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第三部 ―ベルベット・スカーレット―

ep.20 彼女らしい「頼み事」、見られていますよ?

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 彼は―― イシュタは、予想外の展開に困惑していた。

 夢の世界で瞼を開くと、そこはあの時と同じ赤黒い檻の中。
 なのだが、心音がいつもよりゆっくりで、かつ部屋の中を荒されているように、酷くノイズが混じっているのだ。
 例えるなら、部屋全体が火事に見舞われ、黒く焼け焦げたあと。といった所だろうか。

「は! マゼンタさん…!?」

 イシュタの目に映ったのは、その檻の中央付近に倒れているマゼンタ本人。
 彼女の全身はこの時、見るからに熱そうな湯気が出ており、不鮮明な視界でも分かるほどの大怪我を負っているのだ。一体、なぜこんな事に?



 ――――――――――



「おじゃましまーす」

 その頃。
 サリイシュ宅では眠っているイシュタを始め、キャミとノアの他に後からシエラも忍び足で訪問してきた。キャミ達は睨むようにモニターを凝視している。
 すでに夜は明けているものの、みんなが見ている中で緊張して眠れなかったイシュタが漸く眠ったので、今のうちに「夢の様子」を録画しているのだ。ノアが顎をしゃくった。

「なんだ? この禍々しい景色。彼は眠るたび、こんな薄暗い世界へ入っていたのか?」
「まて。彼の視界に映っている、あの中央に倒れた女性… まちがいない。マゼンタだ!」

 と、キャミが真剣な表情でモニターの一部を指さす。
 それは正に、イシュタがその「夢」に入って凝視している視線そのもの。彼の視界と、パッケージの接続モニターはシンクロしているため、リアルタイムでキャミ達もその様子を見られるのであった。



 ――――――――――



「マゼンタさん! 起きて! 一体、何があったんですか!? 大丈夫ですか!?」

 イシュタは急いでマゼンタの元へ向かい、彼女の肩をゆすった。
 すると数秒程して、マゼンタの瞼がピクピクと動きだし、やがてゆっくり開いたのだ。

「うぅ… ぐふっ」
「マゼンタさん…! どうして、こんな状況に。どうしよう、僕は何をしたら」

 と、ケガ人を前にどうすればいいか分からず、あたふたと周囲を見渡すイシュタ。
 どこを見てもノイズに塗れていて、当然だが出口と思しき場所は一切見当たらない。すると、マゼンタは苦しそうにしながらも、ゆっくり自身の上体を起こしたのだった。

「そう、慌てるな… 時間が経てば、私の体も、元に戻る。クリスタルがある限り、死にはしねぇよ」
「は…! もしかして、例の『苦痛』に襲われたのですか?」
「あぁ。久々だよ、こんなバカげた目に遭うの。あんたには、みっともない所を見せちまったなぁ… ところで」

 そういって、マゼンタはゆっくり立ち上がった。
 気がつけば、彼女の体はみるみる患部が治癒され、血の跡もなくなっていく。これも、彼女を封印しているクリスタルの力なのだろう。

「あんた。いつの間に、私に触れられる様になったんだな。最初は、地に足を踏み入れる感覚さえ、なかったはずだろうに」
「!!」

 言われてみれば。イシュタは自身の両手を見つめた。
 自分の体が、ちゃんと見える。地に足がついている。触った感触まで、いつの間にか備わっているのだ。信じられなかった。



 ――――――――――



「イシュタが先の慌てようで、視界がだいぶ高速に移動していたね。その辺は、後で録画したものをスロー再生で見てみるか」
「あぁ。しかし、本当にどこか暗い場所へ閉じ込められている様な空間だな。俺達の時は、そこまで視界が閉鎖的ではなかった」

 キャミのその言葉に、ノアがコクリと頷く。
 気がつけばその空間も、時間経過とともにノイズが小さくなっていき、次第に元の赤黒い檻を鮮明に映し出していた。
 イシュタの「夢」は、まだ続いた。



 ――――――――――



「きっと、あんたの中で眠っている力が、そろそろ目覚めようとしてるんじゃないかい?」
「え… 僕に、眠っている力が?」
「なに。まずこの世界へ『夢』として立ち入っている時点で、私にゃ出来ない事があんたには出来ているだろう? きっと、これも何かの縁だ」

 そう言われると内心、淡い期待を抱いてしまう。
 サリバが覚醒した時は、幼馴染として勿論嬉しい気持ちはあった。けど同時に、少しだけ羨ましいというか、ズルいと思った事もあるから…

 なんて言えるはずもなく、イシュタは口をつぐんでしまう。マゼンタは更に続けた。

「今、あんたらの世界では私を含め、クリスタルの力を悪用し、全面戦争を目論もくろんでいるやからがいるんだろう?」
「はい。恐らく」
「なら、敵にあんたと私が会っている事を気づかれていない『今』がチャンスだ。私は、あんたに1つ頼みたい事がある」
「…なんでしょう?」

 仮にも先代魔王から、まさかの依頼を出される事に驚きである。
 イシュタの身に緊張が走った。まっすぐ見据えるマゼンタの目は、本気だ。

「もし、敵による私への悪用で、自分達が本当に危なくなったら… この私を一突きし、動きを封じるんだ。
 大丈夫。完全に死にはしねぇから、その時は遠慮なくいきな」

「!?」



 ――――――――――



「ちょっと! 彼女、今とんでもない事を言わなかった!?」

 これにはシエラもイシュタが近くで眠っている事を忘れ、ついモニターへ前のめりになる。信じられない頼み事であった。
 イシュタが酷く驚いた事は、今の彼の視線からもよく読みとれる。さすがにキャミとノアも怪訝な表情を浮かべた。

「それ、今のイシュタに頼んで大丈夫なヤツなのかな!?」
「あぁ。失礼を承知でいうが、あの少年のメンタルでその依頼はあまりに荷が重すぎる。考えれば、他にもっと方法があるはずだ」
「えぇ。でもある意味、彼女らしいっちゃらしいわね」
 なんてシエラも落胆しそうになった。



 ――――――――――



「そんな! 僕に、先代魔王を一突きするなんて、そんな無礼なこと…!」
「なぁ? あんたは今、私の仲間達から信頼されているんだろう? 今は依頼を引き受けるのが難しくても、皆からのフォローがあれば、やがて決心がつくようになる。と、私は思うんだがね」
「え… それって、どういう」
「これは、決してあんた1人だけの責任じゃない。皆の力があってこそ、成り立つものだ。今この様子をコッソリ覗いている、あの馬面と狐顔の野郎共に、そう伝わることを祈るよ」



 ――――――――――



「「ぎくっ!」」

 キャミとノアが、揃って肩をピクリとさせた。
 まさかの、自分達がイヤホン越し人様の夢を覗いている行為を、とうにマゼンタに気づかれていたのである。2人の背筋が、凍った。

「…ま、まるで俺達にまで責任を押し付けてきたみたいだな。怖っわ」
「あぁ。どおりで、素人しろうとの少年相手に無茶な頼み事をしてきたわけだ」

 ――あのぅ。私は?

 と、一方でシエラが裏でこっそり自分を指さし、苦笑いを浮かべている様子。
 するとそこへ、


「おじゃまします。いいかな? 中に入っても」

 テラが戻ってきた。
 戦いにでも出ていたのか、今のテラは衣服が一部破れており、首筋には小さな傷が出来ている。その様子に、特にノアが驚き顔で立ち寄った。

「テラ! その恰好… いったい何があった?」
「同居人のイシュタに、緊急で伝えなきゃならない事があってね。説明すると長くなるんだけど… サリバが重傷で、ヘル達の医療施設に搬送されたんだ」
「「え!?」」

 次から次へと、耳を疑うような展開だ。
 これには全員、悲壮の表情でこの場を立ち上がる。キャミがイシュタのいる方向を一瞥してから、急いでパッケージの録画モニターの電源を落としたのであった。


 イシュタが目覚めたのは、その直後のことである。

(つづく)



※パッケージとは何か? をご紹介!
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