悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第16話 ホブゴブリン!

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 僕たちを見つけた瞬間、ホブゴブリンは鋭く尖った牙をむき出しにしながら、耳をつんざくような咆哮をあげた。

 大気を震わせながら迷宮に響き渡っていく声に、思わず背筋が冷たくなる。その声に応えるように、どこからともなく小鬼ゴブリンたちがやってくるのが見えた。

 ホブゴブリンの呼び声で集まってきたのだろう。時間が経てば、さらに多くの小鬼がやってくる可能性がある。

 ラティとゴーストに視線で合図を送る。彼らは意図を理解してくれたのか、すぐに戦闘体勢を整える。

 僕は体内で練り上げていた魔素まそを一気に解き放つ。

 突如発生した冷気によって無数の氷のつぶてが空中に形作られていくと、腕を横に薙ぎ払うようにして降り、ホブゴブリンに向かって〈氷礫ひょうれき〉を一斉に撃ち込む。

 大気中に発生した膨大な魔素に反応したのか、ホブゴブリンはその巨体からは予想もつかないほどの俊敏な動きで近くにいた小鬼を掴み上げた。

 そのまま盾のように小鬼を前に突き出すと、鋭い氷の礫が小鬼の身体に次々と突き刺さり、悲鳴が響き渡る。

 あわれな小鬼は身体中から血液を噴き出すようにして、やがて動かなくなる。

 まさか味方の小鬼を犠牲にして攻撃を防ぐとは想像していなかったけど、ラティとゴーストは今が好機とばかりにホブゴブリンに向かって突進する。

 ラティは小柄な身体を活かしてホブゴブリンの懐に入り込むと、鋭い一撃を繰り出す。

 彼の短剣がホブゴブリンの脇腹を切り裂くと、濃緑の体液が飛び散る。ゴーストも素早く動いて、ホブゴブリンの足首に噛みつくようにしてバランスを崩して膝をつかせた。

 ホブゴブリンが短いうめき声をあげるなか、僕は魔素を練り上げながら駆けていく。周りに転がる小鬼たちは、〈氷礫〉によって致命傷を受けていて動けなくなっていた。

「今がチャンスだ!」
 止めの一撃を叩き込むため、ラティと息を合わせてホブゴブリンに向かって突撃する。

 ホブゴブリンの表情に焦りの色が浮かんだのを見逃さず、僕たちは左右から一斉に攻撃を仕掛けた。

 短剣の刀身に魔力を込め、風の刃で包み込んでいく。不可視の刃によって鋭さを増した短剣を構えると、膝をついたホブゴブリンの首を狙い、一気に短剣を振り抜いた。

 けれどその瞬間、ホブゴブリンは小鬼を持ち上げて盾にしてみせた。

 喉から血を流す小鬼の腹部に刃が深々と突き刺さり、血液が噴き出す。

 ホブゴブリンは怯むどころか、力強く立ち上がると、鋭い視線をこちらに向けてきた。その眼には、生に対する野獣のような執念が宿っている。

 ラティの攻撃も残念ながら致命傷にはならなかった。

 つぎの瞬間、ホブゴブリンがロングソードを大きく振りあげるのが見えた。巨体に似合わず、その振りの速度は驚くほど速い。

 僕は咄嗟に身を低くして、滑り込むようにしてその一撃を避ける。頭上に風を感じながらも、なんとか致命傷をまぬがれた。

 ホブゴブリンの剣は空を切り、大きな隙ができる。

「それなら!」

 風の魔術で短剣は砕けていたけど、それに構わずホブゴブリンの股間目掛けて渾身の力で短剣を突き刺した。

 鈍い感触とともに折れた刀身が食い込むと、ホブゴブリンが苦悶の表情を浮かべる。

 僕はすぐさま後方に飛び退くと、瞬間的に空気を圧縮して叩きつけるようにイメージしながら、風の衝撃波を放つ。

 空気が破裂するような乾いた音が迷宮内に響きわたり、衝撃波がホブゴブリンの身体を襲う。直撃を受けた巨体は勢いよく吹き飛ばされ、地面を激しく転がる。

「今だ!」
 僕の声に合わせるように、ラティとゴーストが飛び込む。

 ラティはホブゴブリンが身を起こす前に短剣を胸に突き立て、ゴーストもそれに続き、ホブゴブリンの喉元に牙を食い込ませて動きを封じる。

 ホブゴブリンは巨体を振り回して抵抗したけど、次第に力が弱まり、ついに動かなくなった。

 またしても完全勝利である。

 もっとも、今回は大量の魔素を消費してしまい、街から持参していた短剣も失ってしまった。

 ホブゴブリンの亡骸を前に、僕たちは息を整える間もなく、手早く戦利品の回収を始めた。小鬼の増援が来る可能性も考えて、無駄なことはしない。

 まず目に入ったのは、ホブゴブリンが手にしていたロングソードだ。

 剣の刃は鈍く光り、柄には小さな装飾が施されているものの、魔素や特殊な力は感じられない。ただ、ずっしりと重く頑丈な造りから、かなり高価なモノだと予想できた。

「冒険者から奪ったのかな……」
 剣を手に取って、その重量感を確かめたあとラティに手渡す。

 僕たちには少し大きくて戦闘では使えないけど、市場で買い手を見つけられるかもしれない。今後の資金になることを考えれば、これはかなりの収穫と言える。

 つぎに小鬼たちの死体に目を向けた。そこには小さな――三十センチほどの杖と、古びた巻物スクロールが落ちている。

 杖は木製で握り部分には粗末な装飾が施されていて、一見して魔術が付与されているかどうかは判断しづらい。

「それ、魔術の杖かもしれないな」ラティはそう言うと、好奇心に満ちた表情で杖と巻物を手に取る。「それと……巻物か。もしかしたら〈魔術書〉かもしれないな」

 かれの嬉しそうな顔を見ていると、僕もつい期待してしまうけど真偽は不明だ。

「魔術書って、もっとこう……分厚い書物みたいな感じじゃないの?」

 僕の問いにラティは肩をすくめる。

「高価なモノは書物なのかもしれないけど、簡単な魔術は巻物に記されているんだよ」

 それなら期待できるかもしれない。僕らは獲得した戦利品を大切にしまう。

「よし、これで全部かな。そろそろ地上に戻ろう」

 迷宮はさらに深い階層に続いているけど、今日のところはここまでだ。無理をして奥に進むより、得たものをしっかりと持ち帰って、次回の探索の糧にした方が賢明だ。

「行こう、ゴースト」

 僕たちは来た道を引き返すことにした。迷宮の奥深くから得体の知れない視線を感じながら、僕たちは迷宮の出口に向かった。
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