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第一章:少年期
第11話 迷宮〈第一階層〉
しおりを挟む迷宮の中では、どこまでも深い暗闇が広がっていると思っていた。けれど足を踏み入れると、意外にもぼんやりとした明かりに照らされていた。
遺跡の天井や壁に点々と光が散らばっていて、足元の石畳も微かな光を放っているのが見えた。
足元をじっと見つめると、青白い光を放つ苔が群生しているのが分かった。この特殊な苔が迷宮を照らしているようだ。
ゴーストを連れて暗闇のなかに浮かぶ光の道を歩いていると、心細さが少しだけ和らぐような気がした。
松明やランタンを使わないので、狭い場所でも酸欠や一酸化炭素中毒の心配をする必要がないのは、いいことなのかもしれない。
それに、僕とゴーストには〈暗視〉の魔術がある。この術を使えば暗闇のなかでも――ある程度だけど、自由に動くことができた。
だから、もともと迷宮の暗さは気にしていなかったけど、青白い光に照らされた迷宮は、どこか幻想的で別の世界に来たような気がして胸が高鳴る。
小さなゴーストも光苔を踏みしめながら静かに歩いて、鼻をひくひくさせている。それが危険なモノじゃないか調べてくれているのだろう。とても頼もしい気がする。
僕たちの小さな足音だけが響く迷宮のなかを、ゆっくりと、しかし確実に奥へと進んでいった。
まずは、半地下になっている第一階層を隅々まで歩き回りながら、丁寧に地図を作っていくことにした。
この地図があれば、今後この迷宮を探索するときに迷う心配もなくなるし、後々の階層を攻略するための経験になると思っていた。
そのことをゴーストに説明すると、小さな鼻をクンクン鳴らしながら注意深く周囲を探るようになった。きっとゴーストは人の言葉が理解できる天才なのだ。
やがて鼻を刺すような悪臭が漂ってきた。なんとも言えない腐った肉やカビ臭い土が混ざり合ったような臭いだ。
僕はすぐにその臭いのことを思い出した。以前にもこの臭いを嗅いだことがある。
──間違いない、小鬼たちだ。前に倒したときの記憶が鮮明に蘇ってきて、胸が緊張で締め付けられる。
臭いの発生源が近づいてくるのを感じ取ると、すぐに支柱の影に身を潜めた。ゴーストも素早く僕のとなりに隠れて、耳をぴんと立てて警戒している。
数秒後、重い足音とガサガサとした音が聞こえてくるようになる。
そのまま息を潜めていると、迷宮の青白い光に照らされながら、三体の小鬼が歩いてくるのが見えた。
薄緑色の肌をした醜悪な生物は、それぞれが手に武器を握りしめている。
うち二体は錆びた短剣を持ち、もう一体は太い棍棒のようなモノを引きずっていた。
その小鬼たちは、まるで人間のように言い合いをしていて、その声は不気味なほど高く、耳障りな響きを持っている。
僕たちの存在に気づいていないのか、ひどく無防備だった。まったく警戒していないのだろう。僕は〈気配察知〉を使い周囲の気配を探る。
小鬼たち以外に反応がないことを確認すると、ゴーストに目配せで合図を送った。
ゴーストはすばやく物陰から飛び出し、三体の小鬼たちの前に姿をあらわした。突然あらわれた黒い影に小鬼たちは目を丸くしたけど、「ただの子犬じゃないか」とでも思ったのか、すぐに安堵の表情に変わる。
彼らは互いに顔を見合わせて、耳障りな声で相談を始めた。ゴーストを捕まえる算段を立てているのだろう。
今が好機だ。
僕は体内で練り上げていた魔素を手のひらに集中させて、〈氷礫〉を形成し、一気に射出した。
鏃のように鋭い氷の礫が小鬼たちに向かって一直線に飛んでいき、まず一体目の小鬼の後頭部に深く突き刺さった。血がほとばしり、短い悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。
もう一体の小鬼にも直撃したけど、三体目に向かって放った〈氷礫〉は、ほんの数センチのところで外れて地面に直撃して砕けてしまう。
けど、それも想定の範囲内だった。
はじめてで成功するのは、ある種の才能を持つ者だけだ。
僕は素早くナイフを構えると、刀身に風の刃を纏わせていく。〈風刃〉の魔術で鈍い刃が鋭利な刃物に変わると、足元に力を入れて駆け出す。
僕が狙うのは、〈氷礫〉が外れた小鬼だ。
その小鬼は突然の状況に対処しきれず、混乱したまま立ち尽くしている。すれ違いざまに僕は勢いよく腕を振り、風の刃で一気に斬りつけた。
薄緑色の首が弧を描いて宙を舞うと、頭部を失くした小鬼の身体がその場に崩れ落ちた。
すぐにもう一体の小鬼に視線を向けるが、すでにゴーストが首に咬みついていて、そのまま窒息させていた。
「やっぱりゴーストは天才なのかもしれない」
小鬼たちを仕留めたあと、ふと手元のナイフに目をやると、刀身がひび割れているのが見えた。やはり〈風刃〉の魔術を無理に付与したせいで、その負荷に耐えきれなかったのかもしれない。
数秒後、甲高い鈍い音を立てて刃が砕けて破片が足元に散らばった。
惜しいことをしたけれど、ひとまず脅威は排除できた。僕は深呼吸して気持ちを切り替えたあと、すぐさま周囲に視線を走らせる。
新たな敵がいないか慎重に辺りを確認する。
ゴーストも一緒に耳を立てて、細心の注意を払いながら警戒を続けるけど、どうやらすぐ近くに他の魔物の気配はないようだ。
それから僕たちは小鬼の死骸を処理することにした。このまま放置しておけば、腐敗して悪臭を放ち、他の魔物を呼び寄せかねない。
それに、魔物の心臓の近くには〈魔石〉が形成される。今日はソレを回収するつもりだった。
ちなみに魔石っていうのは、僕が前世で使っていた〈核融合電池〉のように機能するモノだ。〈フードディスペンサー〉とか、〈ホログラム投影機〉とかに挿し込んで使うやつだ。
電池切れになったら外して充電する。その魔石も〈魔道具〉と呼ばれる便利な道具を動かすエネルギー資源として使われる。
たとえば、僕たちは暗くなったらロウソクを使うけれど、貴族の家では魔石で機能する照明器具などが使われている。だから魔石は資源として貴重なモノだったんだ。
でも一体の小鬼から手に入る魔石は小指の爪ほど小さな石で、あまり価値がなかった。
というのも、魔石は魔素が結晶化したものだから、保有する魔素の量が少ない生物から得られる魔石は高が知れているのだ。
でも市場に持って行けば、お小遣い程度の値段で売れるので、きっちり回収する。
それから周囲の土を魔術で少しずつ掘り返して、目立たないよう小鬼たちの身体を埋めることにした。
手際よく作業を進めて、最後に土をならして何もなかったかのように見せかける。これで、あとからやって来る小鬼に発見される心配もないだろう。
処理が終わると、休む間もなく再び探索の準備に取り掛かる。小鬼との遭遇に驚いたけど、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
ゴーストに向かって軽くうなずくと、かれも小さく鳴いて応える。こうして僕たちは闇に包まれた迷宮の奥へと足を進めていった。
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