悪役令嬢の騎士

コムラサキ

文字の大きさ
上 下
29 / 130
第一章:少年期

第28話 新たな能力

しおりを挟む

 手の中の小瓶が微かな冷たさを伝えてくる。その透明な液体は日の光を受けて輝き、神秘的な存在感を放つ。

 とても貴重な〈霊薬〉だけど、貴族のように宝物庫に入れて、後生大事にするつもりはなかった。

 すぐとなりでフサフサの身体をくっつけてくるゴーストの視線を感じながら、小瓶の封を切って、ゆっくり蓋を開ける。

 微かな香りが鼻を掠める。それは言葉にできない不思議な匂いで、甘さと鋭さが同居しているようだった。

 躊躇ためらいはなかった。
 一気に小瓶を傾けて、〈時空の涙〉を一息で飲み干した。

 喉を通り過ぎる瞬間、冷たい液体が熱を持つのが分かった。それが体内を駆け巡る感覚は、予想以上に異様なものだった。

「……っ!」

 全身の力が抜けて思わず両膝をついてしまう。まるで全身から魔素が吸い取られて、身体が空っぽになっていくような感覚に襲われ、異常な寒さに身体が震える。

 霊薬が体内で魔素と交じり合い、波紋のように全身に広がっていく。身体が圧し潰されるような不快感と痛みに意識が薄れかけていく。

 けれど歯を食いしばって、なんとかその感覚に耐える。

 必死に寒さと痛みに耐えるなか、胃のあたりが急に熱を帯びていくのが分かった。それは身体の内側に熱源が生じるような奇妙な感覚だった。その熱が、血液の流れに乗って全身に巡っていく。

 指先から足のつま先まで――まるで体内の隅々に霊薬が行き渡っていくように感じられた。

「……くっ……!」

 神経を抉られるような痛みにも似た感覚に、身体が痙攣しているのが分かる。それでも、熱が体内を巡るたびに、奇妙な安堵感が広がっていくのも感じられた。

 もしかしたら、霊薬が自分の中に完全に馴染もうとしている証なのかもしれない。

「……少しだけ……楽になってきた……」

 震える指先を見つめると、徐々に感覚が戻りつつあることを実感した。何かが変わる。いや……何かが目覚めようとしている。

 ゴーストがそばで不安げにこちらを見つめている。

「……大丈夫だよ、ゴースト。僕は――」

 自分の中に新たな力が宿る予感に胸を高鳴らせる。

 霊薬が完全に身体に馴染んだとき、僕の中にどんな変化が訪れるのか。期待と不安が入り交じるなか、僕はその瞬間が訪れるのを静かに待った。

 しばらくすると、力の使い方が自然と頭の中に流れ込んでくるのを感じた。

「巻物を使って魔術を習得したときと同じだ……」

 誰に教わったわけでもないのに、自然と呼吸の仕方を覚えるように、まるで最初から知っているかのように新たな力の使い方を覚えていく。

 心配そうにしていたゴーストの頭を撫でながら立ち上がると、数メートル先にある樹木に視線を向ける。

「よし、さっそく試してみるか……」

 体内に流れる魔素を練り上げながら意識を集中させる。視線の先にある樹木に移動する――それだけを一心不乱に考える。

 つぎの瞬間、視界が揺れるような奇妙な感覚に襲われる。

 いや、揺れたんじゃなくて、世界そのものが〝ゆがむ〟ような、奇妙な感覚だった。そして気がつくと、足元の感触が変わっていた。

「……やった」

 周囲を見回すと、さっきまで見つめていた樹木の前に立っていた。

 成功だ。間違いない、僕は〈瞬間移動〉を使ったのだ。

「……けど……」

 身体の感覚を確かめる。魔素を消費したことは確かだけど、それ以上に、何か別のものが削り取られるような感覚が残った。

「これは……なんだろう?」

 その感覚は説明のつかない不安定さを伴っていた。まるで、自分がこの世界に存在していることが、どこかあやふやになったような感覚だ。

「これが力の代償なのかな……?」

〈知識の書〉に書かれていたことが脳裏をよぎる。それが何なのか、具体的には分からない。ただ、普通の魔術とは異なる〝代償〟が、この異様な力には存在している。

 ゴーストは驚いて吠えたあと、こちらに駆け寄ってくる。僕は膝をつくと、ゴーストを抱き止めて全身を撫でた。

「……大丈夫だよ、ゴースト。これでいいんだ」

 未知の力に、未知の代償。それでも、この〈瞬間移動〉が僕にとって大きな武器になることは間違いない。

 新たな力を手に入れた今、この能力がどこまで使えるのかを把握する必要があった。〈瞬間移動〉だけが、この能力のすべてじゃない。時空を操る力を獲得したのだ。

 空間に小さな裂け目を作ることで、物を収納する古代の魔術――〈収納空間〉の能力も手に入れられるかもしれない。いや、それだけじゃない。

「……時を操ることだって、夢じゃないかもしれない」

 ふと〈知識の書〉に記されていた伝説が頭をよぎる。異次元の扉を開き、数多の世界を自在に移動した神々の物語を。もしかしたら、その力すら習得できるかもしれない。

「でも、まずは――」

 手に入れたばかりの〈瞬間移動〉の能力を試すことから始めなければいけない。

「よし……もう一度だ」

 ふらりと立ち上がると、今度は苔生した巨石を見据える。そして呼吸を整えながら魔素を集中させる。

 再び視界が揺れる感覚に襲われたかと思うと、気づけば巨石のそばに立っていた。

 とりあえず成功だ。けれどこの程度じゃ物足りない。もっと遠くへ。

 僕はさらに数メートル先を目標に定めた。意識を集中させ、再び力を発動する。

 距離を伸ばすたびに、体内の魔素が少しずつ削られていくのを感じる。何度か能力を繰り返し使ったけど、やはり三、四メートルが限界だった。

「今はこの距離が精一杯だな……」

 体力の消耗も激しいけど、今の感覚を忘れないように身体に馴染ませていく。

 連続で〈瞬間移動〉を繰り返したせいか、胃の奥からこみ上げてくるような吐き気に襲われた。まるで乗り物酔いに似た不快感だ。

「これも副作用なのかも」

〈知識の書〉では、次元の揺らぎや不安定さについて触れていたけど、身体の不調については記録されていなかった。

 ゴーストが駆け寄ってくると、安心させるように頭を軽く撫でた。

「大丈夫、まだ始まったばかりだ」

 視線の先に広がる森を見つめる。この力がどれほどの可能性を秘めているのか、そのすべてを解き明かすには膨大な時間が必要になるかもしれないけど、きっと大丈夫だ。

 僕は深呼吸したあと、再び能力を試すことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

ニートの俺がサイボーグに改造されたと思ったら異世界転移させられたンゴwwwwwwwww

刺狼(しろ)
ファンタジー
ニートの主人公は一回50万の報酬を貰えるという治験に参加し、マッドサイエンティストの手によってサイボーグにされてしまう。 さらに、その彼に言われるがまま謎の少女へ自らの血を与えると、突然魔法陣が現れ……。 という感じの話です。 草生やしたりアニメ・ゲーム・特撮ネタなど扱います。フリーダムに書き連ねていきます。 小説の書き方あんまり分かってません。 表紙はフリー素材とカスタムキャスト様で作りました。暇つぶしになれば幸いです。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

かみたま降臨 -神様の卵が降臨、生後30分で侯爵家を追放で生命の危機とか、酷いじゃないですか?-

牛一/冬星明
ファンタジー
神様に気に入られた悪女令嬢が好きな少女は眷属神にされた。 どう見ても人の言う事を聞かなそうな神様の下で働くなって絶対嫌だった。 少女は過労死で死んだ記憶がある。 働くなら絶対にホワイトな職場だ。 神様のスカウトを断った少女だったが、人の話を聞かない神様が許す訳もない。 少女は眷属神の卵として転生を繰り返す。 そいて、ジュリアーナ・マジク・アラルンガルはこの世界に転生された。 だが、神々の加護を貰えないジュリアーナはすぐに捨てられた。 この可哀想な神様の卵に幸はあるのだろうか?

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...