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第一章:少年期
第14話 猫人
しおりを挟む「ウル、こっちだ!」
噴水のそばに立つ〝ラティフ〟の声が聞こえる。
僕に向かって手を振りながら、ふさふさした尻尾を嬉しそうに揺らしている。耳が外向きなのも、僕を見つけて安心しているからなのだろう。
その無垢な笑顔を見ていると、少し待たせてしまったことを申し訳なく思ってしまう。
かれは猫科の亜人に分類される二つの種族――〈豹人〉と〈猫人〉のうちの、猫人に属していて、戦闘や魔術を得意とする豹人と異なり、手先が器用で魔道具の製造や錬金術に精通している種族だった。
繊細なところもあるけど、陽気で基本的に穏やかな性格を持つ種族だ。ちなみに、大人になっても人間の大人の半分ほどの背丈しかない。
灰色の体毛が特徴的なラティは――ラティフの愛称だ――僕よりひとつ年上だけど、優しくて頼りになる性格で、気軽に話せる数少ない友人のひとりだ。
一緒に戦える仲間がほしいと考えたとき、真っ先に思い浮かべたのがラティだった。
ラティと知り合ったのは、数か月前の薬草拾いで一緒になったときだった。猫人族特有の嗅覚で薬草の場所を見つけていたラティと少しずつ話すようになって、いつしか親友と呼べる間柄になっていた。
子ども特有の――ほとんど直感で友達になるような出会いだったけれど、子どもの直感というモノも侮れない。実際のところ、僕たちはとても気が合った。
そんなラティだけれど、少し驚かされるような過去がある。彼の両親は、かつて帝都に〈蝶花の葉〉でつくられた危険な葉巻を密輸していた犯罪組織の一員だったらしい。
まだ思い出していないだけなのかもしれないけど、〈知識の書〉には、あの犯罪組織のその後について書かれていなかったから、もう存在しないと思っていた。
けど組織が解散したあとも、この帝都に残った者たちがいたのだろう。
ラティは両親の過去について気にしていないのか、軽い失敗体験のように話してくれたことがある。
猫人は陽気で人懐こい種族で知られていたけど、まさかここまで能天気だとは思わなかった。もちろん、悪い意味じゃないよ。
僕たちは並んで市場を歩いて、お気に入りの屋台に向かった。ラティが軽食に選んだのは、いつもの香ばしい牛串焼きだ。
香りだけで食欲がそそられる一品だ。僕たちはそれぞれ牛串を手に、広場の近くにあるテーブルに腰を下ろした。
するとゴーストがテーブルの下から顔を出して、僕の太腿にちょこんと顎をのせて、しっぽを小刻みに揺らす。
もうすっかり大きくなっていて、今では僕の腰に届くほどの体高になっている。このまま成長を続けたら、いずれ僕よりも大きくなりそうだ。
「ほら、これがゴーストのお肉だよ」
そう言って、かれのために特別に香辛料なしで焼いてもらった大きな肉をあげる。ゴーストは目を輝かせながら豪快に食らいつく。
ラティはその様子を見て苦笑いしたあと、肩をすくめてみせる。
「本当に、立派になったな。前はこんな小さかったのにさ」
ラティが手で小さなゴーストを示すような仕草をする。
「うん、僕も驚いているんだ」
笑顔を見せつつも、内心は少し緊張していた。これから話すことは、ラティの反応次第で大変なことになるかもしれないからだ。
「それでさ……」
僕はラティの紺青色の眼を見たあと、意を決したように話し始めた。
「実は……さ、街の外に出て、こっそり迷宮を探索しているんだ」
ラティは目を丸くして、驚いたように一瞬言葉を失ったけど、すぐに表情を緩めてニッコリと笑った。
「もしかして、おれのことを揶揄っているのか?」
ラティの言葉に僕は頭を横に振る。
「まさか、これは本当のことだよ」
かれはじっと僕は見つめながら、モグモグと肉を咀嚼する。
「やっぱりな。ウルなら、それくらいのことはやりかねないって思ってたんだ」
正直なところ、その言葉に僕はホッとした。
それからラティは僕のことをバカにしたり、揶揄ったりせずに、真面目に話を聞いてくれた。
僕たちは子ども特有の幼くも純粋な友情でつながっていて、互いに同じくらい信頼し合っていたのだ。
それは、とても不思議な感覚だった。前世の僕に友人がいたのかは思い出せないけれど、この友情はとても素敵なことに思えた。
こうして僕は頼りになる親友、ラティと秘密を共有することになって、迷宮に挑むための準備を本格的に始めることになった。
もちろん、そのままでは迷宮を探索することはできない。ちょっと魔術が使えるからといって、武器や鎧を軽視することはできない。
剣術だって少しは身につけるべきだ。僕たちには剣術を習得する時間も、装備を揃えるための資金も必要だった。
けれど、それは一朝一夕で手に入れられるモノじゃない。
薬草拾いを続けながら街の外に出掛けては、ウサギを捕まえたり、イノシシを罠にかけて捕まえたりして資金を稼ぐことにした。
都合のいいことに、ラティの両親には狩人の仲間がいたのだ。狩人には街の外に出る特別な許可が与えられている。僕たちはその狩人と契約して、捕まえた獲物を市場で買い取ってもらい、少しずつ資金を貯めていった。
僕たちは毎日のように、朝日が昇るころには抜け道をつかって街の外に出て、森の中に足を踏み入れる。
そして魔術の練習をつづけながら、ウサギやイノシシを捕まえるための罠を仕掛けていく。ラティの両親が寛容で協力的だったことも大きな助けになった。
こうして少しずつだけど、着実にお金が貯まっていった。市場で眺めていた丈夫そうな革の防具や、片手でも扱いやすそうな短剣に手が届く日も近いだろう。
僕たちが手に入れる小さな成功は、迷宮に挑むための糧となるのだ
森での仕事のあとには組合に足を運んで、そこで剣術の訓練を受けるのが日課になった。組合の訓練場では、手練れの傭兵たちが剣戟を響かせながら訓練をしている。
見るからに熟練者ばかりで、はじめて〝本物の剣〟を握ったときには圧倒されたけど、信頼できる人たちが丁寧に教えてくれるおかげで、何とか基本を覚えつつある。
ラティも種族特性の特技を備えていたので、とても頼りになった。〈暗視〉で暗がりでも遠くが見通せるし、〈気配察知〉で周囲の異変にもすぐ気がつく。そして〈消音〉を使えば、足音を殺して静かに動けるんだ。
でも、それだけで迷宮の奥深くへ進むには心細い。
そこで僕たちは市場で〈魔術書〉を手に入れることにした。迷宮由来の魔術書はとにかく高価なモノだけれど、簡単に魔術を習得することができる。
ラティも攻撃に特化した魔術を習得できれば、きっとこれからの探索に役立てられるだろう。でも、そのためにはお金が必要だ。
こうして少しずつ準備を整えていく中で、僕たちは確実に力をつけていくことになった。
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