悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第35話 教員

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 その日から、僕はセリスと一緒に授業を受けるようになった。

 いや……厳密に言えば、彼女が勝手についてくるようになったのだ。

 最初は少し戸惑った。帝国有数の商家の次女が、どうして庶民の僕に興味を持つのか分からなかったのだ。

 だけど彼女の青い瞳に宿る熱意を目の当たりにしたとき、彼女を突き動かす情熱が確かに存在していることに気がついた。

 魔術に対する探求心に火がついたのかもしれない。

 僕がワンドを使わずに魔術を発動する姿を見て、彼女の中で〝もっと知りたい〟という純粋な欲求が芽生えたのだ。

 授業が終わると、彼女は決まって僕のとなりにやってきた。

「ねぇ、つぎの休み時間も一緒に練習しましょう。もう少しで魔術を使う感覚が掴めそうなの!」

 彼女の瞳に見つめられると、不思議なことに〝断る〟という選択肢は消えてしまう。

 僕たちは学園の運動場に設置されていた魔術の標的を使って練習をしていた。


 その標的は、生徒が安全に魔術の訓練を行えるように設けられたモノだったけど、とくに人気があるわけでもなく、ひっそりとしていたので人目を避けるにはちょうど良かった。

「まずは気持ちを落ち着かせて、血液と一緒に体内をめぐる魔素の流れを感じ取るんだ。そし力を込めすぎないようにして――」

 僕はできるだけ簡単な言葉で彼女にコツを教えようとする。といっても、感覚的なことばかりで、具体的な理論を語れるほどではない。

「そっか……なるほどね」

 それでも、セリスにはちゃんと理解できるのか、彼女は類まれな才能を発揮して魔術の発動を成功させてしまう。

 標的のひとつに彼女が放った小さな〈火球〉が命中し、軽い音を立てる。

「やった! 見て、ウル。標的に当たったわ!」

 彼女は振り返ると、鮮やかな赤髪を揺らしながら得意げな笑顔を見せる。その様子に僕も思わず微笑んでしまう。

 そんな僕たちの様子を遠巻きに眺めている生徒がいることに気がついた。運動場の端で談笑していた集団や、剣術を習っていた他の生徒たちだ。

 彼らは口々に何かをつぶやくけれど、僕たちに何かを言ってくるわけでもない。ただ興味本位で見ているだけのようだ。

「私たち、注目されてるみたいね」
 セリスが得意げに言う。

「まぁ、君はどこにいても目立つからね」
 僕は苦笑を浮かべながら答える。

 彼女は帝国有数の商家の令嬢で、美貌も人目を引く。そんな彼女といつも一緒にいる僕に注目が集まるのも当然だった。

 けれど学園の教員は僕たちのやり方にいい顔をしなかった。

 彼らは帝国の教育方針に従い、従来通りの〝杖を使った魔術の制御〟を徹底して教えていた。それが効率的で安全であり、何より古くからの伝統だったからだ。

 だから僕のように、杖なしで魔術を発動するという方法は、彼らにとって異端そのものだった。

 授業のあと、教員のひとりに呼び止められたときのことを思い出す。

「たしかに独創的ではあるけれど、授業では教えた通りの方法でやりたまえ。それが帝国の基準なのだから」

 その言葉は一見穏やかだったけど、その背後には〝庶民風情が、余計なことをするな〟という、冷たい軽蔑の感情が垣間見えていた。

 だから魔術の授業があるときには、僕も教員の指示通りに杖を使って魔術を唱えることにしていた。

「でも、どうしてそんな無駄なことをするの?」

 休み時間、セリスは机に頬杖をつきながら呆れ顔で言った。

「杖がなくても普通に魔術が使えるのに、わざわざ使う必要なんてないでしょ?」

「それは分かってるけど、目立つのは嫌なんだ。それに、僕のような庶民が教員に目をつけられたら面倒なことになるからね」

 僕はいつものように肩をすくめて答える。

「そう……そういうものなのね」

 彼女は納得したような、していないような顔をしつつも、それ以上は追及してこなかった。

 セリスと仲良くなっていくにつれて、彼女は少しずつ大胆になっていった。

「ねぇ、私も組合に入りたいわ」
 ある日、彼女は突然そう言い出した。

「組合?」
 僕は教科書から視線を外して、彼女の瞳を見つめる。

「そう。あなたたちがやってる小鬼ゴブリンの討伐、面白そうだもの」
 青い瞳がキラキラと輝いているのを見て、僕は思わず頭を抱えた。

「君は〈アルディナ家〉の大切なお嬢さまで、危険な目に遭わせることはできない。それに、組合だってそんなことを許可するわけがない」

 僕が真剣に言い聞かせると、彼女は可愛らしい仕草で頬を膨らませた。

「なにそれ。それならせめて、ウルの秘密の練習場所に連れていってくれる?」

 彼女の頼みを断る理由はなかった。少なくとも、魔術の練習なら僕にとっても有益だった。それに、セリスのことは信頼していた。

 もちろん、彼女をそこに連れていく前にラティの許可を取るつもりだった。秘密の練習場所は、僕たちだけの特別な場所だったからだ。

 その日の放課後、ラティにそのことを話すと、彼は少し驚いた顔をした。
「セリスか……まぁ、あの子なら大丈夫じゃない?」

 猫人は物事を深く考えない性質なのか、ラティは快く許可してくれた。

 僕たちの秘密の場所にセリスが加わる日がやってくるとは、正直思いもしなかったけれど、信頼できる友人が増えることは純粋に良いことだと思っていた。

 ちなみに、迷宮探索については慎重だった。

 炎の魔術を得意とするセリスが戦力として加われば、探索が捗ることは容易に想像できたけど、危険な迷宮に彼女を連れていくつもりはなかった。

 迷宮は予測不可能な危険に満ちている。僕やラティですら、何度も危険な目に遭ってきたのだ。それに僕の個人的な望みのために彼女を巻き込むのは、さすがに無責任すぎる。

 だから魔術の練習は、基本的に安全な環境で行うことにしていた。

 最近は、彼女が新たに習得した魔術〈炎の槍〉を標的に命中させる練習をしていた。

 魔力をうまく制御しながら、威力と精度を両立させるのは難しいらしく、彼女は額に汗を浮かべながら何度も挑戦していた。

「よし、今度こそ……」
 彼女が発した小さな声とともに、鮮やかな炎が標的を貫く。

「やった!」
 セリスは振り返り、嬉しそうに僕たちを見つめる。その顔には誇らしさと、つぎの挑戦に対する意欲に満ちていた。

「上達が早いな……」ラティが感心したように言う。
「やっぱり、血筋がいいからなのかな?」

 そんな日々が続いていたある日、豹人のカチャが僕たちに会いにきてくれた。

「調子はどう、おチビちゃんたち?」
 彼女の特徴的な猫耳がぴくりと動き、鋭い金色の瞳が僕たちを見つめる。

「おかげさまで元気ですけど……?」
 首をかしげながら返事をすると、彼女は笑みを浮かべる。

「それなら良かった。今日は君たちに大事な仕事をもってきたんだ」

 彼女はどこからともなく巻物を取り出すと、指先で器用に広げていく。そこには帝都の地図と、〈盗賊組合〉からの新たな依頼の内容が記されていた。
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