夢の世界とアガーレール! 第三部 ―ベルベット・スカーレット―

Haika(ハイカ)

文字の大きさ
上 下
12 / 37
第三部 ―ベルベット・スカーレット―

ep.12 ダブルチェックの潔白証明

しおりを挟む
「ヤスが再度砂漠へ調査に向かい、例の収容所近辺を巡回しているドローンを視察。その結果、先日冒険者メンバーが荒野で拾った残骸と、型式が一致している事が判明した。基板の一部に刻まれている英数字とその配列からみても、資料に残されているのと同様、フェデュートのもので確定だ」


 その瞬間、僕達は静かに首を横に振るしかなかった。

 ヘリやステルスの飛行がだいぶ静かになってきた夕暮れ。
 僕達の一部は王宮へ呼び出され、先日の調査結果と今回の問題について、アゲハから報告を受ける運びとなった。外部への情報漏洩リークを防ぐため、ここではイヤホンを装着していない。

「そして今回、ヤスが砂漠へ調査に向かった理由はもう一つある。オペレーション『ベルベット・スカーレット』に関する調査優先度の再確認だ。
 アニリンを保護し、チャームを2つ奪還したあの後、収容所では大きな動きがあった」

「動き?」

「収容所が… もぬけの殻になっていたんだよ。ただただ、周辺をドローンが意味もなく巡回しているだけの、奇妙な光景が広がっていた」


 なんだそれ。
 まるで外部に今回の失態を知られたくないから、形だけ「ちゃんとやっています」感を出して中身はスッカラカンの無能企業がやりそうな手口じゃないか。

 なんてちょっと極端な例を出してしまったけど、きっと収容所の奴らも子供の奴隷1人逃がしただけで相当デカい罰を食らう事を恐れたのだろうか。それはつまり、

「ヤスが捨て身の覚悟で収容所内部へ潜入したものの、人影はなし。他に手がかりとなりそうなものも見つからなかった。
 よって、収容所とその近辺はオペレーションの最重要調査項目から除外。目標のチャームは、その辺には『ない』との判断を下した」

「そっかぁ。そういえばブーブさんが言っていたサキュバスとやらの姿も結局、砂漠では見かけてないし。これってやっぱ、フェブシティの中枢に隠されているって事なんじゃ…」

 僕はそう腕を組んで個人的見解を述べた。アゲハもそれには同情したのか、微妙に困った表情を見せるが…
 ここで、今度はキャミが僕を見てこう説明した。

「フェブシティの規模は、現実でいう東京ドーム10個分。千葉と東京の境目にある、あの夢の国とほぼ同じ大きさだ。生活や娯楽を複合するには十分だが、そこに産業や研究の分野まで加わると、とてもじゃないが革命を起こすにはあまりにも狭い」
「そうなの?」
「ましてや、フェブシティは海上に浮かぶ空中都市だ。もう1つ、同規模のエリアを開拓できるほどの地下か深海を確保できれば別だが、それだって莫大なコストと時間がかかる。人的リスクも尋常ではない。そんな途方もないプロジェクトを進めるくらいなら、まだ宇宙開発に力を入れ、世界に知らしめた方が合理的だ。冷戦時のアメリカやソ連のように」

 して、このアガーレールがある星には現状、宇宙開発の産物である人工衛星やシャトル、スペースデブリなどは確認されていない。か。
 なんだか世界史の授業でも受けているかのような難しい話をされ、思わず眩暈めまいがしそうになったが、要はフェブシティのオペレーション優先度は「低い」と。

 じゃあ結局、ベルスカのゴールは一体どこなんだよ!? といいたくなったが…

「今朝のあの飛行物体の群れ―― 突然、勝手に国の上空を廻られたのは心外だけど、奴らのあの感じ、どうも何かを探し回っている動きだった。一体、何を探しに…?」

 と、アゲハが顎をしゃくった。それは僕も同じ事を思った。
 幸いにも今朝はジョンの予知通り、奴らは何もせず夜になって帰っていったので誰も被害がなくて良かったものの、正直生きた心地はしなかったのだ。

 すると、ここでヒナがとても言いづらそうに、僕達にこう断りを入れてきたのである。


「ねぇ。どうか怒らないで、聞いてほしいんだけどね? もしかして、彼らが探しているのって… アニリン、なんじゃないかな」



 この王宮和室に、数秒間の沈黙が生まれた。

 ヒナが勇気をもって意見を述べたことを配慮しつつ、アゲハがこう説明した。

「アニリンの手にあったのはシエラとテラのチャーム2つで、それ以外のチャームを持っていない事は、マリアの入浴手伝いによる衣服着脱とヘル達の身体検査で判明している。検査では軽度の栄養失調と、生活に支障がない程度の幼児期の手術跡が認められただけで、あとは感染症や虫歯など、目に見える異常は見つからなかったときいているんだ。
 確かにあの子はマニーと顔が似ているし、シアンが考察したそのチアノーゼより強い猛者とやらと、特徴が一致しているかもしれないけど」

「…けど?」

「その考察に出てきた『アニリン』というのは、恐らくフェデュート幹部2人の手にCMYのクリスタルが渡る以前の人物だ。つまり“遠い昔”。もしかしたら今頃、その者はもう寿命で亡くなっている可能性がある。
 だけど今、私達が知るあのアニリンは、ゴブリンとはいえまだ10歳前後の『子供』だ。先の考察と時系列が噛み合わない。ここは同名の別人だと考えるのが筋だろう」

「…そう」


 ヒナが残念そうに座る姿を、アゲハが申し訳ないという表情で見つめる。
 でも、そうだよな。ヒナが、本当は信じたくないけどついそう疑いの目を向けてしまうのは無理もないし、アゲハのその言い分だって分からなくはないんだ。

 そうだよ。だって相手は、あんな純粋で利巧な「子供」だぞ?



 ――――――――――



「アニリン。もう大丈夫だよ。出てきておいで」

 同じ頃。
 マリアが住む海の家では、部屋のクローゼットにアニリンが隠れ、身を震わせながら両耳を塞いでいた。どうやら今朝のあれを耳にし、何かしらの恐怖が蘇ったのだろう。
 そこを、マリアが笑顔で静かに開け、慰めたのであった。

「うぅ…! ごめんなさい、ごめんなさい! 僕、どうしてもあの音が苦手で、つい」
「うん。もう、その飛行機のパタパタ音も一切しないよ。きっと暗い夜で危ないから、みんな帰っちゃったんだね。だから大丈夫。さぁ、私の手を握って?」


 マリアが優しく差し出す手を、恐怖で震えながら見つめるアニリン。
 マリアは、ずっとそこで待っているのだ。

 アニリンは勇気を振り絞り、泣きながらだが、マリアの手を握って漸くクローゼットから出てきたのであった。



「明日以降、アゲハは今回の件に関し、遺憾の意を示すと言っている。フェブシティ側がそれに気づき、受け入れるかどうか」
「ふん。勝手に襲撃した部隊を取り纏う様な国に、そんな常識があるとは思えないけどな」

 と、室内のダイニングではマニーとマイキがそう話し合っている。
 部屋のカーテンは朝から締め放しで、これも飛行物体の気配や騒音に怯えるアニリンへの、マリアなりの気遣いによるもの。とにかく、本人にとってトラウマが蘇りかねないものは決して五感に取り込まないよう、みな彼に気を配ったのであった。

「疲れたでしょ? 今日はもう寝ようか♪ お姉ちゃんが傍にいるから、大丈夫」
 と、マリアがベッドへと案内した。



 アニリンの体の震えが、少しずつ収まっていく。
 マリアといる事で、次第に安心するのだろう。それだけでも救いではないだろうか。

 こうしてマニーとマイキも、事は収まったので、マリア達が就寝するタイミングで海の家を後にしたのであった。


 どうか、明日以降も飛行物体がアガーレール上空を飛び回らない事を、祈るばかりである。



【クリスタルの魂を全解放まで、残り 9 個】



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

150年後の敵国に転生した大将軍

mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。 ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。 彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。 それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。 『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。 他サイトでも公開しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...