夢の世界とアガーレール! 第三部 ―ベルベット・スカーレット―

Haika(ハイカ)

文字の大きさ
上 下
25 / 37
第三部 ―ベルベット・スカーレット―

ep.25 赤マルコ青マルコ黄マルコ

しおりを挟む
※ここまでの道筋(~ep.24)




 ここは、ケガや病気をした人達が来院する医療施設。
 ヘルがこの度、コロニーまでの在宅医療から事業拡大に移った、大きなクリニック。


「あーやっぱり? 前に荒野で拾った、あのドローンの残骸に付着していた塗装が、あの暴走の時に飛んできた鉄くずのそれと特徴が一致したって?」

 そう言いながら、若葉が診察室のチェアにもたれている。
 ヘルが、壁一面びっしり貼られた大量の紙に目を通しながら、こういった。

「あの子は恐らく、過去に何度もあのような暴走を起こしては、ジョナサンが言っていた様な『副作用』に見舞われている。前にシエラ達が教えてくれた、酷いノイズのあとに同じセリフがまた聞こえてきたというそれと、妙に辻妻が合うんだよな」

 アニリンの記憶喪失のことだ。
 一般人への混乱を防ぐため、ここでは「副作用」と表現している。


 すると、この近くで新たな動きがあった。

「えーと、こっちがトイレかな? あれ、どこだったっけ?」



 若く、あどけない女声。とても聞き覚えのある声。
 2人は「まさか!」という大きな目で、声がした方へと振り向いた。

 診察室を出てすぐの廊下。
 そこを歩いていたのは… 両腕包帯まみれのサリバだ。ここは若葉がすぐ立ち上がった。

「ちょっと!? 部屋を出るならコールしてよ! 勝手に一人で歩かないの!」

 そういって、サリバの体が通りすがりとぶつからないよう、自ら盾になる若葉。
 サリバは困り笑顔で肩をすくめた。

「ごめんごめん。2人とも忙しそうだから、迷惑をかけられなくて。そうそう! 私、あれから少し動けるようになったんだよ? 左手は相変わらずだけどね」
「まったく。骨がくっつくまで、1ヶ月は動かすなと、昨日もいったはずだぞ」

 次に診察室から顔を出したヘルが、呆れ気味にサリバを叱責しっせきした。
 彼女の左腕は、右腕よりも厳重にギブスが巻かれ、固定されている。骨折している証拠だ。

「もう~。アタシが案内するから、ついてきて!」
 そういって、ここは若葉がサリバをお手洗いまで連れていくことに。ともあれ、精神面では元気そうで何よりである。



「はぁ。さて」

 こうして若葉が離席し、次にヘルが診察室に1人、どかっとチェアへ腰かける。

 このあと、次は誰の病室を見て回ろう? と、顎をしゃくりながら壁を眺めた。

 ――サリバみたいに少し元気になった途端、退屈しのぎに勝手な行動をしだす患者は、いつの時代も一定数いる。この異世界に来て学ばされたよ。どこも一緒なんだな。

 なんて、口には出さないけど肩をすくめる。彼は更にこう続けた。

 ――これで塞がるはずの傷口が開いたら、俺達のせいになるだろうに。まぁ、ギプスを巻いた状態で今更、外から異物が患部に侵入してくるとは思えないけど…



 ――。



 どうしたのだろう?
 この瞬間、ヘルの目が、遠くの情景をみてハッとしたように揺らいだのだ。
 何か、気づいてしまったか。


「オッスオッス~。次はどこの部屋へ行くか決まった?」

 若葉が戻ってきた。だが、さっきとは様子が違うヘルを見て、更なる疑問符を浮かべる。

 するとヘルがゆっくり立ち上がり、静かに答えた。

「いかなきゃ」
「ん?」
「若葉。前に話した『例の医療機器』だが、一刻も早く導入する必要がありそうだ。予定の時期では遅すぎる。俺、今からいってくるよ!」
「え、ちょっと!?」
「B1,A7,B3の順に回ってくれ。幸い、どれも急変には至らない。すぐ戻ってくる!」


 その間、実に10秒。ヘルは急いで診察室を後にした。
 そうなると、彼が帰ってくるまで若葉が1人で切り盛りする形となる。幸いにも今は混んでいないので、業務を間に合わせられそうなのが救いか。

「…なにあれ」

 若葉は白けた表情で、タグを幾つか持ち出し、廊下添いの各病室へと歩いていった。



 ――――――――――



 その頃。敵の発砲を回避したあとの僕が眺めるは、人けのない王宮前広場。
 そこから上空にかけて、いつぞやで見たアーチ状の虹がかかっている。

「いってらっしゃい」

 アゲハが、ユニコーンのアグリアに1通の封筒を銜えさせ、虹をかけていく姿を見送った。
 虹は、アグリアが通過した後追いで、静かに消えていく。

 虹の先は、あのフェブシティ―― 僕達を突然襲った奴らの組織の、本拠地である。

「あのお宅がここ数日煩いから、向こうの壁に騒音苦情の張り紙を貼るよう頼んたんだ。特に今回に関しては、近所迷惑の域を超えている。嫌な思いをさせたね」

 そういうアゲハの口調は穏やかだが、目が笑っていない。
 もちろん、その騒音の件が言葉通りの意味ではない事は、僕でも理解できた。女王の怒りは、これでもまだ優しい方だ。

「あれ? あそこにいるのは、ヘル?」

 アゲハの視線が、僕の後ろへと移った。
 僕も振り向くと、そこには確かに白いコートを羽織ったヘルが、地下渓谷に向かって走っている。なんだか落ち着かない表情だが…



 ――――――――――



「2人とも逮捕お疲れさん。もし、そいつが例の速記を知っていた時のために、予定より早く完成したこの子達を渡すよ」

 地下渓谷。こんど掘削予定の規制線が張られた場所。
 ノアがそこで、敵の逮捕後かけつけてきたキャミとマイキに1個ずつ、目と前髪が描かれた球体に獣耳としっぽ、そして短く可愛らしい足が4本ついたぬい・・を手渡した。
 彼の手にも、てのひらサイズのそれと、あのうにょうにょした文字の書物が握られている。

「もしかして先日、上界で速記の資料を集めた時にノアがいっていた…」
「そう。このマルコ達に、俺達が別の世界線からかき集めてきたこの速記符号を学習させたんだ。普段は別件で忙しい自分達に代わり、彼らが速記を解読してくれる」

 ノアがそういうと、彼が持っている黄色い「マルコ」がぴょんと飛び上がり、下の腹からプロペラが出現。しっぽと同時に回転し、ぷかぷかと浮かんだではないか。
 その姿は、まるで生き物のよう。ドローンというより、空飛ぶ丸いゆるキャラだ。

「なるほど。しかし、彼らがその解読を行うまでのプロセスだって、ある程度の感情が備わっていなきゃ、自分達の意思では動かないだろう? どうなっているんだ?」
 と、マイキ。そこもノアが笑顔で説明した。
「ご心配なく。思考回路はAIを用いているから、適切な指示を送ればちゃんと仕事をしてくれるよ」
「…もしかして、その学習元って」
「うん。赤マルコがキャミ、青マルコがマイキさん。そして今飛び回っているこの黄マルコが、俺自身」

 キャミとマイキは息を呑んだ。
 つまりマルコ達は解読だけでなく、自分達の性格まで備わっているらしい。発明としては凄いが、倫理観がマッドサイエンティストのそれというか、ネーミングセンスさぁ。
 赤マルコ、青マルコ、黄マルコ―― なにこれ。

「いた…! ノア!」

 そこへ、ヘルが駆けつけてきた。
 今、この地下に意外な人物の登場である。しかも指名あり。ノアは不思議そうに、息を切らしながら膝を抱えているヘルを見た。

「工事の準備中に、申し訳ない… どうしても、許しが欲しい」
「許し? えーと内容にもよるけど、どうしたの?」
「頼む! 前に依頼したX線の導入を、最優先で進めてほしいんだ! この通り!」

 そういって、ヘルが目を固く瞑りながら深々と頭を下げたのだ。

 X線―― レントゲンとか、そういった医療機器か。フェブシティならともかく、アガーレール王国にはまだない代物である。
 ノア達にとっては、正に予想外の懇願であった。マルコ達も浮遊をやめ、地面に着き、不思議そうにその懇願を見つめていた。

(つづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

処理中です...