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第一章:少年期
第6話 思いがけない出会い
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地上に出ると、森に漂う微かに甘く、湿った香りが鼻をくすぐる。僕はその香りを胸いっぱいに吸い込みながら、地下を探索するときに置いてきた小さな籠を拾い上げる。
「異常なし!」
籠の中身を確認して腰に吊るしたあと、水路沿いの石畳の道に向かう。水路は静かな波を立てていて、どこか涼しげな音を響かせている。
前方から何かが近づいてくる気配が感じられたのは、ちょうどそのときだった。
自然と足を止める。もちろん許可証は持っていたけど、国の管理下にある区画にいるからなのか、必要以上に緊張してしまう。
人影が段々と近づくにつれて、それがただの訪問者じゃないことが理解できた。揃った足並み、威風堂々とした騎士たちの姿から重要な立場の人間がいるのだと直感する。
甲冑の音と軽やかな靴音が近づいてきた。視線の先には、数人の騎士と侍女を伴った青いドレスを纏った幼い少女の姿が見えた。
銀白色の髪が日の光を受けて輝いて、繊細なレースの袖が揺れる。
僕はすぐに道のわきに移動して、その場に片膝をついて頭を下げた。心臓の鼓動が耳元で響く。相手は高位の貴族なので、視線を上げることは許されない。僕はただ地面を真直ぐ見つめる。
すると黒い革靴の先が目の前でちょこんと止まる。その足元は小さく華奢で、揃った靴は綺麗に磨かれていた。
「ここで何をしていたの?」
やわらかくて優しい声が耳に届く。
それと同時に、その声は絶対的な権威を帯びているように感じられた。僕は口を開きかけたけど、すぐに閉じた。許可を得る前に話すことはできない。
僕は令嬢のそばに控える者が許可を与えてくれるのを待つ。
付き添いの青年が「答えなさい」と促すと、僕はハッキリと通る声で言った。
「薬草を集めておりました、お嬢さま」
それは堅苦しくて、少々不自然な発音になったけど仕方ない。
貴族さまと話をしたことなんて今まで一度もなかったんだから。
「どうして薬草を?」
令嬢は興味を示し、さらに質問を投げかける。
「錬金術師たちが水薬をつくるために必要なのです」
僕は視線を下げたまま彼女の質問に答える。
すると令嬢の影が微かに揺れるのが見えた。
「ねぇ、顔を見せてくれる?」
その声は優しかったけれど、命令するような響きが込められていた。幼くても彼女は由緒正しい貴族なのだ。
付き添いの青年の許可を得たあと、僕はゆっくりと視線を上げた。
そこに立っていたのは、日の光を受けて銀糸のように輝く長髪と、深い青紫色の瞳を持つ美しい少女だった。彼女の瞳はまるで星空を閉じ込めたかのように輝き、興味深そうに僕のことをじっと見つめていた。
白く滑らかな肌には曇りひとつなく、その存在がこの森の神秘的な雰囲気をさらに際立たせているようだった。
間違いない。彼女こそ〝悪役令嬢ルナリア〟だ。
「それは、なぁに?」
少女が細い指を僕の首元に向ける。
僕は疑問を浮かべながら胸元に手を当てた。すると冷たい金属の感触に触れ、そこでやっと自分がネックレスを身に着けていることに気がついた。
銀に輝く鎖の先には、白銀の羽根に包まれた小さな宝石が揺れていた。
神殿で神々に祈りを捧げたときに、加護と一緒に手に入れたモノなのかもしれない。それなら、この宝石にも護りの効果が秘められている可能性がある。
僕はほとんど無意識にそれを外して、両手で持ってルナリアに差し出した。
「これは、お嬢さまにお譲りします」
突拍子もない行動に思えたが、今はそれが正しいことに思えた。
僕は彼女を守る騎士になると決めたけど、今は彼女のそばにいることはできない。それならせめて、神々の加護で彼女を護っていてもらいたい。そう思ったのだ。
少女の眉が微かに動いて、瞳に驚きの光が宿った。
「でも、それは大切なモノじゃないの?」
「これは父の形見です」
思わず嘘を口にした。
「悪意や邪気を払う守りの魔術が付与されています。これは、お嬢さまにこそ相応しいものだと思います」
令嬢は小さく首をかしげて、躊躇いながらも手を伸ばすが、そこで動きを止めて付き添いの青年に顔を向ける。すると青年は一歩前に進み出た。
「少年、名を訊いても?」
茶髪でも金髪でもない僕の黒髪が珍しいのだろう。青年は僕のことをじろじろと見つめる。
「ウルフェルです」
やさしい風が森の葉を揺らす音が聞こえた。
「オオカミの戦士か……北部の戦士たちが好む名だな。親族に戦狼の血筋が?」
「亡くなった父が、その種族だったと思います」
これは嘘じゃない。僕は遠い記憶を掘り起こすように言葉を紡いだ。
執事服を身につけた青年は、その言葉を吟味するように僕の顔を見つめる。
「では、古の種族に伝わる貴重な遺物なのかもしれない。それでも、お嬢さまに?」
僕は一瞬の迷いもなく「はい」と、しっかり答えた。
青年はネックレスを手に取って危険性がないか調べたあと、ルナリアに手渡してくれた。
すると彼女は感謝の意を込め、ドレスの端を両手でそっと持ち上げる仕草を見せたあと、片足を斜め後ろに引いて、もう片方の足の膝を軽く曲げて腰を落とす。
「ウルフェル、あなたの献身を決して忘れません。どうか、古の神々の加護がありますように」
彼女の言葉のあと、淡い光が全身を包み込んでいくのを感じた。困惑しながらルナリアを見つめると、彼女は優しい表情で微笑んでくれた。
それから一行は静かに森の奥に消えていった。
突然の出会いに驚いたけど、うまく切り抜けられたようだ。そのあと、僕は帰路につくことにした。
彼女の言葉には何かしらの魔術が込められていたのか、探索で疲れていたことすら忘れてしまうほど、身体が軽くなっていた。
「異常なし!」
籠の中身を確認して腰に吊るしたあと、水路沿いの石畳の道に向かう。水路は静かな波を立てていて、どこか涼しげな音を響かせている。
前方から何かが近づいてくる気配が感じられたのは、ちょうどそのときだった。
自然と足を止める。もちろん許可証は持っていたけど、国の管理下にある区画にいるからなのか、必要以上に緊張してしまう。
人影が段々と近づくにつれて、それがただの訪問者じゃないことが理解できた。揃った足並み、威風堂々とした騎士たちの姿から重要な立場の人間がいるのだと直感する。
甲冑の音と軽やかな靴音が近づいてきた。視線の先には、数人の騎士と侍女を伴った青いドレスを纏った幼い少女の姿が見えた。
銀白色の髪が日の光を受けて輝いて、繊細なレースの袖が揺れる。
僕はすぐに道のわきに移動して、その場に片膝をついて頭を下げた。心臓の鼓動が耳元で響く。相手は高位の貴族なので、視線を上げることは許されない。僕はただ地面を真直ぐ見つめる。
すると黒い革靴の先が目の前でちょこんと止まる。その足元は小さく華奢で、揃った靴は綺麗に磨かれていた。
「ここで何をしていたの?」
やわらかくて優しい声が耳に届く。
それと同時に、その声は絶対的な権威を帯びているように感じられた。僕は口を開きかけたけど、すぐに閉じた。許可を得る前に話すことはできない。
僕は令嬢のそばに控える者が許可を与えてくれるのを待つ。
付き添いの青年が「答えなさい」と促すと、僕はハッキリと通る声で言った。
「薬草を集めておりました、お嬢さま」
それは堅苦しくて、少々不自然な発音になったけど仕方ない。
貴族さまと話をしたことなんて今まで一度もなかったんだから。
「どうして薬草を?」
令嬢は興味を示し、さらに質問を投げかける。
「錬金術師たちが水薬をつくるために必要なのです」
僕は視線を下げたまま彼女の質問に答える。
すると令嬢の影が微かに揺れるのが見えた。
「ねぇ、顔を見せてくれる?」
その声は優しかったけれど、命令するような響きが込められていた。幼くても彼女は由緒正しい貴族なのだ。
付き添いの青年の許可を得たあと、僕はゆっくりと視線を上げた。
そこに立っていたのは、日の光を受けて銀糸のように輝く長髪と、深い青紫色の瞳を持つ美しい少女だった。彼女の瞳はまるで星空を閉じ込めたかのように輝き、興味深そうに僕のことをじっと見つめていた。
白く滑らかな肌には曇りひとつなく、その存在がこの森の神秘的な雰囲気をさらに際立たせているようだった。
間違いない。彼女こそ〝悪役令嬢ルナリア〟だ。
「それは、なぁに?」
少女が細い指を僕の首元に向ける。
僕は疑問を浮かべながら胸元に手を当てた。すると冷たい金属の感触に触れ、そこでやっと自分がネックレスを身に着けていることに気がついた。
銀に輝く鎖の先には、白銀の羽根に包まれた小さな宝石が揺れていた。
神殿で神々に祈りを捧げたときに、加護と一緒に手に入れたモノなのかもしれない。それなら、この宝石にも護りの効果が秘められている可能性がある。
僕はほとんど無意識にそれを外して、両手で持ってルナリアに差し出した。
「これは、お嬢さまにお譲りします」
突拍子もない行動に思えたが、今はそれが正しいことに思えた。
僕は彼女を守る騎士になると決めたけど、今は彼女のそばにいることはできない。それならせめて、神々の加護で彼女を護っていてもらいたい。そう思ったのだ。
少女の眉が微かに動いて、瞳に驚きの光が宿った。
「でも、それは大切なモノじゃないの?」
「これは父の形見です」
思わず嘘を口にした。
「悪意や邪気を払う守りの魔術が付与されています。これは、お嬢さまにこそ相応しいものだと思います」
令嬢は小さく首をかしげて、躊躇いながらも手を伸ばすが、そこで動きを止めて付き添いの青年に顔を向ける。すると青年は一歩前に進み出た。
「少年、名を訊いても?」
茶髪でも金髪でもない僕の黒髪が珍しいのだろう。青年は僕のことをじろじろと見つめる。
「ウルフェルです」
やさしい風が森の葉を揺らす音が聞こえた。
「オオカミの戦士か……北部の戦士たちが好む名だな。親族に戦狼の血筋が?」
「亡くなった父が、その種族だったと思います」
これは嘘じゃない。僕は遠い記憶を掘り起こすように言葉を紡いだ。
執事服を身につけた青年は、その言葉を吟味するように僕の顔を見つめる。
「では、古の種族に伝わる貴重な遺物なのかもしれない。それでも、お嬢さまに?」
僕は一瞬の迷いもなく「はい」と、しっかり答えた。
青年はネックレスを手に取って危険性がないか調べたあと、ルナリアに手渡してくれた。
すると彼女は感謝の意を込め、ドレスの端を両手でそっと持ち上げる仕草を見せたあと、片足を斜め後ろに引いて、もう片方の足の膝を軽く曲げて腰を落とす。
「ウルフェル、あなたの献身を決して忘れません。どうか、古の神々の加護がありますように」
彼女の言葉のあと、淡い光が全身を包み込んでいくのを感じた。困惑しながらルナリアを見つめると、彼女は優しい表情で微笑んでくれた。
それから一行は静かに森の奥に消えていった。
突然の出会いに驚いたけど、うまく切り抜けられたようだ。そのあと、僕は帰路につくことにした。
彼女の言葉には何かしらの魔術が込められていたのか、探索で疲れていたことすら忘れてしまうほど、身体が軽くなっていた。
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