悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第37話 野盗!

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 静かな倉庫街の一角、僕たちは屋根の上で膝をついたまま〈気配察知〉を発動する。

 魔素が周囲に漏れて居場所が感知されないよう、慎重に制御しながら倉庫の内部を探る。

「三人いるな……」
 ラティが低い声でつぶやく。

「馬車の近くにひとり、出入り口の見張りにひとり……それと事務所の中にひとり」
 僕は野盗の位置を頭に刻み込んでいく。

 敵の数こそ少ないけど、無策で挑むにはリスクが高い。

「とりあえず、一度引き返してカチャに報告しよう」
 僕がそう提案すると、ラティも「そうだな」と同意してくれた。

 周囲に気を配りながら、慎重に屋根を伝って戻ろうとしたときだった――

 鈍い音とともに、足元が不自然に沈んだ。つぎの瞬間、天板が崩れ落ち、僕たちは重力に引き寄せられるように倉庫の中に落下していく。

「マズい!」
 咄嗟に手を伸ばすも、何もつかめない。

 幸運にも僕たちが落ちたのは、倉庫内に積まれていた空の木箱の上だった。衝撃を受けた身体が痛みに悲鳴を上げるものの、大きな怪我はなさそうだ。

「ウル、大丈夫か?」

「うん、なんとか無事みたい」
 あまりの痛みにうめくように答えたあと、素早く周囲の様子を確認する。

 そして自分たちの迂闊うかつさに舌打ちする。

 最悪の状況だ。

「……誰だ!?」

 馬車のそばにいた野盗が怒号を上げる。

 かれの視線の先には、崩れた木箱の山に埋もれた僕たちの姿がある。

「クソッ……!」

 すぐに立ち上がろうとすると、事務所の扉が勢いよく開いて、中からもうひとりの野盗が飛び出してくる。

「ガキどもが、どこから入って来た!」
 出入り口の見張りも僕らに気づいたようだ。

 これで全員の注意が僕たちに向いたことになる。

「どうする、ウル!?」
 ラティが焦りを隠せない声で言う。

 けれど動揺している時間はない。

「やるしかない。とにかく素早く片付けよう」
 腰に差していた短剣に手を伸ばすと、倉庫内が緊張に包まれていくのが分かった。

 体内で渦巻く魔素の感覚に集中し、練り上げた力を一気に解放する。

「貫け!」

 空気を切り裂く音とともに、大小さまざまな氷の塊が野盗たちに向かって放たれる。

 狙いは手足――致命傷を避け、敵を一気に無力化するためだ。

 けれど――それが甘かった。

氷礫ひょうれき〉が野盗たちの身体を直撃すると、金属を打つ甲高い音が響く。

 鉄板で保護された脛当てや籠手で守られていたのだろう。

「魔術だと!? やっかいなガキだ!」

 先頭の野盗が言葉を吐き捨てると、つぎの瞬間には冷たい笑みを浮かべた。
「毛玉は放っておけ、先に黒髪のほうを殺るんだ!」

 ナイフを構えた野盗がこちらに突進してくる。反撃しようとするも、つぎの魔術を発動する時間が足りない。迫り来る刃に身を固くして覚悟を決めた瞬間――

 まるで黒い亡霊のように、頭上からゴーストが飛び掛かってくる。鋭い牙が野盗の籠手に喰い込み、彼の腕を引き千切る勢いで振り回す。

「どうして魔獣が!?」
 野盗が驚愕し、動きが鈍る。

「今だ!」
 ラティが一気に距離を詰め、敵の腹部に向けて〈小鬼殺しの短剣〉を振り抜いた。

 鋭い一撃が野盗の脇腹に叩き込まれる。革鎧の下に着こんでいた鎖帷子のおかげで致命傷にはならなかったが、野盗は苦痛の声を漏らしながら膝をついた。

 その隙を逃さず、僕は勢いをつけて跳躍すると、相手の顔面に飛び蹴りを叩き込む。

 凄まじい打撃に野盗は地面に倒れ込んで気を失う。

 残りはふたり。僕は素早く立ち上がり、再び魔素を練り上げた。

「これで!」

 再度放たれた〈氷礫〉が、残る野盗に直撃する。狙いは純粋な打撃力――貫くのではなく叩き潰すためのものだったので、氷の塊をやじりのように形成する必要はなかった。

 ひとりはそのまま倒れた。しかし、もうひとりの男は剣の鞘で〈氷礫〉を叩き割りながら、じりじりとこちらに詰め寄る。

「さすがに無理か……」

 僕は息を整えながら、次の手を考える。

 このままやり合うのか、それとも別の手段を――

「ガキだと思って手加減してたが、それもここまでだ」

 野盗の男が低い声で言い放つ。その声には、これまでの余裕は感じられなかった。

 鋭い金属音が響き、男の手に握られていた鞘から鋼の剣が引き抜かれる。刃先が倉庫の薄暗い光に反射し、不気味な輝きを放つ。それと同時に、空気が一変した。

 殺気――周囲の空間そのものがピリピリと震えるような圧迫感。

 思わず後退あとずさりするけど、ここで怖気づくわけにはいかない。

「落ち着け……」
 自分に言い聞かせるように小声でつぶやく。

 ちらりとラティとゴーストの位置を確認する。ラティも視線を合わせて、攻撃のタイミングをうかがう。

「クソガキがぁ!」

 男は吠えるようにして突進してきた。その動きは素早い。

 僕は体内の魔素を全身に巡らせると、〈疾風〉の魔術を発動した。身体能力が引き上げられると、目にもとまらない速さで野盗に向かって駆けた。

 迫りくる剣をギリギリのところで躱し、野盗の懐に飛び込む。

「終わりだ――!」

 魔術によって生じた不可視の鋭い刃が野盗の手足を切り裂き、血煙が舞い上がる。

「クソが!」

 野盗が苦痛に叫びながら剣を取り落とす。

 その刃が地面に落ち、甲高い音を立てたときだった。

「ラティ、今だ!」

 僕の声に反応するように、ラティが駆け出す。同時にゴーストが鋭い咆哮を上げ、野盗に飛び掛かった。猛攻を受けた男は完全に動きを封じられ、地面に押さえつけられる。

「子どもだからって、油断し過ぎだよ」

 僕は木箱の破片を手にすると、そのまま力を込めて男の頭に叩きつけた。

 野盗の身体から力が抜けていく。まだ息はある――意識を失っただけだ。

 休む間もなく、僕たちは野盗の手足をしっかりと縛り上げていく。

 それからラティに頼んで、カチャを呼んできてもらうことにした。

「任せてくれ」ラティは倉庫から飛び出していく。

 思いも寄らないことが起きたけれど、仕事は達成した。

 それに組合の掟を破ることもなく、問題を解決することができた。

「ふう……疲れた」

 僕は大きく息を吐きながら、ひとまず安堵する。

 それでも、すぐに気を抜くことはできない。

 馬車の荷台を調べようと近づくと、鼻を突くような強烈な悪臭が漂ってきた。

 思わず顔をしかめ、袖口で鼻を覆う。それでも臭いはしつこく鼻腔に入り込み、胃がひっくり返りそうになる。

「ひどいな……何を運んでたんだ?」

 荷台に手をかけて覗き込むと、中は空っぽだった。いや、完全に空っぽというわけではない。薄汚れたわらが敷かれていて、そこにこびりついた糞尿の跡が酷く目立っている。

「動物でも密輸しようとしたのか?」

 ひどく荒れた状態の藁や、荷台の床に付着した汚れから、動物を積んでいた可能性が高そうだった。

「ただの家畜ってわけじゃなさそう」
 とにかく、大人しくカチャとラティを待つことにした。
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