雨の向こう側

サツキユキオ

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1日目

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 ヨガ教室の日程は5日間。会場は最寄りの駅から30分以上かけてたどり着いた合宿施設だ。良く言えば自然に囲まれた、もっと言えば人里離れた山奥である。断食──ファスティングというらしい──とヨガによって心身共にリフレッシュする、というのがこの合宿の目的であった。
 今朝までは彼女の心の中に希望があったのだ。切り開かれた山から降り注ぐ朝日に目を細めて、これからのことに思いを馳せたのだ。ここで自分は変われると、理想の人間になれると心を高鳴らせてこの施設に足を踏み入れた。
 その結果、彼女はひどい空腹のために惨めさに押しつぶされそうになっているのである。こんなところに来なければ良かったとバルコニーから外を眺めて心底後悔しているのだ。別段降りしきる雨は気持ちを落ち込ませるだけであり、夜の森はただ不安と悲愴感を増長させるだけであった。このまま雨に溶けてしまえればいいのにと彼女はもう何度目かのため息をついた。
「あれ? 『カメちゃん』?」
 声に彼女は振り返る。爽やかな笑顔を見せてこちらに近づいてくる男も参加者の一人であった。
 彼は「スバル」と名乗った。本名かどうかは知らない。参加者は全員「呼ばれたい名前」で名乗ることを義務付けられた。ひどく馬鹿げたシステムだと思ったが、逆らう訳にもいかなかった。「カメちゃん」というのが佑月のそれであり、ありきたりな彼女のあだ名である。
「『スバル』さん、こんばんは」
「一人ですか?」
 彼はごく自然に隣にやって来る。
 「スバル」は出会った瞬間から今まで好印象を保っている男だった。年は佑月と同じくらい、20代後半だろう。表情や態度のどれを取っても好青年としか言いようがなかった。瞳は美しいハシバミ色で、どこまでも透き通っていた。見つめていると吸い込まれそうになるほどだった。
 だからこそ佑月は彼のことが苦手だった。今まで出会ったことのない人間である。彼女は人に興味がなく、それゆえか一つでも他人に嫌悪感を抱くとすぐに相手を見限ってしまう。ところがスバルには嫌悪する部分が何一つなく、彼女は未だに彼との距離感がつかめずにいた。
「はい、ちょっと一人になりたくて」
 適当に、それらしいことを言う。間違っても「腹減ったから」と口にすることはできなかった。もし彼がこのプログラムに並々ならぬ決意を以て──佑月以外の女性メンバーたちがそうであるように──参加しているとあれば、彼女の気持ちなど理解されるはずもないのだ。
「大部屋は苦手ですか?」
 彼の言葉に佑月は曖昧な返事をした。
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