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祝祭編

41.素性

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 噴水広場には多くの人が集まっていた。近づくにつれ様々な食べ物の匂いがしてくる。

 周辺にはちらほらと武器を持った、赤い服のいかつい男たちが立っていた。
 あれが警吏けいりだろうか。かなり周囲を警戒しているようだ。連続殺人事件があったのだから当然かもしれない。

 広場で一番賑わっていたのはパン屋だった。建物の一階部分が開放的になっており、半分露店のような形になっている。
 奥で職人たちがかまどから焼き上がったパンを取り出していた。丸い形のスタンダードなものから惣菜パンのようなものまである。

「複数あるパン屋の中ではここが一番人気だな。小麦を使ったパンを主に売っている。そのぶん値段は高いが、買いたがる者が多い」
「へええ……小麦のパン、美味いもんね」

 オンディーラ時代はほとんどありつけなかった代物だ。今は屋敷で存分に食べているが、昔の自分がここに来たら腹の虫が暴れ散らかしていただろう。

 忙しそうに働いている店員たちの中で、ひとり笑顔を浮かべながらものすごい速さで売り捌いている青年が居た。他の店員の二倍くらい早い。
 しかも横で喋っているおばあさんに相槌を打ちながら、そのスピードである。

「それでねえ、娘婿が暖かくなる魔石? なんてものを買ってきてねえ」
「うんうん、今流行ってるよねえそれ~ハイ六百ノエムだよありがと~、いらっしゃいそれは三四十ノエム!」
「暖炉があるんだからそんなのいらないでしょって言ってやったの。だいたい、魔石は健康に悪いって言うじゃない」
「ありがと~七百ノエムだよ~、確かにそういう説もあるね、お孫さんの体調を心配したんだね」
「そうなのよ! なのにあの子ったら、前時代的だなんて言って聞こうともしないんだから」
(うおお……あの動きはプロのバイト戦士)

 アルヴァロもその光景が目に留まったのか「ああ、偉いな」と呟いた。

「偉い?」
「あのパン屋のかまども、魔石の熱で暖めているんだが」
「エッ……あっ……」
「最近、言わなくていいことまで言いたくなることが増えてきたんだ。彼を見習って、私も気をつけなければ」
「そうなの? なんか、全然そんな感じはしなかったけど」

 ネレスが言うと、彼は首を横に振った。

「いや……貴方の前ではほとんど隠していないからな。アレへの敵愾心てきがいしんを隠せなくなってきた、と言えば分かりやすいか? ……貴方が現れてから緊張が緩んでしまったのかもしれない」

 アレというのは女神ミフェリルのことだろう。人が居る場所ではさすがに濁したらしい。
 すごく嫌いなんだろうな、とひしひし感じていたが、ネレスが来る前は完全に隠していたのだろうか。

「今までしんどくなかった? よく隠してきたね」
「まあ……今のほうが、楽ではある」
「じゃあそのままでいい気もするけど……」
「自分の感情を制御できなくなる、というのはいざという時に困るんだ」
「あー……」
(それはそう、なんやけど)

 感情を抑えすぎるのも精神衛生上よくない気がする。しかしネレスの前では抑えていないのなら、息抜きはできているのかもしれない。

(屋敷の人たちには隠してないぽいし……心配するほどのことではないんかも)

 考え込んでいると振り返った女性と目が合った。
 彼女は不思議そうに首を傾げ、隣のアルヴァロに視線を移す。その瞬間飛び上がって背を向け、慌てたように知り合いらしき女性を小突いた。

「イタッ! 何すんの……えっ、バラエナ辺境伯!?」

 その大声に人々が辺りを見回し、アルヴァロを見つけては様々な反応をした。小さく黄色い悲鳴をあげる者もいれば、ぎょっとしたように道を空ける者もいる。

 アルヴァロは苦笑してネレスに「そろそろ帰ろうか」と促した。

「あまり長居するのも彼らに悪い」
「そ、そうだね」

 カエバルは少し離れたところに停めてある。
 そちらへ向かおうと踵を返したとき、弱々しい声がネレスのもとに届いた。

「七十七号~……どこだい、返事をしてくれ、七十七号~……」

 前方から驚くほど背の高い男が歩いてきた。おそらく二メートルくらいありそうだ。
 もっさりした赤髪で目元がはっきり見えず、ポケットが大量についたヨレヨレのコートを着ている姿はかなり周囲から浮いている。

 人のことを言える立場ではないが、猫背でよろめきながら歩く姿はかなり不審者に見えた。

「~~♪」

 ふいに静かだった人型が鳴く。その声は意外と大きく響き、弾かれたように赤髪の男がこちらを見た。

「七十七号!? ――でかした!」
「えっ、何……!?」

 彼が大きな声をあげて勢いよくネレスのもとへ走ってくる。アルヴァロが庇うように腕を出して「止まれ!」と鋭く言った。

「うわっ!」

 赤髪の男は足を止めようとし、滑って転んだ。ガツンと痛そうな音がする。
 彼は呻きながら立ち上がり、困ったようにネレスとアルヴァロへ交互に顔を向けて、頭を下げた。

「も……申し訳ありません、高貴な方。探していたペットの声がしたもので焦ってしまい……あの、ピンク色の小さい、ぷるぷるしたものに心当たりはありませんか?」
(もしかしてコイツが人型の持ち……飼い主!? いやペットてこれ……)

 人型は手の中でウゴウゴと激しく身をよじらせている。離してやったほうがいいだろうか。
 悩んでいるあいだに、人型が手の隙間からぬるりと頭を出す。それを見た大男が感激したように声をあげた。

「おおお、それです、そいつです! ありがとうございます!」
「い、いえ……」

 にじり寄ってくる大男に引き攣った笑みを浮かべていると、アルヴァロがネレスの前に立った。

「渡してもいいが……その前に貴方の素性と、これが何なのか教えていただけるか。ペットというが、こんな生き物は見たことがない」
「えっ? ええと……」
「ああ、申し遅れた。私はバラエナ領の領主、アルヴァロ・ネルヴィーノだ」
「バラエナ辺境伯!? も、申し訳ありません、大変失礼いたしました」

 上擦った声をあげ、彼は勢いよく五歩くらい後ずさった。何度も頭を下げながら自己紹介をする。

「僕は生物学者のフォルス・シスタと申します。普段は家にこもって研究をしているので、全く知名度はありませんが」
「生物学者か。それで、この生き物は?」
「ええと……私が発見したものでして。北の遠い地の洞窟に住む未知の生物で、まだ研究中なんです」
「フォルス殿は北から来たのか」
「いえ、中部から……ここへは観光に。研究に行き詰まっていたので、いろんな景色をその子に見せてみようと思ったんです」

 頭をかきながらフォルスは照れくさそうに笑う。見た目こそ怪しいが、普通に良い人のようだ。

「なるほど……分かった。引き留めてすまなかったな。ネレス、それを彼に」
「う、うん」

 首が痛くなるほど見上げながら、人型を大男に差し出す。
 手のひらの上で両腕を振っているそれを、ファルスは「ありがとうございます」と礼を言いながらそっとつまんだ。

「~~♪」

 移動した人型が今度はネレスに向かってまた手を振る。最後だからと、笑って小さく手を振り返した。

「本当に不思議な生き物だな。まるで人のようだ」
「ええ、そうなんです。人間の話を理解しているように振る舞うんですが、そのわりには全く言うことを聞かなくて」
「その研究に興味がある。なにか分かったら教えてくれないか? 研究費が必要なら援助しても構わない」

 アルヴァロの言葉にファルスは飛び上がる。

「本当ですか!? ありがとうございます、ぜひお願いいたします! ああでも、他のメンバーにも相談しないと……」
「なら、どうするか決まったら手紙を送ってくれ」
「分かりました。戻ったら必ずお送りします」

 彼は口元だけでも分かるほど満面の笑みを浮かべ、来た道を戻っていった。
 その後ろ姿を見ながら、アルヴァロは考え込むように顎へ手を当てた。
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