悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第1話 はじまり

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 この物語を始める前に、まず自分についていくつか話したておきたいことがある。名前はウルフェル。決まった愛称はない、ウルでも、フェルでも、好きに呼んでくれて構わない。

〈ディレンニ帝国〉の首都アリオンで生活していて、父親がいないことを除けば、一般的な家庭で母親とふたりで何とか暮らしている貧しい少年だ。

 もちろん、この〝物語〟の主人公になろうとしているのだから、ただの少年ではない。

 それがいつのことだったのかは思い出せないけれど、気がついたときには前世の記憶を思い出していた。

 どうやら僕は日本と呼ばれる国で生まれ育った人間のようだ。記憶は定かじゃないけど、いわゆる異世界転生というやつだ。

 前世の記憶が突然戻ってきた、というわけでもなく、今の記憶と徐々に融合しているような感覚だ。だから時々、前世のことを思い出して混乱するけれど、以前の自分が失われるというような喪失感もない。

 ただ困ったことがひとつだけある。異世界転生といえば、死後に女神さまと対面して、そこで転生について教えてもらったり、特殊な技能を授かったりするものだった。

 でも僕の場合、そういった特典は得られなかったんだ。

 突然、見知らぬ世界に放り込まれた。ということになるけど、記憶を取り戻していく過程で、どうやらそうではないってことが分かってきた。

 僕はこの世界のことを知っていた。読書家だった前世の僕は、よく〈旧帝国図書館〉に通っていた。そこで夢中になって読んだ『王国の繁栄と衰退』で語られる世界に転生したと分かったんだ。

 難しそうな話に思えるけど、実際に難しい本だった。滅んだ王国や帝国について書かれていて、登場人物は多く複雑で、注釈の量も異常だった。気分が乗らないときには、いくら読んでも物語が頭に入ってこない、そういう種類の本だった。

 その本のことを思い出した日に、僕は熱を出して寝込んでしまった。というのも、このまま未来が変わらなければ、帝国にとって重要な人が失われることになって、その影響で――僕と母さんを含め、街の人々の多くが死ぬことになる。

 その世界に転生したと確信が持てたのは、皇帝の息子、〈カ=ディレン・ダリオン〉の名で知られた皇子と、〈エイリーク=ロズブローク・ルナリア〉の婚約の報せが前世の記憶と結びついたからだ。

 この世界には多くの種族が存在している。獣人種族や爬虫類系の亜人など、そのなかで最も魔術の扱いに長けた種族が、この帝国を統べる〈カ=ディレン〉という種族だった。

 そう、この世界には魔術が存在するのだ!

 とにかく、この〈カ=ディレン〉という種族は横暴で、何よりも醜い種族だった。僕は本を読んでいるから知っているけれど、かれらはセイウチに似た水棲生物を起源とする種族だったんだ。普段は〈擬態〉の魔術で人間と変わらない姿をしているけれど……

 数年後、ルナリアは皇子に婚約破棄され、いわれのない罪を着せられ処刑されることになる。

 ルナリアという女性は非常に美しく、あまりにも怜悧であるため、人々に女神ともてはやされていたが、本当は自分に与えられた役割を必死にこなしてきた健気な女性だった。しかしそれがいけなかったのだろう。誰もが彼女のように高潔ではなかった。

 そして辺境の貧しい貴族の娘に罪を着せられ、彼女は処刑されてしまう。ひどい話だが、貴族社会とはそういうものだ。盤上から蹴落とされてしまう愚か者が悪いのだ。

 そしてこの事件がキッカケになって、各勢力の均等が崩れて内乱に発展して、帝国の政治は大きく乱れることになる。

 その混乱に乗じて――もはや、お決まりの展開だが――隣国が戦争をしかけてくる。そして戦争の準備すらできていなかった帝国は、野蛮な種族に首都まで攻められることになり、僕たちの暮らす街は蹂躙されてしまう。

 つまり、どうにかして未来を変えなければ、僕と母さんも戦争に巻き込まれてしまうというわけだ。僕は特殊な技能を持ち合わせていないけれど、この世界の知識を持っている。いや……あるいは、それが僕に与えられた特殊技能チートなのかもしれない。

 一般的に前世の記憶は失われていくモノだけど、僕は徐々に思い出していく。そして思い出したことは絶対に忘れたりしない。

 ちなみに、逃げるという選択肢がないことは先に知っておいてほしい。帝国市民に自由はなく、僕らは自らの意思で街や国から出ていくことはできないんだ。

 つまり、僕は与えられた手札で勝負するしかない。

 そこで僕が選択したのは、〝悪役令嬢ルナリア〟の断罪を止めることだった。

 いくつかの選択肢があることは知っている。この世界には魔術があり、魔物がいて、その恐ろしい魔物を退治する人々がいる。僕は持てる限りの知識を使い、魔物退治の専門家になり、英雄になって市民以上の権利を手にして国を出ていくこともできる。

 けれど僕はその手札を選ばない。理由はいくつもあるけれど、単純に僕はルナリアのことを救いたかったんだ。

 彼女はあの小難しい本で僕が気に入っていた数少ない登場人物のひとりで、どうしても彼女を死なせたくなかった。彼女が作中でどのような扱いを受けていたとしても……あるいは悪役などとさげすまれていようと関係ない。彼女の高潔さと美しさを僕は知っている。

 彼女は若くして皇子との政略結婚が決まり、そこから国母となるべく血の滲むような努力を重ねることになる。

 皇子の婚約者として、また公爵令嬢として、貴族としての当然の立ち居振る舞いを身に着けるだけでなく、勉学や魔法、外交に必要とされる知識など、皇女として必要な技能を習得していかなければいけない。たとえ、最悪な結末が待っていようと。

 そして彼女の最期は――。

 だからこそ僕は、悪役令嬢ルナリアを救う道を選んだ。もちろん、下心がないと言えば嘘になる。彼女と直接話せる機会があれば、ぜひとも話をしてみたいし、あの美しい青紫の瞳に見つめられたい。

 ただ、それ以上のことは望んでいない。現実的に考えれば名もない帝国市民が公爵令嬢と恋仲になることなんてあり得ないからだ。そもそも、僕は物語に登場すらしていないただの市民なのだから……。

 でも名もなき市民でも、僕には知識と言う特殊技能チートがある。それを使えば、きっと運命すらも、この手に引き寄せることが出来るだろう。そしていつか僕は母親を救い、そしてあの哀れな少女を牢獄から救いだせるかもしれない。

 これは、そういう物語なのだ。
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