タケノコの里とキノコの山

たけ

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ニ章 

第三十八話 心臓を舐められる

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「……素晴らしい」


タケノコ族の男が深い感情を込めるようにそう呟く

その声を向ける先は、剣を地面に突き刺しかろうじて立つ細身の男だった

「素晴らしいって、何がだよ」


「あなたの美しい心…といいますか」


「……アガレズといい、アデルといい…強いヒトは意味不明なやつしかいないのかぁ……」

息を切らせながらハルが誰にも聞こえない軽口を叩く


レイがアポロ村へ引き返し増援を呼びへ行ってから20分はたっただろうか


ハルはアデルに勝てないと確信したあの時にひとつ、覚悟を決めた
  

まともに戦える戦力はハルとレイのみ、唯一ギリギリ、このアデルを対処する術があるとしたら

"アポロ村に一時退却し、イアンやパアワなどの大きな戦力となる増援を呼ぶ"

だった。


ハルはそこで決めた。レイにその役目をまかし、その間ハルがアデル戦う、と


もちろんレイには反対されただがハルは二つ考えがあった


一つはレイとアデルが戦うとアデルが本気を出してしまい周りの建物などの被害が広がることを恐れた


二つは、アデルの性格を読んだ"賭け"だった
彼の性格上、ハル達を素直に殺すとは思えない
言葉で煽りながら、じわじわと痛みを与える行動を取るだろうと思った。


その予想は的中した


もうハルは死にかけてるが、死にはしていない


あのとき決めた決意だ。自分はなにか役に立つと
その"役に立つ"がここだ


自分が命を掛けるのは ここ なのだ



今は負傷、疲弊していたキノコ軍の仲間たちを一旦後に休ませ、ハルvsアデルの1v1をしていた所だった


(どうしよう……次は…次は…)


ハルは考える。自分の命をどう使うか、


上手くアデルを煽らせ、自分の命を延命させ、
レイ達の到着を待たなければいけない


「ごえっ………」

また血を吐いた。


「やはり愚か…そして美しい…ッ」   


アデルが笑いながら近付いてくる

弱々しくうろたえるハルを凝視しながら


苦しい、この数十分、体中にじわじわ切り傷を与えられてきた。

既に心拍数は最大限まで到達し、世界から色が消えかける

(なんでぇ…俺はこんなところで死ぬのか…)


正直、甘く見ていたのかもしれない

きっと、レイはすぐに来てくれるのだと、そして、自分でもすこしくらいはアデルに傷を入れられるのかと

ーーそして、周りの人間があまりに死に過ぎて、死の恐怖が薄くなっていた


痛い 痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い

でも……ここで負けたら、これまでの全ての人生が否定される

まだだ、まだ時間を稼げ

何か話せ、舌をぶん回せ。絶対に死ぬな、死にたくない。せめて、レイ達が返ってくるまで

「美しい…って、何がだよ、俺の、どこが…」




「その弱さ ですよ」


「……っくそ」


心が痛む 弱い、自分はまだ弱いのだ。
死にたくない、死にたくない…

「貴方はその弱さにも関わらず、人々を後衛に回し、自分独りが私という重圧にのしかかる選択をした。その"心"です」


「……あっ……そ……ぐ…、ぅ」


「馬鹿にしているのではありません。その清き心は死に慣れた人間には到底無い。あなたは、"警戒対象"だ」

「警戒対象?俺…が…」





「ええ、あなたは確かに戦いの中心 にはなってない。だが、仲間の隙を上手く埋め込み、戦いの支柱となり、勝率への道作りをする。ハル、とはそのような存在です。それはとても恐ろしい、だから、ここで、殺す」

「……ひ、」

殺す という単語が聞こえた。瞬間、脳がフル回転し、その単語を反復する

明確に自分の死が予言され、絶望に打ちひしがれる。

途端、いままでの威勢がなくなる


ーー腰が、抜けてしまった

「ひっ……ひぃ…っ」


生存本能だろうか、体からアデルから引き離れる
心臓を直接舐められるような感覚に襲われ
全身が硬直する



「おっと……流石に言い過ぎましたかね?安心してください。ここからは、あなたが苦痛を感じる間もなく、殺します。あなたという存在に敬意を払うため…」


「まっ……やめっ………ひぃ…っ!!!」


そして、アデルが声を高らかに、優雅に叫ぶ

「ありがとう、神よ…ッ…不死鳥様よ…貴方がこのような美しき者を創造なさったのですね……不死鳥様…ッ!!不死鳥様ァァァ…」

アデルが剣を構える


その剣の先は、明らかに、鮮明に、ハルという人間の命へ向けられる

「あぁ……よかった。不死鳥様のお陰で…彼が強くなる前に殺す事が出来た。彼の脅威に気付く事ができた。ハル…誇りなさい…私に、殺されることを」


「………ひ、!あっ!あっ!…あ」


何かが心臓を舐めている。


『………差し出せ』



ーーその何かは、差し出せ、と言った

何を差し出すのかはわからない。だが、察しはつく


『差しだ』

ハルの理性が、心臓を舐める"何か"を掴み取る



そのとき、ハルの生存本能が限界まで突破した。


「ああああああああああアアアああああああアあ!!!!!」


「!!?」
「ハル!?」
「なんだあいつ!?」

後でみていたキノコ族たちが驚愕する



ハルの手から、電流が走った。比喩ではない。
そのままの意味だ


いま、ハルの右手から、波動が出た

「何だと?!?!?」


アデルがいままで聞いたことの無いような声を出す。それと同じで、ハルの困惑も限界まで達していた


(いま…何がでた?雷?何で?超能力?何が…
いや……とにかく、この電流の超能力みたいな力で、アデルに一泡吹かせられる…!?)


「……っ!!はあああ!」


ハルは最後の力を振り絞り抜けた腰を無理やり動かす




ーーーそのまま目の前のアデルに突進

目の前といっても、10mはあるのでは無いかと
思う程の精神状態だ。

それでも、突進、突進、そして、右手を…



タッチ




「…………………」


「…………………」


出なかった。先程右手から走った電流のような波動は、出なかった


沈黙が走る。

今すぐ、ハルが死ねる間合い


もう、死ぬか

「………クククク…ッ!ハハハハ!!!
やはりぃぃっ!ハル!!あなたはぁ!!!素晴らしき存在だ!!美しい!!!なんという超常能力っッッ!!!今ここで、殺す!!あなたという存在を!!!世界に!!!!人類ニィぃ!!!
誇るためにいいいいいッッ!!!!」


アデルの興奮が最高潮に達する。もう煽りなどしない、そのまますぐにハルを殺す。


(レイさん…みんな…はやく…き……)

そして目の前が、世界が、赤に染まる
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