラティがうなずくのが見えた。
「ここまで来るのにも、それなりの実力が必要だからなんだろうな」
彼の言葉通り、ここで見かける人々は少し様子が異なる。多くは布で顔を隠し、独特な装備を身に着けた〈迷宮人〉と呼ばれる者たちだ。
「目的は遺物の発見だから、戦闘には興味がないんだろう」
魔獣と戦う様子を見せることなく、迷宮内を静かに進んでいく。彼らの姿はどこか浮世離れしていて、普通の探索者とは明らかに異なっていた。
――そんな中、つぎの獲物が姿をあらわした。
「……来た」
前方の通路に姿を見せたのは、シカの姿をした魔獣だった。
しかし普通のシカではない。その頭には黒光りする螺旋状のツノがあり、全身を覆う暗褐色の毛並みは筋肉の隆起を際立たせている。
「ダークスタッグか」
それはこの階層で頻繁に目撃される魔獣の名前で、探索者たちにとっては一筋縄ではいかない相手としても知られている。
「気を引き締めていくよ。あれはホーンラビットとは違う」
「大丈夫、準備はできてる」
僕たちとダークスタッグとの間に静寂が満ちる。つぎの瞬間、ダークスタッグが低い唸り声を上げながら、猛然と駆けてきた。
気合を入れて戦いに臨んだものの……結果は驚くほど拍子抜けだった。
「……思ったよりも楽勝だった?」
僕らは息を整えながらダークスタッグの死骸を見つめる。
魔獣特有の硬い筋肉と素早さに少し翻弄されたものの、ラティやゴーストとの連携が功を奏し、危なげなく討伐を終えることができた。
「油断は禁物だけど、これなら何とかなりそうだ」
ラティは短剣を振り払い、血糊を落とした。その表情には余裕が戻ってきていた。
「慎重に立ち回れば、今の僕たちの脅威にはならないのかも」
さっそくダークスタッグの解体作業に移った。魔石の回収が最優先だけど、毛皮や大きなツノも売り物になるので、丁寧に作業を進めていく。
遠くから小さな悲鳴が響いてきたのは、ちょうどそのときだった。
「……今の声、聞こえた?」
作業の手を止めると、ラティも耳を澄ませた。
「聞こえた。子どもの声みたいだけど……?」
それ以上の言葉は不要だった。
僕たちは顔を見合わせたあと、すぐに声のする方向に駆け出した。迷宮内での悲鳴、それも子どもの声なんて、ただ事ではないだろう。
声の発生源にたどり着いたとき、すでに状況は一刻を争うものだった。〈迷宮人〉と思われる子どもがひとり、深い縦穴の縁で必死にもがいていた。
足を滑らせて転んだのかもしれない、深い穴の底に落下する寸前だった。
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