俺達がチートであることを知られてはいけない。

無味

文字の大きさ
上 下
86 / 95
第十章

ナイフ

しおりを挟む
「逃げないんですね。と言っても、ログアウトしようとしたら殺すつもりでしたから、良いでしょう。多少抵抗する権利くらい、あげる慈悲は持ち合わせていますから。」
エーファがそう言った瞬間、周りの空間が歪んだ。画像がぶれて…そう、バグが起きたように。
地面がぐにゃりと曲がって、そこからゾンビの様にあの『バグ』が這い出てきた。一人だけではない、何人…何十人もだ。
「このアバターは僕が作った物です。本来なら、完全な身体アバターができるはずだった。これは失敗作なんですよ。」
「…だから、シュティレを欲しがった?自分達では作る事のできないアバターを、手に入れるために?」
媒体の表情は変わらない。しかしどうして、エーファは二人いるのだろうか。媒体の役割とは何だ?ただ会話をする為の道具とは思えない。
「彼女はヨシュカではないのに、非常にレベルが高い。ヨシュカは彼女との結び付きが強くて使いにくいのです。そして、シュティレは有栖家の人間です。」
オルクスの言っていた理由と一致する。素直に話してくれるのは人工知能の本能みたいなものなんだろう。媒体がゆっくりと腕を持ち上げて、パチンと指を鳴らした。バグの姿が一斉に変化する。
その姿は、シュティレだった。
「ここからはこれらに任せましょう。さようなら。」
媒体は奥の階段の方へと歩き出した。
「待て…っ!!」
追おうとするが、バグ達に邪魔をされる。攻撃はしてこない。ただ、俺の前に立ちふさがる。俺がシュティレに手を出せないと分かっているのだろう。俺の行動も、思考も、全て読まれている。何十人もの無表情なシュティレの顔が、こちらへと向いていた。どの顔も、シュティレそのものだった。
(このバグ達を殺せば、先へ進める)
頭では分かっている。媒体の言っていた俺を殺すという話は、彼らがこの場所をエアモルデンと同じ状態にしてあるという事だ。
アングリフを唱えようと何度口を開いても、唇が震えて声が出ない。
シュティレをこの手で殺したという事実が、忘れようとしていた真実が、目の前に突きつけられる。
あの時はオルクスが命令した。俺はずっと責任をオルクスに押し付ける事ができていた。今、俺の周りにはバグしかいない。
(エーファを殺す。この決断をしたのは、俺だ。その手段を選ぶのも俺だ)
「グロース、発動。」

【グロース発動】

【プファラー・グロース『十字架クロイツ』】

決断さえしてしまえば、呆気なかった。
光が収まった後、俺の足元にはシュティレの死体がごろごろ転がっていた。死んでも元の姿には戻らないらしい。まるで悪夢だ。
(…シュティレを殺した時から、もうずっと悪夢か)
二階には何か罠があるかもしれない。俺はかつてシュティレと一緒に買い物をした時に買った、ナイフを取り出した。あの時のシュティレの姿と、オルクスの指示で殺した時のシュティレと、転がっている死体の姿が重なる。
「シュティレ、今助けるからな。」
そう言って階段へと走り出そうとした瞬間。突然、死体のはずだった一つが立ち上がり、俺に襲い掛かった。
「シャ…ル…」
シュティレが俺にナイフを向けた。オルクスと出会った日を思い出す。俺は手に持っていたナイフで、シュティレの首を刺した。
ぐぇ、と奇妙な悲鳴をあげて、シュティレの姿をしたバグは倒れた。真っ赤な血が靴を濡らしていく。
首に刺さったのを引き抜く勇気はなく、俺はそれが持っていたナイフを奪うと階段へ走った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

オタクな母娘が異世界転生しちゃいました

yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。 二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか! ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?

医魔のアスクレピオス ~不遇職【薬剤師】はS級パーティを追放されても薬の力で成り上がります~

山外大河
ファンタジー
 薬剤師レイン・クロウリーは薬剤師の役割が賢者の下位互換だとパーティリーダーのジーンに判断され、新任の賢者と入れ替わる形でSランクの冒険者パーティを追放される。  そうして途方に暮れるレインの前に現れたのは、治癒魔術を司る賢者ですら解毒できない不治の毒に苦しむ冒険者の少女。  だが、レインの薬学には彼女を救う答えがあった。  そしてレインは自分を慕ってパーティから抜けて来た弓使いの少女、アヤと共に彼女を救うために行動を開始する。  一方、レインを追放したジーンは、転落していく事になる。  レインの薬剤師としての力が、賢者の魔術の下位互換ではないという現実を突きつけられながら。  カクヨム・小説家になろうでも掲載しています。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

処理中です...