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4日目
①
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悲鳴で目が覚めるという最悪の事態であった。佑月は飛び起きた。すぐに隣のベッドを確認する。山峯の姿はなかった。
彼女はすぐさま部屋を飛び出して山峯の名前を呼んだ。悲鳴がどこから聞こえたかは分からない。これで彼女のみに何かあればまた自分が疑われるのだろうと、佑月はそんなことを考えた。
階段から足音がする、と見ていれば出てきたのは小田と名村だった。
「亀山さん、無事だったんだね」
「でも、山峯さんがいなくて」
なんてこった、と名村が頭をかく。
「上のフロアにはいなかったから、この階を探そう。危ないから亀山さんは部屋に戻ってて」
小田の毅然とした態度に気圧されて彼女はすごすごと自室に戻った。
一人で待っている時間は心細く、しかし案外長くはなかった。
扉を控えめにノックする音が聞こえる。彼女が返事をすればそこにいたのは山峯を伴った名村だった。山峯は顔面蒼白である。
「小田君は飲み物を取りに行ってるから、山峯さんのことお願いね」
名村はそれだけ言うと部屋を出ていこうとする。彼女が近づけば彼は小さな声で「あとで」と言った。
今度は佑月が彼女の背中をさする番だった。肉付きのいい背中だが、触れても一向に体温を感じないような気がした。一方的にシーツでも撫でているかのようだった。
山峯を寝かせて佑月たちは隣の部屋に集合する。そこには講師の西住がいたが、その姿を見た瞬間に佑月は悲鳴を上げてしまいそうだった。
彼女のジャージが血にまみれていたのだ。顔はどこを見ているのか分からない。うっすらと笑みを浮かべている。
「西住さん、本当にあなたが木原さんを?」
小田の言葉に佑月は再度息をのんだ。名村もこちらを見て困惑の表情を共有する。
西住は笑った。
「だってあたし見たの。あの女が別の女を殺してた。だって、殺人犯だよ? 殺さないとあたしが殺されるでしょ」
西住が顔を上げた。ぎょっとするほど目が輝いている。
「あたし何か間違ったことした?」
佑月は何も答えられなかった。
「木原さんを刺した彼女をちょうど山峯さんが見つけたみたいで」
「一体何が起こっているんだ?」
名村が大袈裟に声を上げて頭を振る。
「木原さんがいなくなったら長谷さんが余計に混乱しそう。何か言い訳を考えないと」
それもそうだ、と小田がため息をついた。自分が彼女の部屋に行くことになるのだろう、と佑月もため息をつきたい気持ちだった。
「じゃあ、長谷さんの所には僕と、念のため亀山さんにも一緒に行ってもらおうかな。気まずいとは思うけど、僕だけで行くと警戒して余計におかしなことになりかねないから。名村君は野瀬君への事情説明をお願いしてもいいかな」
「分かった。とは言え彼が部屋にいるか怪しい。今朝は物音一つしなかったから」
結局のところ二人が彼女の部屋にたどり着くことはなかった。彼女は食堂で野瀬と共に息絶えていたのだから。
佑月は膝から崩れ落ちた。それを小田が抱きかかえる。
「部屋に戻ろう、亀山さん。明日には迎えが来るから。それまでの我慢だ」
彼はあえぐようにそう言った。
抱きかかえるように部屋に戻ってきた佑月を見て山峯はわなわなと震えた。
「何があったの!」
その言葉は佑月を心配しているものではなかった。これ以上一体どんな悲劇が我らに降りかかるのかと、そう言いたげな言葉だった。
二人は口を噤む。しかしそれは彼女の不安を増長させるだけだった。山峯は突如として悲鳴を上げて佑月たちを押しのけて駆け出して行った。
「山峯さん!」
佑月は彼女の背を追って走り出した。これ以上誰かがいなくなることに耐えられなかった。
しかし施設を出た山峯の姿をすぐに見失ってしまう。
「僕はこっちを探すから。でも亀山さんも無茶しないで」
それに返事したかどうか。彼女は無我夢中で探した。山峯さえ見つけることができれば、この最悪な夢をようやく受け入れられるような気がした。
雨に濡れた体ではそう長く探すことはできない。彼女は体を引きずって施設に戻った。歩くたびに靴がぐちゅりと嫌な音を立てる。彼女は真っすぐに部屋に向かった。
部屋に入ろうとドアノブに手を伸ばしたそのときだった。後ろからものすごい勢いで何かがぶつかってきた。なす術のない彼女は吹き飛ばされる。刺されたのかと思ったが、床に体を打ち付けた以上の痛みは襲ってこなかった。
と、安堵したのもつかの間、体を仰向けにされて首を圧迫される。
そこにいたのは名村だった。
「俺はやってない、だからお前がやったんだろ!」
彼の目は正気とは思えないほど見開かれていた。食道の死体たちを見たのだろう、と彼女は思った。
首が締まる。まるで無機物みたいな音がするんだと馬鹿みたいなことを考える。
必死で抵抗する理性の方は名村の手を外そうともがいた。しかしびくともしない。なんて無力なのかと彼女は涙を流す。
ところが突然名村が倒れる。その後ろにいたのは小田だった。彼はもう一度名村を殴りつけると佑月の手を取って走り出した。
彼女はすぐさま部屋を飛び出して山峯の名前を呼んだ。悲鳴がどこから聞こえたかは分からない。これで彼女のみに何かあればまた自分が疑われるのだろうと、佑月はそんなことを考えた。
階段から足音がする、と見ていれば出てきたのは小田と名村だった。
「亀山さん、無事だったんだね」
「でも、山峯さんがいなくて」
なんてこった、と名村が頭をかく。
「上のフロアにはいなかったから、この階を探そう。危ないから亀山さんは部屋に戻ってて」
小田の毅然とした態度に気圧されて彼女はすごすごと自室に戻った。
一人で待っている時間は心細く、しかし案外長くはなかった。
扉を控えめにノックする音が聞こえる。彼女が返事をすればそこにいたのは山峯を伴った名村だった。山峯は顔面蒼白である。
「小田君は飲み物を取りに行ってるから、山峯さんのことお願いね」
名村はそれだけ言うと部屋を出ていこうとする。彼女が近づけば彼は小さな声で「あとで」と言った。
今度は佑月が彼女の背中をさする番だった。肉付きのいい背中だが、触れても一向に体温を感じないような気がした。一方的にシーツでも撫でているかのようだった。
山峯を寝かせて佑月たちは隣の部屋に集合する。そこには講師の西住がいたが、その姿を見た瞬間に佑月は悲鳴を上げてしまいそうだった。
彼女のジャージが血にまみれていたのだ。顔はどこを見ているのか分からない。うっすらと笑みを浮かべている。
「西住さん、本当にあなたが木原さんを?」
小田の言葉に佑月は再度息をのんだ。名村もこちらを見て困惑の表情を共有する。
西住は笑った。
「だってあたし見たの。あの女が別の女を殺してた。だって、殺人犯だよ? 殺さないとあたしが殺されるでしょ」
西住が顔を上げた。ぎょっとするほど目が輝いている。
「あたし何か間違ったことした?」
佑月は何も答えられなかった。
「木原さんを刺した彼女をちょうど山峯さんが見つけたみたいで」
「一体何が起こっているんだ?」
名村が大袈裟に声を上げて頭を振る。
「木原さんがいなくなったら長谷さんが余計に混乱しそう。何か言い訳を考えないと」
それもそうだ、と小田がため息をついた。自分が彼女の部屋に行くことになるのだろう、と佑月もため息をつきたい気持ちだった。
「じゃあ、長谷さんの所には僕と、念のため亀山さんにも一緒に行ってもらおうかな。気まずいとは思うけど、僕だけで行くと警戒して余計におかしなことになりかねないから。名村君は野瀬君への事情説明をお願いしてもいいかな」
「分かった。とは言え彼が部屋にいるか怪しい。今朝は物音一つしなかったから」
結局のところ二人が彼女の部屋にたどり着くことはなかった。彼女は食堂で野瀬と共に息絶えていたのだから。
佑月は膝から崩れ落ちた。それを小田が抱きかかえる。
「部屋に戻ろう、亀山さん。明日には迎えが来るから。それまでの我慢だ」
彼はあえぐようにそう言った。
抱きかかえるように部屋に戻ってきた佑月を見て山峯はわなわなと震えた。
「何があったの!」
その言葉は佑月を心配しているものではなかった。これ以上一体どんな悲劇が我らに降りかかるのかと、そう言いたげな言葉だった。
二人は口を噤む。しかしそれは彼女の不安を増長させるだけだった。山峯は突如として悲鳴を上げて佑月たちを押しのけて駆け出して行った。
「山峯さん!」
佑月は彼女の背を追って走り出した。これ以上誰かがいなくなることに耐えられなかった。
しかし施設を出た山峯の姿をすぐに見失ってしまう。
「僕はこっちを探すから。でも亀山さんも無茶しないで」
それに返事したかどうか。彼女は無我夢中で探した。山峯さえ見つけることができれば、この最悪な夢をようやく受け入れられるような気がした。
雨に濡れた体ではそう長く探すことはできない。彼女は体を引きずって施設に戻った。歩くたびに靴がぐちゅりと嫌な音を立てる。彼女は真っすぐに部屋に向かった。
部屋に入ろうとドアノブに手を伸ばしたそのときだった。後ろからものすごい勢いで何かがぶつかってきた。なす術のない彼女は吹き飛ばされる。刺されたのかと思ったが、床に体を打ち付けた以上の痛みは襲ってこなかった。
と、安堵したのもつかの間、体を仰向けにされて首を圧迫される。
そこにいたのは名村だった。
「俺はやってない、だからお前がやったんだろ!」
彼の目は正気とは思えないほど見開かれていた。食道の死体たちを見たのだろう、と彼女は思った。
首が締まる。まるで無機物みたいな音がするんだと馬鹿みたいなことを考える。
必死で抵抗する理性の方は名村の手を外そうともがいた。しかしびくともしない。なんて無力なのかと彼女は涙を流す。
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