雨の向こう側

サツキユキオ

文字の大きさ
上 下
5 / 16
1日目

しおりを挟む
 今回の参加者は男性三人、女四人の計七人であった。他に講師が二人、どちらも女である。男が多いことに彼女は少なからず驚いていた。しかも断食が必要そうな体系は一人だけであり、一人は筋肉質、一人は細身であった。その細身の男が「スバル」である。
 いきなりあだ名で呼び合うような親しい間柄、というわけではない。プログラムの方針で、参加者たちはそれぞれ「呼ばれたい名前」で自己紹介することになっていた。心身を解放するために必要な儀式である、と講師は当たり前のように告げた。なんて馬鹿馬鹿しい! と思い切って叫ぶ度胸などあるはずもない。彼女はごくありふれた「カメちゃん」というあだ名をネームプレートに書き込むほかなかった。
 思えば彼女はこの時点で得体のしれない恐怖に襲われていたのだ。しかも現在はひどく腹を空かせており、初日にしてこの合宿への印象は最悪と言わざるを得ない。
「僕も一人で過ごす方が楽なたちなので、少し息抜きに来ました」
 彼女の言わんとしていることが分かったのか、彼はいたずらっぽくそう言った。
「カメちゃんはどうしてこの合宿に来たんですか?」
 月並みな問いかけだが、彼女にとっては少し答えづらい。
「えっと、自分を変えたくて的な」
「断食すると世界観変わるって言いますもんね」
 スバルは別段馬鹿にする様子もなくそう言った。
「僕は経験を積んでおくか、くらいの軽い気持ちで参加しました。元々食べることがそんなに好きではないので、断食には興味があったんです。一度くらい食事を断ってみようと思って。自分でやるとなると難しいですからね」
 彼のあっけらかんとした言葉に救われた気がした。彼だけが昨日までの日常からこの会場に飛び込んだ、佑月と同じ哀れな被害者であるように思えた。
 四人一部屋のあの部屋はひどく息が詰まる場所だった。他の三人、「あーちゃん」「きーちゃん」「ミンミン」はこの経験が人生を180度変えるのだと信じて疑わないようだった。佑月のような中途半端な志の方が異質なのだろう。この場に来るにあたって彼女たちはあらゆる予習を済ませたらしい。部屋に戻るなりそれぞれの蘊蓄を語り持論を展開した。ところが佑月に語るべき知識などあるはずもなかった。話の流れを止めないように曖昧に頷くしかなかった。
 ここで佑月に自分自身を受け入れられる強さと素直さがあれば違ったのだろう。彼女がもう少し世渡り上手であれば──こういった集団行動で彼女は自身の欠点を強く自覚してしまう──無知であることを打ち明けることができていれば。何も知らないというアドバンテージを生かして彼女たちの見識の深さをおだて称えて懐に潜り込むことができるのだろう。しかし彼女は不器用で、ある意味では素直であった。知識がないというよりは興味がないことの方が問題だったのだろう。気持ちの乗らない相槌は徐々に彼女の無知を彼女らの眼前に晒しだす結果となった。空腹であることも相まって、佑月から彼女たちに向けられる言葉はどこまでも空虚であった。彼女らの視線に批判や嫌悪が混ざっているような気がして、佑月は逃げるように部屋を出ていったのである。
「あとほら、この合宿安かったから」
「あ、同じです。私もそれが決め手でした」
 金銭感覚、という絶対的な価値観。その相似は二人の距離感を一気に縮めるものであった。
「お試しでこの金額ならいいかなって」
 そうそう! と言ってスバルは笑う。童顔な彼の笑った顔は誰が見ても好ましいものだろう。彼女にとっては彼が完全無欠なものに見えた。見えないものに縋りたくてやってきた彼女と、単に人生経験の一つとしてやってきた彼とでは何かが天と地ほど違う気がした。
「5日間っていうのはちょっとネックでしたけど、まあ一生に一度の体験だと思えば」
「友達紹介だけ、っていうのが怪しさ満点でしたけど」
「ああ、僕もそう思いました。でも案外普通で」
 不安が共有できるというのは驚くほど佑月の口を軽くした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

中学生捜査

杉下右京
ミステリー
2人の男女の中学生が事件を解決していく新感覚の壮大なスケールのミステリー小説!

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

後宮生活困窮中

真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。 このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。 以下あらすじ 19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。 一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。 結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。 逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 遠山未歩…和人とゆきの母親。 遠山昇 …和人とゆきの父親。 山部智人…【未来教】の元経理担当。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

女子高生探偵:千影&柚葉

naomikoryo
ミステリー
【★◆毎朝6時更新◆★】名門・天野家の令嬢であり、剣道と合気道の達人——天野千影。  彼女が会長を務める「ミステリー研究会」は、単なる学園のクラブ活動では終わらなかった。  ある日、母の失踪に隠された謎を追う少女・相原美咲が、  不審な取引、隠された地下施設、そして国家規模の陰謀へとつながる"闇"を暴き出す。  次々と立ちはだかる謎と敵対者たち。  そして、それをすべて見下ろすように動く謎の存在——「先生」。  これは、千影が仲間とともに"答え"を求め、剣を抜く物語。  学園ミステリー×クライムサスペンス×アクションが交錯する、極上の戦いが今、始まる——。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

処理中です...