雨の向こう側

サツキユキオ

文字の大きさ
上 下
1 / 16
1日目

しおりを挟む
 午前8時のJ駅で人々は下車する。亀山佑月は人の多さに少なからず驚いた。ゆっくりと出口へ流れていく人々に紛れて彼女も下車する。田舎の寂れた駅だと思っていたが近年建て替えたのだろう、ホームはガラス張りでありエレベーターも完備されている。黒くつやのある鉄筋が丸見えの、現代的なデザインだ。しかしそのガラス越しに見えるのは間近に迫る崖であり、反対側もただただ住宅街の屋根が並んでいるだけである。
 J駅舎は2階建てだった。遮断機が不要になるようにと線路を高架化しており、隣接する駅も同様に2階にホームがある。佑月は人が流れるままに進んだ。白く清潔な階段を下りていく。肩が触れ合うほど近くにいるというのに誰も話をしない。雑踏だけが白い壁に吸い込まれている。まるで夢の中で誰かに抱きかかえられているかのようだった。佑月は何も考えすに階段を下りて行った。壁には時折サムホールの絵が飾られているが、彼女には絵の良し悪しは分からなかった。
 改札はたった二つしかなかった。人の流れはより緩慢になる。まどろむように減速した人々は、しかしそれでも大人しく順番を待った。隣人との間隔は決して縮めず、彼らは来るべき時を待った。
 ごく自然に生まれた列に佑月も入り込み、改札機に切符を飲み込ませる。ようやく解放された人々はこれまたガラス張りの出入り口に向かって進むだけだった。ホールではひどく音が響いた。まるで駅が、人々が、ようやく目を覚ましたかのように音が迫ってくる。足音はより忙しなく、話し声はよりしゃがれた怒鳴り声のように。耳をふさぎたくなるような不快感を覚えた佑月はすぐに外へ飛び出した。
 6月らしい天気だった。つまりは空が気の滅入るような重い雲に覆われ、何の変哲もない雨が絶え間なく降り続いているわけである。佑月は屋根の下で時間が来るのを待った。
 駅周辺は開発が進んでおり、田畑は一軒家へと姿を変えていった。ありふれた姿の街になる過渡期であり、佑月にはちぐはぐな街にしか見えないのである。
 駅のすぐ裏手は崖であった。田舎らしく手入れが行き届いておらず生命力の旺盛な蔦が剥き出しの斜面を覆わんとしている。雨音の中で沈黙を保つ草木はどこか不気味で、彼女は視線を外した。
 彼女は屋根から出ないようにしながら駅の外周を歩く。目的の場所はすぐに見つけた。駅前のバス停だ。真新しいコンコースに屋根もついていない小さなバス停だ。スーツ姿の男や制服姿の女など、バラバラな人間たちがやはり大人しくバスを待っていた。丁度そこへ一台のバスがやって来た。ゆっくりと回ってきて停車する。ため息のような音を立てて扉を開けば、待っていた彼らはのろのろと乗り込んでいく。
 再びため息をついてバスは車体を起こす。そしてゆっくりと走り出した。
しおりを挟む

処理中です...