38 / 67
ニ章
第三十八話 心臓を舐められる
しおりを挟む「……素晴らしい」
タケノコ族の男が深い感情を込めるようにそう呟く
その声を向ける先は、剣を地面に突き刺しかろうじて立つ細身の男だった
「素晴らしいって、何がだよ」
「あなたの美しい心…といいますか」
「……アガレズといい、アデルといい…強いヒトは意味不明なやつしかいないのかぁ……」
息を切らせながらハルが誰にも聞こえない軽口を叩く
レイがアポロ村へ引き返し増援を呼びへ行ってから20分はたっただろうか
ハルはアデルに勝てないと確信したあの時にひとつ、覚悟を決めた
まともに戦える戦力はハルとレイのみ、唯一ギリギリ、このアデルを対処する術があるとしたら
"アポロ村に一時退却し、イアンやパアワなどの大きな戦力となる増援を呼ぶ"
だった。
ハルはそこで決めた。レイにその役目をまかし、その間ハルがアデル戦う、と
もちろんレイには反対されただがハルは二つ考えがあった
一つはレイとアデルが戦うとアデルが本気を出してしまい周りの建物などの被害が広がることを恐れた
二つは、アデルの性格を読んだ"賭け"だった
彼の性格上、ハル達を素直に殺すとは思えない
言葉で煽りながら、じわじわと痛みを与える行動を取るだろうと思った。
その予想は的中した
もうハルは死にかけてるが、死にはしていない
あのとき決めた決意だ。自分はなにか役に立つと
その"役に立つ"がここだ
自分が命を掛けるのは ここ なのだ
今は負傷、疲弊していたキノコ軍の仲間たちを一旦後に休ませ、ハルvsアデルの1v1をしていた所だった
(どうしよう……次は…次は…)
ハルは考える。自分の命をどう使うか、
上手くアデルを煽らせ、自分の命を延命させ、
レイ達の到着を待たなければいけない
「ごえっ………」
また血を吐いた。
「やはり愚か…そして美しい…ッ」
アデルが笑いながら近付いてくる
弱々しくうろたえるハルを凝視しながら
苦しい、この数十分、体中にじわじわ切り傷を与えられてきた。
既に心拍数は最大限まで到達し、世界から色が消えかける
(なんでぇ…俺はこんなところで死ぬのか…)
正直、甘く見ていたのかもしれない
きっと、レイはすぐに来てくれるのだと、そして、自分でもすこしくらいはアデルに傷を入れられるのかと
ーーそして、周りの人間があまりに死に過ぎて、死の恐怖が薄くなっていた
痛い 痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い
でも……ここで負けたら、これまでの全ての人生が否定される
まだだ、まだ時間を稼げ
何か話せ、舌をぶん回せ。絶対に死ぬな、死にたくない。せめて、レイ達が返ってくるまで
「美しい…って、何がだよ、俺の、どこが…」
「その弱さ ですよ」
「……っくそ」
心が痛む 弱い、自分はまだ弱いのだ。
死にたくない、死にたくない…
「貴方はその弱さにも関わらず、人々を後衛に回し、自分独りが私という重圧にのしかかる選択をした。その"心"です」
「……あっ……そ……ぐ…、ぅ」
「馬鹿にしているのではありません。その清き心は死に慣れた人間には到底無い。あなたは、"警戒対象"だ」
「警戒対象?俺…が…」
「ええ、あなたは確かに戦いの中心 にはなってない。だが、仲間の隙を上手く埋め込み、戦いの支柱となり、勝率への道作りをする。ハル、とはそのような存在です。それはとても恐ろしい、だから、ここで、殺す」
「……ひ、」
殺す という単語が聞こえた。瞬間、脳がフル回転し、その単語を反復する
明確に自分の死が予言され、絶望に打ちひしがれる。
途端、いままでの威勢がなくなる
ーー腰が、抜けてしまった
「ひっ……ひぃ…っ」
生存本能だろうか、体からアデルから引き離れる
心臓を直接舐められるような感覚に襲われ
全身が硬直する
「おっと……流石に言い過ぎましたかね?安心してください。ここからは、あなたが苦痛を感じる間もなく、殺します。あなたという存在に敬意を払うため…」
「まっ……やめっ………ひぃ…っ!!!」
そして、アデルが声を高らかに、優雅に叫ぶ
「ありがとう、神よ…ッ…不死鳥様よ…貴方がこのような美しき者を創造なさったのですね……不死鳥様…ッ!!不死鳥様ァァァ…」
アデルが剣を構える
その剣の先は、明らかに、鮮明に、ハルという人間の命へ向けられる
「あぁ……よかった。不死鳥様のお陰で…彼が強くなる前に殺す事が出来た。彼の脅威に気付く事ができた。ハル…誇りなさい…私に、殺されることを」
「………ひ、!あっ!あっ!…あ」
何かが心臓を舐めている。
『………差し出せ』
ーーその何かは、差し出せ、と言った
何を差し出すのかはわからない。だが、察しはつく
『差しだ』
ハルの理性が、心臓を舐める"何か"を掴み取る
そのとき、ハルの生存本能が限界まで突破した。
「ああああああああああアアアああああああアあ!!!!!」
「!!?」
「ハル!?」
「なんだあいつ!?」
後でみていたキノコ族たちが驚愕する
ハルの手から、電流が走った。比喩ではない。
そのままの意味だ
いま、ハルの右手から、波動が出た
「何だと?!?!?」
アデルがいままで聞いたことの無いような声を出す。それと同じで、ハルの困惑も限界まで達していた
(いま…何がでた?雷?何で?超能力?何が…
いや……とにかく、この電流の超能力みたいな力で、アデルに一泡吹かせられる…!?)
「……っ!!はあああ!」
ハルは最後の力を振り絞り抜けた腰を無理やり動かす
ーーーそのまま目の前のアデルに突進
目の前といっても、10mはあるのでは無いかと
思う程の精神状態だ。
それでも、突進、突進、そして、右手を…
タッチ
「…………………」
「…………………」
出なかった。先程右手から走った電流のような波動は、出なかった
沈黙が走る。
今すぐ、ハルが死ねる間合い
もう、死ぬか
「………クククク…ッ!ハハハハ!!!
やはりぃぃっ!ハル!!あなたはぁ!!!素晴らしき存在だ!!美しい!!!なんという超常能力っッッ!!!今ここで、殺す!!あなたという存在を!!!世界に!!!!人類ニィぃ!!!
誇るためにいいいいいッッ!!!!」
アデルの興奮が最高潮に達する。もう煽りなどしない、そのまますぐにハルを殺す。
(レイさん…みんな…はやく…き……)
そして目の前が、世界が、赤に染まる
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる