悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第20話 盗賊組合

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 僕たちは意気揚々と迷宮探索を再開したけど、三階層の攻略は予想以上に困難だった。

 階段を下りていくと、ひんやりとした空気が肌を刺し、これまでの階層とは違う雰囲気を肌で感じることができた。

 三階層は洞窟のような地形の中に、遺跡の構造物が残っているような場所だった。天井の崩落で地上から光が射し込む場所もあったけれど、基本的に真っ暗な世界だった。



 石造りの壁には風化した彫刻が刻まれていて、かつて帝都の地下に存在した古代文明の名残を感じさせる。

 ただし、それらの古びた遺構はホブゴブリンたちの巣窟そうくつになっていた。

「またか……」

 僕は小声でつぶやきながら、目の前の光景に目を細める。

 視線の先には徒党を組むホブゴブリンたちの姿があった。小鬼たちを引き連れていた二階層とは違い、ここではホブゴブリンが群れをなしていた。

 それぞれが錆びた短剣やロングソードを握りしめていて、見た目だけじゃなくて動きにも練度が感じられた。

 どうやら三階層では、彼らが新たな脅威として立ちはだかる存在のようだ。

 さらに厄介だったのは、この三階層の地形だ。これまでの階層は比較的単純な構造だったけれど、ここでは通路が複雑に入り組み、広大な空間がどこまでも広がっていた。

 迷路のような構造のせいで地図を作るのにも手間がかかる。

 ここにきて僕たちの探索速度はいちじるしく落ちてしまった。

「さっきと同じ場所に見えないか?」
 ラティが耳を動かしながら地図の一部を指差す。
「この分岐、右に行ったはずだけど、また同じ場所に戻ってきた気がするんだ」

「どうだろう……」
 僕は地図を握りしめたまま、唸るような声を漏らした。
「似ているだけのような気もするけど……」

 三階層では迷宮が僕たちを惑わそうとしている気がする。

 それでも探索が無駄になるわけじゃなかった。僕たちはホブゴブリンを倒すたびに、短剣やらロングソードといった装備品を回収していた。

 以前、入手したような高品質な剣は手に入らなかったけど、それなりの値段で売れる戦利品は獲得することができた。

「この剣は千ディレンくらいかな……」
 ラティは古びたロングソードをじっくり観察しながら言う。

「そうだね」と、僕は肩をすくめて答えた。
「さすがに三千ディレンになるような品質じゃないと思う。それでも大金だけどね」

 苦労は多いけれど、少しでも得るものがあるのは救いだった。

 三階層の探索を続けている間、戦利品の売却には〈盗賊組合〉の商人を利用する機会が増えていった。その所為せいなのか、いつの間にか僕たちの名前は知られるようになっていた。

 大した実績があるわけでもないけれど、組合での取引を重ねるうちに、子どもの僕たちは目立つ存在になっていたのだろう。

 三階層の探索を始めてから、気づけば三か月が過ぎていた。その間、僕は〈傭兵組合〉で剣術の訓練を欠かさず続けながら、教師が来ているときには読書や勉学にも励んでいた。

 騎士学校に入学するさいには読み書きだけじゃなく、この国の歴史についても学んでいなければいけなかった。

〈知識の書〉があるとはいえ、すべてを思い出したわけではないので勉強は欠かせない。

 戦利品で得た資金は僕たちの探索を支えるだけでなく、家族の支えにもなっていた。

 自由にできる資金の一部を家に入れるようになってからは、母さんとの時間も少しずつ増えていき、彼女の笑顔を見るたびに、ほんのりとした安心感が胸に広がった。

 母さんの笑顔を見られるようになったことは、僕にとって何よりの喜びだった。

 騎士として〈悪役令嬢・ルナリア〉の運命を変えることも重要だけど、母さんとの生活を守ることも僕の目的のひとつだったからだ。

 僕が剣術や魔術の訓練に精を出すかたわら、ラティも〈精錬〉の魔術に打ち込んでいた。

 市場で購入した鉄鉱石を材料に、ついに金属を製錬することに成功していたのだ。魔術が成功したときのラティの誇らしげな表情は今でも忘れられない。

 小さな鋳塊ちゅうかいを手に持ちながら、得意げに尻尾を揺らす姿はとても印象的だった。

 まだ金属の純度を高めたり、その金属を粘土のようにこねたりして装飾品を作り出すことはできないけれど、最初の一歩としては悪くない。

 練習を続ける過程で体内の魔素保有量が増えていけば、さらに貴重な金属も加工できるようになるので、焦ることなく続けることが大事だった。

 そんな平穏と充実感のなか、その人は僕たちの目の前に突然あらわれた。

 戦利品を売却しようとして市場にやってきたときのことだ。〈盗賊組合〉の構成員を名乗る獣人が、僕たちに接触してきたのだ。

 彼女は見るからに怪しげな豹人だった。背が高く、艶やかな漆黒の体毛に覆われたその姿は、暗がりの中でも一際目を引いた。何よりも、その黄色い瞳が印象的で、心を見透かされそうな錯覚を起こすほどだった。

「君たちの腕を見込んで、ちょっとした仕事を頼みたいんだ」

 彼女は物腰こそ柔らかかったけど、その声にはどこか威圧するような響きが含まれていた。

 僕たちの活躍を聞いて一緒に仕事をしたいと誘ってきたけど、それは本当なのだろうか?

 彼女が話す組合の〝仕事〟は、おもに貴族の屋敷から金目のものを盗み出すということだった。さらに付け加えるなら、殺しのない仕事なので危険な任務になることはないと念を押してきた。

 僕は少し迷ったけど、剣術や魔術の特訓の成果を試したいという欲求と、裏の世界を覗いてみたいという好奇心が勝り、結局、彼女の誘いを受けることにした。

 ラティとゴーストも僕の決断に反対することはなかった。

「わたしは〝カチャ〟って言うんだ。よろしくね、おチビちゃんたち」
 僕は肩をすくめると、彼女が差し出した手を握り締める。

 そのときの僕には、これがどれだけ危うい決断だったのか、まだ理解できていなかった。そしてこの油断と慢心が、後に波乱を呼ぶことも。

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