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第一章:少年期
第28話 新たな能力
しおりを挟む手の中の小瓶が微かな冷たさを伝えてくる。その透明な液体は日の光を受けて輝き、神秘的な存在感を放つ。
とても貴重な〈霊薬〉だけど、貴族のように宝物庫に入れて、後生大事にするつもりはなかった。
すぐとなりでフサフサの身体をくっつけてくるゴーストの視線を感じながら、小瓶の封を切って、ゆっくり蓋を開ける。
微かな香りが鼻を掠める。それは言葉にできない不思議な匂いで、甘さと鋭さが同居しているようだった。
躊躇いはなかった。
一気に小瓶を傾けて、〈時空の涙〉を一息で飲み干した。
喉を通り過ぎる瞬間、冷たい液体が熱を持つのが分かった。それが体内を駆け巡る感覚は、予想以上に異様なものだった。
「……っ!」
全身の力が抜けて思わず両膝をついてしまう。まるで全身から魔素が吸い取られて、身体が空っぽになっていくような感覚に襲われ、異常な寒さに身体が震える。
霊薬が体内で魔素と交じり合い、波紋のように全身に広がっていく。身体が圧し潰されるような不快感と痛みに意識が薄れかけていく。
けれど歯を食いしばって、なんとかその感覚に耐える。
必死に寒さと痛みに耐えるなか、胃のあたりが急に熱を帯びていくのが分かった。それは身体の内側に熱源が生じるような奇妙な感覚だった。その熱が、血液の流れに乗って全身に巡っていく。
指先から足のつま先まで――まるで体内の隅々に霊薬が行き渡っていくように感じられた。
「……くっ……!」
神経を抉られるような痛みにも似た感覚に、身体が痙攣しているのが分かる。それでも、熱が体内を巡るたびに、奇妙な安堵感が広がっていくのも感じられた。
もしかしたら、霊薬が自分の中に完全に馴染もうとしている証なのかもしれない。
「……少しだけ……楽になってきた……」
震える指先を見つめると、徐々に感覚が戻りつつあることを実感した。何かが変わる。いや……何かが目覚めようとしている。
ゴーストがそばで不安げにこちらを見つめている。
「……大丈夫だよ、ゴースト。僕は――」
自分の中に新たな力が宿る予感に胸を高鳴らせる。
霊薬が完全に身体に馴染んだとき、僕の中にどんな変化が訪れるのか。期待と不安が入り交じるなか、僕はその瞬間が訪れるのを静かに待った。
しばらくすると、力の使い方が自然と頭の中に流れ込んでくるのを感じた。
「巻物を使って魔術を習得したときと同じだ……」
誰に教わったわけでもないのに、自然と呼吸の仕方を覚えるように、まるで最初から知っているかのように新たな力の使い方を覚えていく。
心配そうにしていたゴーストの頭を撫でながら立ち上がると、数メートル先にある樹木に視線を向ける。
「よし、さっそく試してみるか……」
体内に流れる魔素を練り上げながら意識を集中させる。視線の先にある樹木に移動する――それだけを一心不乱に考える。
つぎの瞬間、視界が揺れるような奇妙な感覚に襲われる。
いや、揺れたんじゃなくて、世界そのものが〝歪む〟ような、奇妙な感覚だった。そして気がつくと、足元の感触が変わっていた。
「……やった」
周囲を見回すと、さっきまで見つめていた樹木の前に立っていた。
成功だ。間違いない、僕は〈瞬間移動〉を使ったのだ。
「……けど……」
身体の感覚を確かめる。魔素を消費したことは確かだけど、それ以上に、何か別のものが削り取られるような感覚が残った。
「これは……なんだろう?」
その感覚は説明のつかない不安定さを伴っていた。まるで、自分がこの世界に存在していることが、どこかあやふやになったような感覚だ。
「これが力の代償なのかな……?」
〈知識の書〉に書かれていたことが脳裏をよぎる。それが何なのか、具体的には分からない。ただ、普通の魔術とは異なる〝代償〟が、この異様な力には存在している。
ゴーストは驚いて吠えたあと、こちらに駆け寄ってくる。僕は膝をつくと、ゴーストを抱き止めて全身を撫でた。
「……大丈夫だよ、ゴースト。これでいいんだ」
未知の力に、未知の代償。それでも、この〈瞬間移動〉が僕にとって大きな武器になることは間違いない。
新たな力を手に入れた今、この能力がどこまで使えるのかを把握する必要があった。〈瞬間移動〉だけが、この能力のすべてじゃない。時空を操る力を獲得したのだ。
空間に小さな裂け目を作ることで、物を収納する古代の魔術――〈収納空間〉の能力も手に入れられるかもしれない。いや、それだけじゃない。
「……時を操ることだって、夢じゃないかもしれない」
ふと〈知識の書〉に記されていた伝説が頭をよぎる。異次元の扉を開き、数多の世界を自在に移動した神々の物語を。もしかしたら、その力すら習得できるかもしれない。
「でも、まずは――」
手に入れたばかりの〈瞬間移動〉の能力を試すことから始めなければいけない。
「よし……もう一度だ」
ふらりと立ち上がると、今度は苔生した巨石を見据える。そして呼吸を整えながら魔素を集中させる。
再び視界が揺れる感覚に襲われたかと思うと、気づけば巨石のそばに立っていた。
とりあえず成功だ。けれどこの程度じゃ物足りない。もっと遠くへ。
僕はさらに数メートル先を目標に定めた。意識を集中させ、再び力を発動する。
距離を伸ばすたびに、体内の魔素が少しずつ削られていくのを感じる。何度か能力を繰り返し使ったけど、やはり三、四メートルが限界だった。
「今はこの距離が精一杯だな……」
体力の消耗も激しいけど、今の感覚を忘れないように身体に馴染ませていく。
連続で〈瞬間移動〉を繰り返したせいか、胃の奥からこみ上げてくるような吐き気に襲われた。まるで乗り物酔いに似た不快感だ。
「これも副作用なのかも」
〈知識の書〉では、次元の揺らぎや不安定さについて触れていたけど、身体の不調については記録されていなかった。
ゴーストが駆け寄ってくると、安心させるように頭を軽く撫でた。
「大丈夫、まだ始まったばかりだ」
視線の先に広がる森を見つめる。この力がどれほどの可能性を秘めているのか、そのすべてを解き明かすには膨大な時間が必要になるかもしれないけど、きっと大丈夫だ。
僕は深呼吸したあと、再び能力を試すことにした。
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