夢の世界とアガーレール! 第三部 ―ベルベット・スカーレット―

Haika(ハイカ)

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第三部 ―ベルベット・スカーレット―

ep.35 宣戦布告! 女王の勇姿に敬礼を

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「うんしょ。よいしょ」

 施設前の庭の一角。
 サリバとイシュタ、そしてマリアに見守られながら歩くのはアニリン。まだ人の手やスロープに掴まりながらだが、リハビリで少しでも動けるよう頑張っている様子だ。
 僕は安堵し、近くで皆が生き生きとした姿を見つめた。

「サリバ、もう痛くないの?」
「うん! この通り、手を動かせるようになったよ♪」
 といい、ぐーぱーするサリバ。あの時の怪我もすっかり癒えて、嬉しそうな笑顔だ。

 そんな2人を見て、マリアもアニリンに励ましの言葉を送った。

「アニリンも、早く退院できるといいね」
「うん。退院したら、行きたい場所が、あるから」
「そうなんだ? その時は、私も一緒にいっていい?」
「うん!」

 なんて、今ではすっかり姉弟きょうだいのよう。
 ふと、サリバが何かを思い出しこうきく。

「イシュタ。あれから、暗い檻の『夢』って見なくなったの?」

「うん。もう見なくなった。まさかあの夢の正体が、アニリンの“心”だったなんて」

「そうか… 私ね。最近、変な夢を見たんだ」

「変な夢?」

「うん。突然目の前が真っ白になって、その何もない所からこう、男女の話し声だけが聞こえる夢なの。
 たしか『皆を異世界に飛ばそう』とか、『ファーストを眠りにつかせよう』とか」



 …え? なにその夢。

 僕は絶句した。
 するとその話を聞いたイシュタが、

「まって? それ、僕も力を覚醒する前に見た気がする! えーと、もしかしてその男女って、ウソがバレたら皆が死ぬからとか、なんかそんな感じの事をいってなかった?」

「うん、いってた! うそ、イシュタもその夢見たんだ!? あれ何だったんだろう?」

「さぁ」

 と、イシュタも同じ情景を見た事を告白したのだ。
 まさか、その男女2人って――


 ズゥーン!!!
「「!?」」

 すると突然、空気が重くなる感覚が襲ってきた。
 僕達みな、王宮のある方向へと目を向け、警戒する。アニリンが不安そうにしているけど、そこもマリアが彼を抱擁する形で、空を睨んだ。



 …。

 

 その重たい空気は、王宮の最も高い棟の横に現れる。

 異変に気付いたアゲハが急いでバルコニーへ出て、そちらへ目をやると、“それ”はやがて1人の黒いマントを羽織った巨大な幽霊の姿へと、変化したのだ。
 あれは、一体…


「初めてあんたと対面するのが、まさかそことはね。用件なら、手短によろしく」

 と、アゲハが冷たい視線で問う。
 その様子からして、相手が誰なのか理解しているようだ。その黒い影は、こう言った。

『…ふむ。さすがこの国の女王。客をもてなす気前すらないとは愚かな民族よ』

「こっちは『はじめまして』と悠長に迎えられるほど、余裕がないものでね。何処かの誰かさんのせいで、今それ所じゃないんだ。

 それで、一体何しにきた? フェデュート総統、マーモ」


 そいつか!
 アゲハもだけど、僕も初めてお目にかかる相手。

 今日まで散々、医療施設やアニリン達に危害を加え、それ以外にもチアノーゼとの死闘、富沢伊右衛郎の策略など、僕達を振り回してきた全ての元凶。
 遂にこの世界の黒幕、敵対勢力フェデュートのトップが、姿を現したのである。


 気がつけば、この重い空気を感じたのだろう住民達が、徐々に王宮前へ集まってきた。
 アゲハの所にも、すぐにマニーや礼治たち護衛がかけつけ女王の盾となる。

 にしてもこのタイミングで、人の手の届かない所へ登場とは、ホント卑怯な野郎だな!

『この地を侵略し蛮族が、自らの欲望のまま、我が構成員の命を何人も奪った。幾度となく、幹部が説得したものの、それも全て過去の泡。これ以上、手に負えぬものと判断した… これが何を意味するか、分かるか?』

「人体実験、情報操作、環境破壊、大量虐殺―― フェデュートがそれだけの悪行を繰り返してきた事は、既にこちらで多くの証拠を掴んでいる。こちらの『侵略』のせいにすれば、なんでも自分らの行いが正当化できると思ったら大間違いだ」

 地上から、「そうだそうだ!」「許さんぞー!」という国民のブーイングが上がってくる。
 突然、何の脈略もなく人々の生活圏を襲撃し、アゲハ達を苦しめてきた。そんな連中を一体、誰が許すというのか。

 その黒い影―― マーモは、こう告げた。

『世の理は、「力」が全て。資源を奪い、我々に勝てる見込みがあると予見している様だが―― 面白い。このさい、決着を付けようではないか。

 刻は20年後。誠の正義をかけ、フェブシティを代表し、今ここに開戦す』



 なんだって!? フェブシティ代表だと!?

 しかもここでいう「20年後」って… 現実世界基準でいう、たった3ヶ月しかないじゃないか! それでどう備えろと。
 これには住民達も動揺を隠し切れない。流石にアゲハの横で聞いていたマニーも礼治も、

「一方的に決めやがって…! こっちの権利は無視か!!」
「言葉の通じないケダモノが。どこまでも身勝手だな」

 と、マーモに怒りを覚えた。僕もそうだ。
 叶うのなら、今この場であのムカつく白い仮面をブン殴ってやりたい。

 その反面、女王の威厳たるもの、アゲハは驚くほど冷静であった。

「なるほど。フェブシティ側も承認しているということか―― まずフェブシティ自体、自らの意思・・・・・で動いているかどうかさえ、怪しい所だけど。
 いいだろう。こちらもアガーレールを代表し、正々堂々と戦おうではないか」

 国民から、息を呑むような驚きの声が上がった。

 もう、いつまでも相手の科学力と数の暴力に怯えた、弱小国とは言わせない。
 それを示すかの様に、アゲハの目に迷いはなかった。
 そして、その決定に反対する者も… いなかった。


 マーモの体が、電子の乱れを散らしながら、その場からフェードアウトした。
 黒幕が、そのままここへ現れるなんて命知らずがあるかと思ったけど、流石にホログラムだったか。

 すると、重たい空気も徐々に晴れ、元の明るい空に戻った… 気がする。
 気味の悪い展開であった。

 アゲハ達も、住民も、静かに戻っていった。



「なんだ、あの化け物は。仮にもあの女王様を侮辱するような事を…!」
「お父さん。なんか、凄く嫌な予感」

 と、そこへ一組のオーク親子が、医療施設へ足を運んできた。ミハイルとニキータだ。
 第二部にて色々あったあと、初めてアガーレールと和解した少数民族コロニーの住民である。彼らも丁度目撃したばかりであった。すると、

「あっ… こんにちは」

 アニリンがマリアに掴まりながら、挨拶した。
 マリアもお辞儀をし、こうしてお互い会釈をしながら施設内へと入っていく。外でのリハビリが終了時刻を迎えたためだ。
 気が付けば、サリイシュもいない。先の宣戦布告を聞いたあと、いつのまに帰宅したか。


 僕はその瞬間、人々がこうして互いを思いやり、普段通りの穏やかな生活を送っているというのに、先のフェデュートの傲慢さを思い出し、再び怒りが湧き上がりそうになった。

 …お陰で、さっきは誰に何を話そうとしたのか、思い出せなくてモヤモヤする。畜生。



「マーモ―― ドラデム・シュラーク。ヤツの姿は、最初の一瞬だけ見た事がある。滅多に表へ出ない黒幕が宣戦布告、ね」


 マゼンタだ。
 マリア達とはすれ違いだけど、先の展開を遠くで見ていたか。僕はそちらへ振り向く。


「ヴァージニア… いや、マリアは本当によくやってるよ。あの少年を含め、2人には幸せになってほしいね。

 時間だ。あんたに渡さなきゃいけないんだろう? あれを」


 そういうと、マゼンタはすぐに踵を返した。

 僕も頷き、一旦この場を後にする。これから眠って、上界へ行くために――。

(つづく)



※ここまでの相関図(~第三部)
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