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西部遠征編
22.騎士
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激しい金属音と叫び声が入り混じって反射的に耳を塞ぐ。とんでもない勢いで転がり落ちていったが大丈夫だろうか。
このままでは騎士たちと完全に敵対しかねない。ネレスは慌てて階下を睨みつけているシムフィのもとへ駆け寄った。
「シッシムフィ、話し合おう、まずは!」
「貴様、我々を誰だと――いや、お前は……バラエナ辺境伯と共にいたメイドか!?」
よろめきながら立ち上がった騎士は激昂しかけたが、彼女の姿に目を見開く。その言葉は他の騎士にも伝わり「バラエナ辺境伯の?」「なぜこんなところに」「そういえばここの場所を尋ねていらっしゃった」とざわめきが広がる。
シムフィを庇うようにネレスが出てきたことで、より騎士たちの困惑は大きくなった。
「バラエナ辺境伯令嬢まで!?」
「お嬢様、待っててって言いました」
「や、まさか蹴落とすとは思わなくて……」
おそらくネレスたちのほうが地位が上であるとはいえ、これはまずいだろう。むっと唇を尖らせたシムフィに眉根を下げつつ、どう弁解しようかと騎士たちを見下ろす。
「あ、あの、すみません――……」
そう言いかけたところで階下の全体の様子が視界に映った。狭い空間に鎧を着た騎士たちが10人ほどひしめき合っている。
口を開いたネレスへ彼らの視線がざっと集中する。その感覚に足がすくみ、ネレスは言葉を詰まらせた。喉が震え、空気だけが薄く開かれた口から漏れる。
(あ)
動けない。……怖い。
あの揃った動きが、もの言いたげな視線が、多数の人間の顔がネレスを過去へ、中学時代へと引き戻す。教室の扉を開けた途端水を打ったように静まった空間と、今の状況が重なる。
がつんと殴られたようなめまいがネレスを襲った。
「う…………」
無意識に数歩後ずさる。表情を強張らせたまま黙ったネレスへ、シムフィが背中に手を添えながら「大丈夫?」と尋ねる。
「どうなされましたか? ご気分を悪く――」
「近づくな!」
様子がおかしいと察した騎士が階段に足を掛けた。しかしシムフィが即座に魔法で石製の長い棒を作り出し、床に叩きつけて威嚇したために彼はそこで止まらざるを得なかった。
一瞬の静寂のあと、冷たい風と共に「ネレス!」とよく通る声が響く。アルヴァロだ。
破壊された扉から颯爽と入ってきた男に、騎士たちが慌てて道を作る。彼らには目もくれず階段を駆け上がったアルヴァロは、屈んでネレスの頬に手を添えた。
「ネレス、大丈夫か? 怪我は」
「え……あ……だ、大丈夫……」
予想よりずっと早かったアルヴァロの登場に、緊張が緩んだ。声が出せるようになりほっと息を吐く。
彼は安心したように微笑みながら「状況は?」とシムフィに問いかけた。
「お嬢様が補助呪文を唱えながら闇魔法を使ったら暴発した。それで騎士がいっぱい来て、私が蹴り落とした」
「そうか、良くや、ゴホン……お前たちはなぜここへ?」
咳払いをして騎士たちへ視線を向ける。一番階段の近くにいた男が率先して口を開いた。
「わ、我々は巡回中だったところ、突然周囲が闇に包まれました。闇魔法を使えるのはこの家の住人だけだと知らされていたので、真意を問いただすために駆け付けました」
「なるほど。問いただすために剣を抜くのが騎士の流儀なのか?」
「こ、これは違います! まさか闇魔法を使ったのがご令嬢だとは思わず……!」
抜き身の剣を手にしていた騎士たちが慌てて鞘に納める。アルヴァロは黙ったまま蒼眼を細めてその光景を見つめた。
「原因は私の娘の魔力が暴走してしまったせいだ。混乱させてすまない。申し訳ないが、近隣住民への説明を頼めるだろうか」
「は、はっ!」
騎士たちが揃って敬礼をするなか、ひとり若い騎士が前へ出た。彼は眉間に皺を寄せ、重苦しい雰囲気をまとわせながら顔を上げる。
「申し訳ありません、バラエナ辺境伯。過ぎた言葉であると重々承知のうえで申し上げますが……ご令嬢は、適性者リストの登録はお済みでしょうか?」
(適性者リスト……ロレッタも入れられてたやつや……)
小さく息を呑んだネレスを隠すように一歩前へ出たアルヴァロは、微笑をたたえたまま「本当に過ぎた言葉だな」と冷たく言い放った。
「私に不信感を抱いていると?」
「いいえ、決してそういう訳ではありません。ですが……我々ヴァセラル騎士団は、女神ミフェリルの教えを厳守し、全ての民を守り、忠誠と勇敢な心をもってこの国を平和へ導くのが務めです。そのためには危険な要素を徹底的に管理しなければなりません」
「そうか。ところでこの国において、闇魔法のどの部分がどう危険なのか、説明できる人間はどれくらい存在すると思う?」
「はい……?」
質問に質問で返された騎士は、戸惑ったように眉間の皺をより深めた。男が返答する前にアルヴァロは首を横に振った。
「お前たちに八つ当たりしても無駄だったな。すまない。娘の登録は非公開だが済ませてある。気になるなら宮廷魔術師団の占星部に尋ねてみるといい。これで異論はないな?」
「お、お済みでしたか……大変申し訳ございませんでした。失礼いたします」
質問した騎士が深く頭を下げるのと同時に、他の騎士たちも揃って敬礼をした。最後のひとりが扉をくぐり抜けたあと、アルヴァロは溜息を吐きながらネレスを抱きしめた。
「うお……!?」
「ネレス、私の可愛い妖精、無事で良かった。シムフィもよく守ってくれた」
「いえ」
ぐりぐりと頬ずりされてうめく少女を見ながらシムフィは穏やかに目を細める。
アルヴァロに抱きしめられているうちに、緊張して痺れていた指先の感覚が戻ってきた。ネレスはおずおずと彼の背中に手を伸ばして抱きしめ返す。
「あの、ありがと……来てくれて……」
「礼を言う必要はない。私はどんなときでも駆けつけるから、気兼ねなく呼んでくれ」
満足するまで頬ずりしたあと、アルヴァロは名残惜しそうにしながらも立ち上がった。そして部屋の奥で青い顔をしている姉妹へ微笑みかける。
「貴方がロレッタ嬢か。迷惑を掛けてしまって申し訳ない、娘へ闇魔法について教えてくれたことを感謝する」
「えっ……い、いえ、私のほうこそ、申し訳ありません。補助呪文を唱えるよう指示してしまったのは私です。責は私にありますので、どんな処罰でも受けます」
そう言ったロレッタにジーナが「姉さん!」と悲鳴を上げる。
「それを言うなら、バラエナ辺境伯であることを信じずに追い返した私のほうが悪いです! 素直に話を聞いていれば……っ」
突然態度が豹変した姉妹にネレスは戸惑った。ふたりとも今にも死にそうな表情をしている。
(いや……こっちが、本来の反応か。そっか、雲の上の人って言ってたもんな……)
姉妹をフォローしようと口を開きかけたが、それより先にアルヴァロが首を横に振った。
「いや、貴方たちを罰するつもりはない。少々面白い体験だったしな。もう少し話を聞きたいところだが……場所を移そう。しばらくこの家には居ないほうがいい。ご同行いただけるか?」
「は、はい」
カエバルをあらかじめ呼んでいたのだろう。家の外で馬のような嘶きが聞こえた。
ジーナの手を借りながら立ち上がるロレッタを見て、ネレスはアルヴァロの手を軽く引いた。
「どうした?」
「あの……ロレッタ、病み上がりなんだ……」
「分かった。屋敷に着いたらすぐに休ませよう」
「あ、ありがとう!」
ほっと胸を撫で下ろす。せっかく薬で良くなったのにまた症状が悪化したら最悪だ。
薬の存在を思い出してネレスは「あっ」と小さく声を上げた。この家に暫く戻れないなら、作り置きしてある薬も飲めないではないか。わざわざ持ってきたラベンダーもどきも無駄になる。
アルヴァロへ秘密にするために言わないでおくか、ロレッタのために白状するか。……答えは明白だ。
ちょうどいい機会だと、ネレスは唇を引き結んで顔を上げた。
「お、お父様、持っていきたいものが、あるんだけど……」
このままでは騎士たちと完全に敵対しかねない。ネレスは慌てて階下を睨みつけているシムフィのもとへ駆け寄った。
「シッシムフィ、話し合おう、まずは!」
「貴様、我々を誰だと――いや、お前は……バラエナ辺境伯と共にいたメイドか!?」
よろめきながら立ち上がった騎士は激昂しかけたが、彼女の姿に目を見開く。その言葉は他の騎士にも伝わり「バラエナ辺境伯の?」「なぜこんなところに」「そういえばここの場所を尋ねていらっしゃった」とざわめきが広がる。
シムフィを庇うようにネレスが出てきたことで、より騎士たちの困惑は大きくなった。
「バラエナ辺境伯令嬢まで!?」
「お嬢様、待っててって言いました」
「や、まさか蹴落とすとは思わなくて……」
おそらくネレスたちのほうが地位が上であるとはいえ、これはまずいだろう。むっと唇を尖らせたシムフィに眉根を下げつつ、どう弁解しようかと騎士たちを見下ろす。
「あ、あの、すみません――……」
そう言いかけたところで階下の全体の様子が視界に映った。狭い空間に鎧を着た騎士たちが10人ほどひしめき合っている。
口を開いたネレスへ彼らの視線がざっと集中する。その感覚に足がすくみ、ネレスは言葉を詰まらせた。喉が震え、空気だけが薄く開かれた口から漏れる。
(あ)
動けない。……怖い。
あの揃った動きが、もの言いたげな視線が、多数の人間の顔がネレスを過去へ、中学時代へと引き戻す。教室の扉を開けた途端水を打ったように静まった空間と、今の状況が重なる。
がつんと殴られたようなめまいがネレスを襲った。
「う…………」
無意識に数歩後ずさる。表情を強張らせたまま黙ったネレスへ、シムフィが背中に手を添えながら「大丈夫?」と尋ねる。
「どうなされましたか? ご気分を悪く――」
「近づくな!」
様子がおかしいと察した騎士が階段に足を掛けた。しかしシムフィが即座に魔法で石製の長い棒を作り出し、床に叩きつけて威嚇したために彼はそこで止まらざるを得なかった。
一瞬の静寂のあと、冷たい風と共に「ネレス!」とよく通る声が響く。アルヴァロだ。
破壊された扉から颯爽と入ってきた男に、騎士たちが慌てて道を作る。彼らには目もくれず階段を駆け上がったアルヴァロは、屈んでネレスの頬に手を添えた。
「ネレス、大丈夫か? 怪我は」
「え……あ……だ、大丈夫……」
予想よりずっと早かったアルヴァロの登場に、緊張が緩んだ。声が出せるようになりほっと息を吐く。
彼は安心したように微笑みながら「状況は?」とシムフィに問いかけた。
「お嬢様が補助呪文を唱えながら闇魔法を使ったら暴発した。それで騎士がいっぱい来て、私が蹴り落とした」
「そうか、良くや、ゴホン……お前たちはなぜここへ?」
咳払いをして騎士たちへ視線を向ける。一番階段の近くにいた男が率先して口を開いた。
「わ、我々は巡回中だったところ、突然周囲が闇に包まれました。闇魔法を使えるのはこの家の住人だけだと知らされていたので、真意を問いただすために駆け付けました」
「なるほど。問いただすために剣を抜くのが騎士の流儀なのか?」
「こ、これは違います! まさか闇魔法を使ったのがご令嬢だとは思わず……!」
抜き身の剣を手にしていた騎士たちが慌てて鞘に納める。アルヴァロは黙ったまま蒼眼を細めてその光景を見つめた。
「原因は私の娘の魔力が暴走してしまったせいだ。混乱させてすまない。申し訳ないが、近隣住民への説明を頼めるだろうか」
「は、はっ!」
騎士たちが揃って敬礼をするなか、ひとり若い騎士が前へ出た。彼は眉間に皺を寄せ、重苦しい雰囲気をまとわせながら顔を上げる。
「申し訳ありません、バラエナ辺境伯。過ぎた言葉であると重々承知のうえで申し上げますが……ご令嬢は、適性者リストの登録はお済みでしょうか?」
(適性者リスト……ロレッタも入れられてたやつや……)
小さく息を呑んだネレスを隠すように一歩前へ出たアルヴァロは、微笑をたたえたまま「本当に過ぎた言葉だな」と冷たく言い放った。
「私に不信感を抱いていると?」
「いいえ、決してそういう訳ではありません。ですが……我々ヴァセラル騎士団は、女神ミフェリルの教えを厳守し、全ての民を守り、忠誠と勇敢な心をもってこの国を平和へ導くのが務めです。そのためには危険な要素を徹底的に管理しなければなりません」
「そうか。ところでこの国において、闇魔法のどの部分がどう危険なのか、説明できる人間はどれくらい存在すると思う?」
「はい……?」
質問に質問で返された騎士は、戸惑ったように眉間の皺をより深めた。男が返答する前にアルヴァロは首を横に振った。
「お前たちに八つ当たりしても無駄だったな。すまない。娘の登録は非公開だが済ませてある。気になるなら宮廷魔術師団の占星部に尋ねてみるといい。これで異論はないな?」
「お、お済みでしたか……大変申し訳ございませんでした。失礼いたします」
質問した騎士が深く頭を下げるのと同時に、他の騎士たちも揃って敬礼をした。最後のひとりが扉をくぐり抜けたあと、アルヴァロは溜息を吐きながらネレスを抱きしめた。
「うお……!?」
「ネレス、私の可愛い妖精、無事で良かった。シムフィもよく守ってくれた」
「いえ」
ぐりぐりと頬ずりされてうめく少女を見ながらシムフィは穏やかに目を細める。
アルヴァロに抱きしめられているうちに、緊張して痺れていた指先の感覚が戻ってきた。ネレスはおずおずと彼の背中に手を伸ばして抱きしめ返す。
「あの、ありがと……来てくれて……」
「礼を言う必要はない。私はどんなときでも駆けつけるから、気兼ねなく呼んでくれ」
満足するまで頬ずりしたあと、アルヴァロは名残惜しそうにしながらも立ち上がった。そして部屋の奥で青い顔をしている姉妹へ微笑みかける。
「貴方がロレッタ嬢か。迷惑を掛けてしまって申し訳ない、娘へ闇魔法について教えてくれたことを感謝する」
「えっ……い、いえ、私のほうこそ、申し訳ありません。補助呪文を唱えるよう指示してしまったのは私です。責は私にありますので、どんな処罰でも受けます」
そう言ったロレッタにジーナが「姉さん!」と悲鳴を上げる。
「それを言うなら、バラエナ辺境伯であることを信じずに追い返した私のほうが悪いです! 素直に話を聞いていれば……っ」
突然態度が豹変した姉妹にネレスは戸惑った。ふたりとも今にも死にそうな表情をしている。
(いや……こっちが、本来の反応か。そっか、雲の上の人って言ってたもんな……)
姉妹をフォローしようと口を開きかけたが、それより先にアルヴァロが首を横に振った。
「いや、貴方たちを罰するつもりはない。少々面白い体験だったしな。もう少し話を聞きたいところだが……場所を移そう。しばらくこの家には居ないほうがいい。ご同行いただけるか?」
「は、はい」
カエバルをあらかじめ呼んでいたのだろう。家の外で馬のような嘶きが聞こえた。
ジーナの手を借りながら立ち上がるロレッタを見て、ネレスはアルヴァロの手を軽く引いた。
「どうした?」
「あの……ロレッタ、病み上がりなんだ……」
「分かった。屋敷に着いたらすぐに休ませよう」
「あ、ありがとう!」
ほっと胸を撫で下ろす。せっかく薬で良くなったのにまた症状が悪化したら最悪だ。
薬の存在を思い出してネレスは「あっ」と小さく声を上げた。この家に暫く戻れないなら、作り置きしてある薬も飲めないではないか。わざわざ持ってきたラベンダーもどきも無駄になる。
アルヴァロへ秘密にするために言わないでおくか、ロレッタのために白状するか。……答えは明白だ。
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