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1日目
③
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梅雨らしいと言ってしまえばそれまでであるが、少なくとも朝から降り続く雨に彼女は一切の風情を感じなかった。バルコニーから見える景色は鬱蒼とした森ばかりであった。実際に見えるそれは建物から漏れる明かりに照らされる森の一部分であり、雨に濡れた葉はテラテラと不気味に光を反射している。木々の陰は墨で塗りつぶしたように真っ黒だった。人工的な光に照らされた葉と、墨のような暗闇。はっきりとした陰影は見ていると目がおかしくなってしまいそうだった。
雨に打たれる森を彼女はずっと眺めていた。あるいは彼女は何も見ていなかった。バルコニーの手すりにもたれかかる。絶え間なく降り続ける雨音は体を突き抜けていくようだった。時折風が吹き、顔に雨の飛沫がかかる。その冷たさに彼女は身をすくめた。
亀山佑月(カメヤマユヅキ)は惨めさに押しつぶされそうだった。現代社会においてこんなに惨めな思いをすることがあるのかと絶望していた。それは朝から降り続く陰鬱な雨のせいでも、目の前に広がる暗闇のせいでもない。
彼女はひどく空腹だった。それは今までに感じたことのないほどの苦しみを伴うものであり、さらに悪いことに彼女の窮地は他ならぬ彼女自身が望んだことでもあった。
佑月は友人の紹介で断食プログラムに参加していた。
思えばあのときは自暴自棄になっていたのだ。職場のくだらない人間関係に疲れて仕事を辞めた。少なくとも佑月は今でもそう思っている。しかしあのつまらない彼女たちは完全に勝利したと思っているのだろう。
自分自身では一向に理由が分からないのであるが、佑月はとにかく人から恨まれることが多かった。相手はとにかく訳の分からない主張をし、そして不可思議なことにそれらの言い分はまるで疑う余地もなく正しいものであるかのように彼女を責め立てるのである。職場の女たちの言うことはどれも意味不明で会話としての整合性の取れていないものばかりであった。ゆえに佑月は全くと言っていいほど取り合わなかったのだが、どうやらそれが彼女たちの怒りに油を注いだようだ。
結果として彼女は職場での居場所を追われたのである。彼女たちはそういったことにはよく頭が回った。いかに立ち回れば佑月の立場が悪くなるかを理解し、また自身たちの厄介さ──彼女たちはあくまで正義をふるっているだけであり、悪は佑月の方だった──を利用して上司に取り入った。
厄介な彼女たちの口を塞ぐ最も手っ取り早い方法は佑月が姿を消すことだった。彼女はなす術もなく会社を追われることになったのだ。
友人に出会ったのは会社を辞めてから一週間後のことであった。彼女は大学の友人だった。会社を辞めさせられたことでひどく落ち込んでいた彼女にとって、友人からの久しぶりの連絡は舞い上がるほど嬉しいものであった。
カフェに集まりまずはなんでもない会話から、とはいえ話すことと言えば近況報告が定石である。佑月は現状を洗いざらい白状するしかなかった。友人はいつの間にか聞き上手になっていた。佑月は己の胸の内をさらけだした。
そのときに勧められたのがこのヨガ教室だった。
佑月は自分自身に少なからず危機感を抱いていた。今までの人生において人間関係に苦労しなかった試しがなかった。人間性に問題があるのではないか、彼女は薄々そう思っていた。
本来の彼女であればこういった集まりはむしろ忌避する傾向にあった。どこかスピリチュアルな雰囲気を纏った類のものに苦手意識を持つ側の人間であると自負していた。目に見えない何かを信じるということがどうしてもできないでいた。
しかしそんな彼女であっても、どうしてもそういったものに縋りたくなる瞬間が訪れるのである。
あれよあれよという間に佑月は申し込みを済ませていた。
雨に打たれる森を彼女はずっと眺めていた。あるいは彼女は何も見ていなかった。バルコニーの手すりにもたれかかる。絶え間なく降り続ける雨音は体を突き抜けていくようだった。時折風が吹き、顔に雨の飛沫がかかる。その冷たさに彼女は身をすくめた。
亀山佑月(カメヤマユヅキ)は惨めさに押しつぶされそうだった。現代社会においてこんなに惨めな思いをすることがあるのかと絶望していた。それは朝から降り続く陰鬱な雨のせいでも、目の前に広がる暗闇のせいでもない。
彼女はひどく空腹だった。それは今までに感じたことのないほどの苦しみを伴うものであり、さらに悪いことに彼女の窮地は他ならぬ彼女自身が望んだことでもあった。
佑月は友人の紹介で断食プログラムに参加していた。
思えばあのときは自暴自棄になっていたのだ。職場のくだらない人間関係に疲れて仕事を辞めた。少なくとも佑月は今でもそう思っている。しかしあのつまらない彼女たちは完全に勝利したと思っているのだろう。
自分自身では一向に理由が分からないのであるが、佑月はとにかく人から恨まれることが多かった。相手はとにかく訳の分からない主張をし、そして不可思議なことにそれらの言い分はまるで疑う余地もなく正しいものであるかのように彼女を責め立てるのである。職場の女たちの言うことはどれも意味不明で会話としての整合性の取れていないものばかりであった。ゆえに佑月は全くと言っていいほど取り合わなかったのだが、どうやらそれが彼女たちの怒りに油を注いだようだ。
結果として彼女は職場での居場所を追われたのである。彼女たちはそういったことにはよく頭が回った。いかに立ち回れば佑月の立場が悪くなるかを理解し、また自身たちの厄介さ──彼女たちはあくまで正義をふるっているだけであり、悪は佑月の方だった──を利用して上司に取り入った。
厄介な彼女たちの口を塞ぐ最も手っ取り早い方法は佑月が姿を消すことだった。彼女はなす術もなく会社を追われることになったのだ。
友人に出会ったのは会社を辞めてから一週間後のことであった。彼女は大学の友人だった。会社を辞めさせられたことでひどく落ち込んでいた彼女にとって、友人からの久しぶりの連絡は舞い上がるほど嬉しいものであった。
カフェに集まりまずはなんでもない会話から、とはいえ話すことと言えば近況報告が定石である。佑月は現状を洗いざらい白状するしかなかった。友人はいつの間にか聞き上手になっていた。佑月は己の胸の内をさらけだした。
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本来の彼女であればこういった集まりはむしろ忌避する傾向にあった。どこかスピリチュアルな雰囲気を纏った類のものに苦手意識を持つ側の人間であると自負していた。目に見えない何かを信じるということがどうしてもできないでいた。
しかしそんな彼女であっても、どうしてもそういったものに縋りたくなる瞬間が訪れるのである。
あれよあれよという間に佑月は申し込みを済ませていた。
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