夢の世界とアガーレール! 第三部 ―ベルベット・スカーレット―

Haika(ハイカ)

文字の大きさ
上 下
33 / 37
第三部 ―ベルベット・スカーレット―

ep.33 赫(かく)の魔神が目覚めるとき

しおりを挟む



「旦那様、どうされたのです!」

 見送ったばかりの筈の馬車が戻ってきたと知って、慌ててトーマスが玄関ホールまで走って出てきた。

「学園へ遅刻すると連絡を入れて欲しい。高等部秘書科のサリ・ヴォーンの分もだ。それと侍女を呼んで彼女の世話を頼む。泥だらけなんだ」

 実際には泥だらけという訳ではなかったが、涙で濡れた顔や胸元に大通りの土埃がこびりついて、フリッツからすれば泥だらけも同然の令嬢らしからぬ様相にしか思えなかった。

 トーマスが「承りました」と頭を下げ、後ろに集まってきていた他の使用人たちに視線で指示を送る。
 しかし当のサリは、フリッツの言葉を遮るように懇願の声を上げた。
「いいえ、それよりも話を聞いて」
 重ねて懇願しようとするサリを、フリッツは片手で制した。
「君、自分が今どんな状態なのか、ちゃんと把握したまえよ。見るに堪えない様相だ。馬車に乗せてきただけでも感謝して欲しいね。我が屋敷の居間にそのまま上がり込もうなど、余りに礼を失した状態だと自覚しなさい」

 爪先から頭の天辺まで。蔑みの視線を向ければ、青白かった顔にサッと朱が差した。

 恥ずかしそうに俯いて両手をスカートの前で捩じり合わせた。

 サリは、侍女から小さく震える肩を抱き寄せられるようにして客室へと誘導されると、大人しくついていった。

 何故か、振り返るその瞬間、その侍女から睨まれたような気がしたがほんの一瞬のことであったので気のせいであろう。



*******
 

「落ち着いたかね」

 この不愉快な話し合いを早めに切り上げるべく、フリッツは侍女の案内で居間へと入ってきた少女に向かって早々に声を掛けた。
 
「ハイ。ありがとうございます、教授プロフェッサー。ご面倒をお掛け致しました」

 緊張した面持ちではあるものの、少女は淑女の礼を取った。
 スカートの裾を摘まんで腰を落としたその姿は、初めて彼女と出会ったあの日のものよりずっと洗練されていた。
 記憶にあるより、痩せただろうか。
 さきほどよりは幾分かマシではあるものの、やはり顔色がすこぶる悪い。

 真っ白な顔の中で、大きな菫色の瞳だけが、爛々と輝いて見えた。

 あぁこの色だ、とフリッツはぶるりと身体を震わせた。

 感情が高ぶればこの色を帯びるのかと思っていたが、馬車に走り込んできた時の蒼褪めた顔にあったのは昏い青い瞳だった。

 どうやら彼女の瞳の色は怒りと共に、この美しい菫色となるようだ。

 興奮状態にあるせいだろう。瞳孔が開いたその瞳は常よりずっと光り輝いているた。

「それで? 君のせいで、僕は学園に遅刻だ。忙しい僕を遅刻させてまで、君は何を望んでいるんだ」

 峻厳たる態度を崩さないよう心掛けながら、フリッツは問い掛けた。
 このまま見つめていたら、自分が何を言い出してしまうかわからない気がした。
 一刻も早く用件を聞きだして、この娘を追い出さなければならない――それが、フリッツの命題な気がした。

「父をお助け下さい、偉大なる魔法使いウィザード様。商談へ向かう道すがら、昨夜の雨で行く手を塞がれてやむなく野営をした我がヴォーン商会のキャラバンが野盗に襲われました。護衛も雇っておりましたが、何分雨が酷くて気付くのが遅れたそうです。そうして、使用人のひとりを庇った父が……父の腕が……」

 おもむろにフリッツの前へとひれ伏して、少女が訴えた。

 いつも眠そうな顔をしているばかりの侍女の手によるものなのか、綺麗に櫛梳られ、付いていた泥汚れを綺麗に落として貰ったスカートが再び汚れるのも構わない様子だ。
 ミルクティ色の前髪から覗く、菫色の瞳に、不機嫌そうな顔をしたフリッツ自身が映り込んでいた。

「なるほど……それで? 僕にどうしろっていうんだい」

 話の続きは想像できたが、察してやる筋合いはないだろう。
 フリッツはできるだけ傲岸に、苦くて不味い珈琲を口元へ運んだ。

 あぁ、不味い。

「お願いです、魔法使いウィザード様! 王太子殿下の腕を見事に治されたという奇跡の御業で、父をお救い下さい。どれほどの額を請求されたとしても、私が、必ずお支払い致します。何年掛かろうとも、絶対に最後までお支払いしてみせます。お願いします。お願いします、魔法使いウィザード様。父を助けて下さいませ」

 必死になって身を捩り訴えてくる少女を視界から外し、不味い珈琲の入ったカップへ視線を移す。
 鼻孔を擽る香りすら苦みを感じさせるだけの、泥水の様な珈琲だ。
 あのカフェではいつも紅茶を頼んでいたが、きっと珈琲を頼んだとしてもこんな泥水のような珈琲が提供されることは絶対にあり得ないだろう。

「僕はもう、金なら使い切れないほど持っているさ」

 目を閉じてそう口にしながら、頭の中では『あのカフェにも二度といけないし、高級品を買う事はできなくなったから、余計にだ』と付け加えてしまった自分に腹を立てる。

「では、……では、どうすれば。何をすれば父を助けて戴けますか? 何でもします。何でも、どんなことでも、仰って下さい!!」

「なんでも、ね」


 フリッツの瞳が、剣呑に輝いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

俺だけ入れる悪☆魔道具店無双〜お店の通貨は「不幸」です~

葉月
ファンタジー
一学期の終わり、体育館で終業式の最中に突然――全校生徒と共に異世界に飛ばされてしまった俺。 みんなが優秀なステータスの中、俺だけ最弱っ!! こんなステータスでどうやって生き抜けと言うのか……!? 唯一の可能性は固有スキル【他人の不幸は蜜の味】だ。 このスキルで便利道具屋へ行けると喜ぶも、通貨は『不幸』だと!? 「不幸」で買い物しながら異世界サバイバルする最弱の俺の物語が今、始まる。

処理中です...