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祝祭編
37.植物
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外に出て、見覚えのある道をアルヴァロと歩く。
植物園といえば、キアーラに案内してもらったところだろう。いったい何の用事だろうか。
尋ねようか迷っていると、彼がネレスを見下ろして首を傾げた。
「そういえば、すこし身長が伸びたか?」
「アッ……猫背伸ばしてるから、多分そのせい……」
「なるほどな。フィオリーナは優しいが、厳しいだろう。私も何度も注意された」
「そうなの?」
ああ、とアルヴァロが苦笑混じりに頷く。
「貴方はよくやっていると聞いている。子供たちのわがままにも付き合ってくれているらしいな。騎士ごっこはさすがに肝が冷えたが」
「全部知ってるやん……」
気まずさに視線を逸らした。
褒めてくれるのは嬉しいが、ネレスの行動がすべて筒抜けなのはどうかと思う。
「諦めてくれ、彼女たちは仕事である以上報告する義務がある。人づてに知られるのが嫌なら、私が24時間そばに居ても――」
「あっいいです、大丈夫、お気になさらず」
「冗談だ」
彼は肩をすくめて微笑んだ。茶化しているが、ネレスが24時間一緒に居てと頼めば確実に頷くだろう。
(頼もしいんだか、怖いんだか……いや怖いわ普通に)
しかし、あの少年がこんなにも重い愛を抱える羽目になった責任は2割くらいネレスにある。あとの8割は教会のせいだ。
こうなってしまう気持ちも分かるし、そう考えるとなんとか程よい距離で、いい感じに付き合ってやりたいと思うが難しい。
そもそも、傷だらけだった少年がどうやってこんな貴族になったのだろう。元々良いところのお坊ちゃんだったのだろうか。
思えばネレスはアルヴァロのほんの一部分しか知らない。
彼はオンディーラと出会う前どう生きて、別れたあとどんな人生を送ったのだろうか。
考えているうちに四角い石造りの建物が見えてきた。植物園だ。ガラス張りの天井から陽光が差し、今日もたくさんの植物たちが輝いている。
目の前にあった鉢植えの葉に触れながら、彼が口を開いた。
「キアーラに案内されたとき、気づいたかもしれないが……ここは貴方の家にあった植物を集めた場所なんだ」
「えっ」
目を見開いた。あのとき見覚えがあると思ったのはそういうことだったのか。
「なんでそんなことを……?」
「本人に直接言うのは恥ずかしいんだが……」
「あっ、ごめん」
アルヴァロが首を横に振った。そして呟く。
「貴方が見ていたものと、同じものを見たかった」
何も言葉を返せなかった。
ここで謝るのも、慰めるのも違う気がする。一瞬言葉に詰まったネレスはただ「よ、よくこんなに集めたね……」と呟いた。
彼が小さく笑ったので、それで良かったのかもしれない。
「暇だったんだ。だからこんな建物まで作らせてしまった。今日来たのは、貴方にここを好きに使ってほしいと伝えるためだ」
「……私に?」
「ああ。嫌でなければ、また薬を作ってほしい。隣に専用の研究室も作ろうかと考えていてな」
「えっ待って、急に話が……研究室とは……?」
話の温度差がすごい。
アルヴァロは「研究室は、研究室だが」と不思議そうに言う。ネレスは慌てて言葉を重ねた。
「あの、確かに薬作ってたけど私は……専門って訳じゃなくてさ、趣味だから、そんな大層なものを用意されるほどでは……」
「確かに、素人と手記に書いてあったな」
「その話やめないか?」
「すまない、嫌だったか」
手記とかいう単語を聞いただけでどこかへ逃げ出したくなる。聞かなかったことにして咳払いをした。
ネレスは男だった時代、重度のゲーマーだった。いろんなジャンルのゲームを遊んできたが、その中でもクラフト系が好きだったのだ。
職業が選べるMMORPGでもクラフト職ばかり選び、延々とアイテムを作り続け、フリーマーケットで売りさばいて富豪になるほど好きだった。
だからその延長線上で楽しんでいただけなのである。
「薬が好きなんじゃなくて、材料を集めて、カテゴリー分けして、混ぜ合わせて何かを作るっていう工程が好きだっただけなんだ」
「なぜそんなことを……?」
(オタクだからだよ……)
怪訝な顔のアルヴァロに、とにかくそういうことが好きだったのだと説明する。
「だから私より、もっと頭のいい人が研究とかしたほうが絶対いいのできると思う。昔は薬を作ってついでにみんなの役に立てればって思ってたけど……今はそう言う気分じゃないし……」
「……そうか」
しばらく考える素振りをしたあと、彼がまた口を開いた。
「なら、研究する人物を別に用意して、作業をするだけというのはどうだ? 貴方は薬を刻んだり、煎じたりするだけでいい」
「めっちゃ楽しそうだけど……そんなに薬を作りたいの?」
どうも、ネレスが薬を作るかどうかという話だけではない気がする。尋ねてみると図星だったようで、アルヴァロが珍しく視線を逸らした。
「……現状、医療行為のすべてを教会が担っていることは知っているだろう? それは言い換えれば、すべての国民の命を握られているとも言える」
「う、うん」
「そんな状態で教会の支配を緩めることは難しい。こちらとあちらが協力するという話だって、お互いの力関係が拮抗していなければ難しいんだ」
「あー……信仰を均等にって言っても、オプスマレスを信仰することによるメリットがないと、誰も見向きもしないか」
教会がどれだけ一部の人間を迫害していようと、大多数の者にとっては関係ない。だから問題点を指摘しても意味がない。魔獣が増加するという話すら信じてもらえるか怪しいのだ。
そんな状況で別の神のことも考えろと言われたって、頷く者はいないだろう。
「つまり、教会に頼りすぎない環境を作りたいってこと? 時間はかかるけど、安価でいろんな薬を流通させるのはひとつの手よな」
「まあ、そういう計算もしていた。だが貴方が嫌なら別の方法を考えるので問題はない」
「や……そういうことなら、やるよ」
「いいのか?」
心配そうに尋ねられ、小さく頷く。
薬のせいで処刑されたので若干トラウマではある。しかしその薬によって教会を見返せるかもしれない、と考えるとやる気が出てきた。
下心しかないがこのくらいは許されたい。
「ただ私だけだと不安だから、やっぱり研究してくれる人は居てほしい、かな……」
「もちろん用意する。一番良いのは占星部の人間なんだが、多忙そうだからな。グスターヴォが言っていた件で街へ行く必要があるし、そのときに探してみよう」
「ありがとう……あっ」
礼を言いかけて、ネレスはあることを思い出した。
「どうした?」
「シムフィが西部の件で給料いっぱいもらったから、一緒に街に遊びに行こうって誘われてたんだけど……事件があったならやめたほうがいいよね?」
アルヴァロはしばらく黙った。
「……どうせなら、初めては私と一緒に行かないか?」
「えっ」
思わず見上げると、すこし拗ねた表情をしている。
そういえば西部で観光しようと言って、結局彼とは行けていなかったことを思い出した。
「どんな悪人がいようと私は絶対に貴方を守りきれる。事件を調べるついでに一緒に行こう。解決したあと、シムフィと遊びに行くといい。それでどうだろうか」
「わ、わかった……」
食い気味に語りかけられ、ネレスはたじたじになりながら頷いた。
「よかった、ありがとう」
(まあ、めっちゃお世話になっとるしな……)
本当に頭が上がらないほど助けられているし、結婚云々を除けば特に断る理由もない。
先ほどまでの真面目な表情とは打って変わって、嬉しそうに微笑むアルヴァロを見ながら、彼のことを知るいい機会かもしれないと思った。
植物園といえば、キアーラに案内してもらったところだろう。いったい何の用事だろうか。
尋ねようか迷っていると、彼がネレスを見下ろして首を傾げた。
「そういえば、すこし身長が伸びたか?」
「アッ……猫背伸ばしてるから、多分そのせい……」
「なるほどな。フィオリーナは優しいが、厳しいだろう。私も何度も注意された」
「そうなの?」
ああ、とアルヴァロが苦笑混じりに頷く。
「貴方はよくやっていると聞いている。子供たちのわがままにも付き合ってくれているらしいな。騎士ごっこはさすがに肝が冷えたが」
「全部知ってるやん……」
気まずさに視線を逸らした。
褒めてくれるのは嬉しいが、ネレスの行動がすべて筒抜けなのはどうかと思う。
「諦めてくれ、彼女たちは仕事である以上報告する義務がある。人づてに知られるのが嫌なら、私が24時間そばに居ても――」
「あっいいです、大丈夫、お気になさらず」
「冗談だ」
彼は肩をすくめて微笑んだ。茶化しているが、ネレスが24時間一緒に居てと頼めば確実に頷くだろう。
(頼もしいんだか、怖いんだか……いや怖いわ普通に)
しかし、あの少年がこんなにも重い愛を抱える羽目になった責任は2割くらいネレスにある。あとの8割は教会のせいだ。
こうなってしまう気持ちも分かるし、そう考えるとなんとか程よい距離で、いい感じに付き合ってやりたいと思うが難しい。
そもそも、傷だらけだった少年がどうやってこんな貴族になったのだろう。元々良いところのお坊ちゃんだったのだろうか。
思えばネレスはアルヴァロのほんの一部分しか知らない。
彼はオンディーラと出会う前どう生きて、別れたあとどんな人生を送ったのだろうか。
考えているうちに四角い石造りの建物が見えてきた。植物園だ。ガラス張りの天井から陽光が差し、今日もたくさんの植物たちが輝いている。
目の前にあった鉢植えの葉に触れながら、彼が口を開いた。
「キアーラに案内されたとき、気づいたかもしれないが……ここは貴方の家にあった植物を集めた場所なんだ」
「えっ」
目を見開いた。あのとき見覚えがあると思ったのはそういうことだったのか。
「なんでそんなことを……?」
「本人に直接言うのは恥ずかしいんだが……」
「あっ、ごめん」
アルヴァロが首を横に振った。そして呟く。
「貴方が見ていたものと、同じものを見たかった」
何も言葉を返せなかった。
ここで謝るのも、慰めるのも違う気がする。一瞬言葉に詰まったネレスはただ「よ、よくこんなに集めたね……」と呟いた。
彼が小さく笑ったので、それで良かったのかもしれない。
「暇だったんだ。だからこんな建物まで作らせてしまった。今日来たのは、貴方にここを好きに使ってほしいと伝えるためだ」
「……私に?」
「ああ。嫌でなければ、また薬を作ってほしい。隣に専用の研究室も作ろうかと考えていてな」
「えっ待って、急に話が……研究室とは……?」
話の温度差がすごい。
アルヴァロは「研究室は、研究室だが」と不思議そうに言う。ネレスは慌てて言葉を重ねた。
「あの、確かに薬作ってたけど私は……専門って訳じゃなくてさ、趣味だから、そんな大層なものを用意されるほどでは……」
「確かに、素人と手記に書いてあったな」
「その話やめないか?」
「すまない、嫌だったか」
手記とかいう単語を聞いただけでどこかへ逃げ出したくなる。聞かなかったことにして咳払いをした。
ネレスは男だった時代、重度のゲーマーだった。いろんなジャンルのゲームを遊んできたが、その中でもクラフト系が好きだったのだ。
職業が選べるMMORPGでもクラフト職ばかり選び、延々とアイテムを作り続け、フリーマーケットで売りさばいて富豪になるほど好きだった。
だからその延長線上で楽しんでいただけなのである。
「薬が好きなんじゃなくて、材料を集めて、カテゴリー分けして、混ぜ合わせて何かを作るっていう工程が好きだっただけなんだ」
「なぜそんなことを……?」
(オタクだからだよ……)
怪訝な顔のアルヴァロに、とにかくそういうことが好きだったのだと説明する。
「だから私より、もっと頭のいい人が研究とかしたほうが絶対いいのできると思う。昔は薬を作ってついでにみんなの役に立てればって思ってたけど……今はそう言う気分じゃないし……」
「……そうか」
しばらく考える素振りをしたあと、彼がまた口を開いた。
「なら、研究する人物を別に用意して、作業をするだけというのはどうだ? 貴方は薬を刻んだり、煎じたりするだけでいい」
「めっちゃ楽しそうだけど……そんなに薬を作りたいの?」
どうも、ネレスが薬を作るかどうかという話だけではない気がする。尋ねてみると図星だったようで、アルヴァロが珍しく視線を逸らした。
「……現状、医療行為のすべてを教会が担っていることは知っているだろう? それは言い換えれば、すべての国民の命を握られているとも言える」
「う、うん」
「そんな状態で教会の支配を緩めることは難しい。こちらとあちらが協力するという話だって、お互いの力関係が拮抗していなければ難しいんだ」
「あー……信仰を均等にって言っても、オプスマレスを信仰することによるメリットがないと、誰も見向きもしないか」
教会がどれだけ一部の人間を迫害していようと、大多数の者にとっては関係ない。だから問題点を指摘しても意味がない。魔獣が増加するという話すら信じてもらえるか怪しいのだ。
そんな状況で別の神のことも考えろと言われたって、頷く者はいないだろう。
「つまり、教会に頼りすぎない環境を作りたいってこと? 時間はかかるけど、安価でいろんな薬を流通させるのはひとつの手よな」
「まあ、そういう計算もしていた。だが貴方が嫌なら別の方法を考えるので問題はない」
「や……そういうことなら、やるよ」
「いいのか?」
心配そうに尋ねられ、小さく頷く。
薬のせいで処刑されたので若干トラウマではある。しかしその薬によって教会を見返せるかもしれない、と考えるとやる気が出てきた。
下心しかないがこのくらいは許されたい。
「ただ私だけだと不安だから、やっぱり研究してくれる人は居てほしい、かな……」
「もちろん用意する。一番良いのは占星部の人間なんだが、多忙そうだからな。グスターヴォが言っていた件で街へ行く必要があるし、そのときに探してみよう」
「ありがとう……あっ」
礼を言いかけて、ネレスはあることを思い出した。
「どうした?」
「シムフィが西部の件で給料いっぱいもらったから、一緒に街に遊びに行こうって誘われてたんだけど……事件があったならやめたほうがいいよね?」
アルヴァロはしばらく黙った。
「……どうせなら、初めては私と一緒に行かないか?」
「えっ」
思わず見上げると、すこし拗ねた表情をしている。
そういえば西部で観光しようと言って、結局彼とは行けていなかったことを思い出した。
「どんな悪人がいようと私は絶対に貴方を守りきれる。事件を調べるついでに一緒に行こう。解決したあと、シムフィと遊びに行くといい。それでどうだろうか」
「わ、わかった……」
食い気味に語りかけられ、ネレスはたじたじになりながら頷いた。
「よかった、ありがとう」
(まあ、めっちゃお世話になっとるしな……)
本当に頭が上がらないほど助けられているし、結婚云々を除けば特に断る理由もない。
先ほどまでの真面目な表情とは打って変わって、嬉しそうに微笑むアルヴァロを見ながら、彼のことを知るいい機会かもしれないと思った。
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