悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第32話 新たな依頼

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 中学校に入学して数週間が過ぎたものの、生活が劇的に変わることはなかった。

 騎士学校のように親元を離れて寮生活になるわけでもなければ、厳しい戦闘訓練が行われることもなかった。

 つまり、思っていたよりも普通だったのだ。

 毎日、異なる教科や科目の授業が行われるけれど、すべての授業に参加しているのは僕くらいだった。

 学校に四六時中拘束されるわけでもなく、授業がない日は組合の仕事を受ける余裕もあるほどだった。

 授業では歴史や貴族の暗記、国際情勢に関する基礎知識が続く。たまに礼儀作法の実習があるくらいで、それほど厳しいわけでもなかった。

 ただ、ひとつだけ気になることがあった。それは友達ができないことだ。

 騎士や商家の子どもたちが多く通っているこの学校では、誰もが忙しそうにしている。授業や課題に追われているせいか、誰かとゆっくり話すような雰囲気ではないのだ。

 庶民の僕に対して意地悪をしているというわけでも、見下しているわけでもない。かれらは親の期待に応えるために精一杯なのだ。

 それは何となく理解できたけれど、それでも距離を感じてしまう。

「でもまぁ、いいか」

 前世で読んでいた冒険小説のように、美少女との出会いを期待していたわけじゃない。あくまでも勉強するために来ているのだ。

 そんな日常の中でも、迷宮探索は相変わらず続けていた。最近は三階層の攻略に慣れてきたこともあり、ラティとの連携もさらに磨きがかかっていた。

 ある日、僕らは三階層の奥深くにある険しい崖道にたどり着いた。

「……この道、なんかおかしくないか?」
 ラティが目を細めて対岸を睨みつける。その先には、わずかに空気が流れ込むような小さな横穴が開いていた。

「何だろう……調べてみよう」

 僕らは足元に注意しながら崖を越えて、その先にある横穴を覗き込んで通れるかどうか慎重に判断する。


 道幅は狭く、大人では到底通れない道になっていた。けれど小鬼ゴブリンのように小柄な体格であれば、問題なく通れそうだった。

 その横穴に入ってしばらく進むと、見慣れた構造の通路に続いていることが分かった。湿気を含んだレンガ積みの壁が広がり、鼻を突くような臭気が漂ってくる。

「もしかして、帝都の下水道に繋がってる……?」

「そうみたいだね」ラティがうなずく。

 どうやら小鬼たちはこの横穴を通って帝都の下水道に侵入していたらしい。

 帝都の地下に広がる広大な下水道を調査した探索者たちでも、こんな狭い場所までは調査できなかったのだろう。

 このことを組合に報告すれば僕たちの評価も上がるかもしれないけど、僕らが探索する遺跡の所在も判明してしまうので黙っておくことにした。

 どのみち、小鬼だけでは大きな被害がでることはない。

 三階層の探索を続けながら、〈盗賊組合〉の仕事もこなしていた。僕らの師匠でもあるカチャは、いつにも増して忙しそうにしている。何でも近々、大きな仕事が控えているらしい。

 その影響なのか、僕たちにも〝尾行〟や〝監視〟といった地味だけど重要な任務が割り振られるようになった。

 奇妙な仕事もあった。帝都の片隅にある奴隷商人の店を張り込む仕事だ。

「帝都では奴隷の売買って違法じゃないんだね」
 僕は店先を見つめながらラティにたずねる。

「違法じゃないみたい。でも商売を始めるためには厳しい審査があって、種族別に許可証も必要になるから、すごく経費が掛かるってカチャが言ってた」

 当然、国からの厳しい審査が行われているみたいだけど、〈盗賊組合〉が監視しているということは、裏で何か〝やましい〟ことをしている可能性が高い。

 組合の仕事の合間に迷宮探索も進んでいて、最近は三階層にいるホブゴブリンを相手に、盾を使った戦い方を練習するようになっていた。

 片手にバックラーを構えて、ホブゴブリンの攻撃を受け止める。はじめは弾き返すどころかバランスを崩すことさえあったけど、少しずつタイミングを掴めるようになってきた。

 ちなみに三階層の探索では、それなりの戦利品を入手できていた。

 ホブゴブリンが使う長剣や斧、それに魔術師用の短いワンドも手に入れることができた。杖は中学校の授業でも使う機会があるので、売却せずに手元に残すことにした。

 ある日、いつものように〈傭兵組合〉を訪れると、掲示板に見慣れない依頼書があるのを見つけた。赤い文字で書かれた〝害虫駆除〟の言葉がひときわ目立っている。

「害虫駆除って、また下水道で小鬼退治?」
 とくに期待せずに内容を読んで、僕は目を丸くした。

 依頼の詳細はこうだ――とある商家が異国から買い付けた実験用の〝魔物〟が、倉庫内の檻を壊して脱走してしまい、倉庫内で暴れ回っているらしい。

 しかも、その倉庫には高価な商品が山積みされていて、被害がこれ以上拡大する前に何とかしてほしいとのことだった。

「魔物って、体内に魔石が形成される化け物のことだよね?」と、 ラティが眉を寄せる。「檻を壊したってことは、相当な力があるんだろうな」

 たしかに、ただの家畜や小動物ではこんな依頼はこない。これは単なる〝害虫駆除〟では済まされない仕事だった。

 最初は捕らえることも検討したみたいだけど、その案は早々に放棄されたらしい。依頼書では〝駆除〟という言葉が何度も強調されていた。

 おそらく、捕獲のための設備や専門知識を持った人員が揃わなかったのだろう。倉庫の被害をこれ以上広げるリスクを避けるため、駆除する方向に舵を切ったらしい。

「狩人を雇えばよかったんじゃないのか?」
 ラティが首をかしげると、受付の青年が丁寧に理由を教えてくれた。

 狩人たちは仕事が繁忙期で、時間の都合が合わないのだと言う。そこで〝なんでも屋〟として知られる〈傭兵組合〉に白羽の矢が立ったようだ。

「……つまり、他にやる人がいないから仕事が回ってきたってわけか」

 僕は苦笑いを浮かべる。依頼書には〝少々危険〟との注意書きも添えられているが、今の僕たちなら対応できる範囲だろう。

「小鬼の討伐で場数は踏んできたし、こういう依頼も経験しておいたほうがいいかも」

 僕の言葉にラティはうなずく。小鬼相手に経験を積み、ある程度の自信もついてきている。こうした〝魔物〟と呼ばれる存在で実力を試すのも、いい機会なのかもしれない。

 受付の青年に依頼が受けられるが訊ねると、ふたりで仕事を引き受けるなら問題ないとのことだった。

 僕は掲示板から依頼書を丁寧に剥がしてから、受付の青年に手渡した。

 果たして、その倉庫にいる〝魔物〟はどんな姿をしているのだろうか。期待と不安が胸の中で入り混じるなか、僕たちは依頼を受けるための準備を進めるのだった。
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